街外れのポエニット
「部屋を、できれば街の中も清潔にいたしましょう。不浄に悪魔は巣食います」
そう言って黒髪が邪魔にならないようにかき分けて正面の男女に私は目を合わせる。
「その後に、この太陽の加護を与えられた花の根を煎じて御子息に飲ませてあげて下さい」
「ありがとうございます、聖女様! わたくしはどうお礼をすればよいのでしょうか……」
「私は天より賜わりました役割に準じているだけで御座います、お礼など必要ありません」
「ーーなんという尊きお言葉……!」
「ありがとうございます聖女様!」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
ーーはぁ…
それなりに裕福そうなその夫婦は壊れたカラクリ人形のように延々と同じ言葉を繰り返しながら、ガラス細工があしらわれた扉を開けて帰っていった。
不衛生と不摂生で寝込んでいる息子とやらも清潔を保って、まともな食事を摂っていればその内治るだろう。
その間の苦痛は、死なない程度に渡した毒草が和らげてくれる。
隣国オードランドとの戦争が終わって国家が合併されてから、早七年の歳月が経とうとしていた。
敗戦国の名前は最早、記憶の中で残されるのみとなり。
人口を大きく減らしたこの国には最近オードランドからの移民が流れ始めて、元の人種である銀髪の人種よりも今では金髪の人種の方をよく目にするようになった。
戦争の影響で何故か無人となったここアルデンもオードランド人が大量に入り込み、亡国の故郷は失われて久しい。
その街での居場所を得る為に。
他称、聖女ポエニットは今日も偽善活動に勤しんでいた。
ーーはぁぁ……
「ご苦労様です、ポエニット様」
「失墜花を無駄に浪費したのよ、後で取りに行って頂戴、レド」
「分かりました。それと、今夜はよく眠れるようにハーブなども調達しておきましょうか」
この街で唯一の銀髪の青年、レドは絵本を読み聞かせるような口調で答えながら私の肩にケープを掛ける。
「別に寒くは無いのよ」
「ふふ、お疲れの貴女様が椅子から動かないようにというおまじないで御座います」
「そしてこれは、恐ろしい魔女様を椅子に縛り付ける為の最終手段」
温かいミルクティーを私の手に持たせてレドは部屋の片付けを始める。
「……飲み終わるまでは魔女ですら動けないかしら」
「お食事のご用意も出来ております、今夜はポエニット様の大好きなカボチャのスープもありますよ」
「昨日頼んでおいたものは?」
「タデ毒虫から採取した毒は煮詰めて不純物は取り除いてあります。それと今朝森の無縁墓から良質な呪詛も血液袋に染み込ませることができました」
「本当に私を動かす気が無いのね、頭に埃が乗ってしまうのよ」
「産まれたての赤子を愛すように私が払いましょう。全て私が処理致します、その場で粗相などもして構いませんので」
「そこまで私に何もさせない気かしら!?」
動いてはいけません、なんて。ふり向こうとする私の髪をレドが櫛で梳かしながらなだめる。
「いい拷問かしら」
「全て貴女様の為ならば」
「生 意 気」
レドを尻目にミルクティーのカップを指でなぞる。
この家は私の血肉、私の世界。
傷が塞がるように在るべき場所へ。
必要な物は到るべき場所へ。
指の動きに身悶えするように全てがぐにゃりと移動して、汚れ一つ見当たらない空間がそこに出来上がる。
レドのやるべきこと? もう無いのよ。
「生意気よ」
「敵いませんね」
「調子に乗りすぎ」
揺らいで天井から吐き出された情報誌が私の膝の上に落ちた。
亡国の生き残りが出版しているもので"やや"オードランド人に対する偏執が強い文章だけども、自分達の都合の良いものしか書かないオードランド人の情報誌よりはまだ色々なことが知れる。
と言っても、結局大見出しに書かれる内容はどちらも同じだけど。
[ーーオズロの悪魔の犠牲者三十六人にーー]
[オズロの街を中心に現れる連続殺人の実態に迫る!]
[時に鈍器で潰し解体するその異常性から見る犯人像]
「ポエニット様の為に頑張ったのですよ……」
さっきまで大人びていたレドは、今は口を尖らせながら子供みたいに私の髪を弄っている。
「ポエニット様の為に料理も作ったのです」
「はいはい、楽しみにしてるのよ」
髪を梳かし過ぎて無くなってしまいそうなのよ。
「貴女様の為に」
「ねぇ? レド」
「ーー全部全部、貴女を愛しているから」
ーー絵本を読み聞かせるような口調で彼は言う。
貴女様を愛しているから……
あの汚らしいオードランド人共を引き裂いて、潰しているのです!
貴女様の為に!
貴女様を愛しているから!
ーーまるで自分に読み聞かせているみたいに。
何度も何度も何度も。
「ええ、私も好きよ、レド」
面白いから、ね。