かくれんぼ
※こちらは天界音楽様様主催の『二人だけの閉じた世界』企画参加作品となります。
「知ってる? 西の森公園のうわさ。うわさっていうか、怪談なのかな」
「知ってる知ってる。公園に真っ白なワンピースを着た女の子がいるって話でしょ。女の子がかくれんぼにさそってくるんだけど、絶対に遊んじゃいけないって」
「そうなの。だって、その女の子はゆうれいなんだもん。だから、かくれんぼをしても、女の子がかくれたら絶対見つからないの。そして、死ぬまでかくれんぼをしなくちゃならないんだって」
ぺちゃくちゃとおしゃべりしているお姉さんたちは、信号が青に変わるとすたすた歩いていってしまいました。それを聞いていたレイタは、ぶるっとみぶるいしてしまいます。
「こわいなあ、そんな女の子がいるなんて」
昔から怖い話は、からっきし苦手なのです。ランドセルをぎゅっとにぎって、信号をかけあしでわたります。
「それにしても、いったいどこなんだろう、学校。転校して初日に遅刻したら、みんなにバカにされちゃうよ」
ずっとからだが弱かったレイタですが、田舎に転校して、ようやく学校に通えるようになったのです。その初日に遅刻するのだけは、なんとしてでもさけたいのですが――
「なんで見つからないんだよ? お母さん、地図描いてくれたけど、これって本当にあってるのかな。ああ、これじゃもう完全に遅刻だ。というか、もう給食が始まってるよ」
ふと、レイタの目に、小さな公園がとまりました。たくさん木があって、きゅうけいするにはよさそうです。レイタはふらふらと、その公園に入っていきました。
「ああ、おなかすいた。それに、つかれた。とにかくちょっとここですずんでいこう」
レイタは公園にあるベンチにこしかけました。木のかげに入ると、すうっと気持ちのいい風がほおをなでました。
「ああ、すずしいな。こんな公園があるんだ。ちょっとさびしい感じだけど」
「あんた、こんな時間になにしてるの?」
いきなり声をかけられて、レイタはびくっと振り返りました。真っ白なワンピースを着た、おさげの女の子が、レイタをじっと見つめています。少しつりあがった目が、なんだか怒っているように見えます。
「別に、ぼくはただ」
「ただ?」
レイタは答えられずに、もじもじとうつむいたままです。そんなレイタを、女の子はじろじろと見回していました。
――あれ、この子のかっこう、白いワンピースだ。まさか――
「あの、めいわくだったら、ぼく、他のところに行くよ。ごめん」
レイタはベンチからあわてて立ちあがりました。しかし、女の子はそんなレイタの手をつかみました。ひんやりした手でした。
「別に、めいわくなんていってないよ。それよりさ、わたしと遊ぼ」
女の子に手を取られて、レイタの胸がドキンとなります。
――女の子にさわられたのなんて、初めてだ。手が冷たくて、すべすべしてる――
「なにがいい? 缶けり? それともおにごっこ? かけっことかでもいいわよ」
女の子はレイタの手をつかんだまま、ひとりで話を進めます。
「いや、あの、ぼくは学校に行かなくちゃ」
しかし、女の子はレイタの話をまったく聞かずに、にっこり笑いかけました。
「じゃあさ、かくれんぼしよう」
「かくれんぼ?」
レイタの顔が、恐怖でゆがみます。
――やっぱりだ、この子、さっきのお姉さんたちがいってた、怪談の女の子だ――
「そう、かくれんぼ。どうしたの、そんな顔して。あっ、もしかしてかくれんぼ下手なんだ。かくれんぼ下手そうな顔してるもんね」
「違うよ、下手じゃない!」
ムッとするレイタを見て、女の子はくすくすと笑いました。
「怒んないでよ、じょうだん。それより早く始めましょ。最初はあんたがおによ」
「えっ、そんな、ずるいよ」
「あんたがぐずぐずしてるからでしょ」
女の子は手をひらひらさせて、レイタから離れました。
「ちゃんと目をつぶって、十秒数えなさいよ」
「ちぇっ」
レイタは木に頭をつけて目をつぶりました。大きな声で数をかぞえていきます。
「いーち、にーい、さーん……」
――って、どうしてぼくはかくれんぼをしてるんだ? 逃げないといけないのに。……でも、こんな真っ昼間から、怪談なんてないよ。あの女の子も、どう見ても人間だし。大丈夫だよ――
無理やり怖い気持ちをおさえて、レイタは数をかぞえつづけました。
「……きゅーう、じゅーう、もういーかーい?」
「もういーよー」
遠くから、女の子の声が聞こえてきました。それにしても、かくれんぼなんて本当に久しぶりです。小さいころはよく遊んだものですが、からだの具合が悪くなってからは、一度もしたことがありません。
「でも、こんな小さな公園だったら、すぐに見つけられるさ」
レイタは公園をゆっくり見わたしました。女の子の声が聞こえてきたのは、ブランコがあるあたりです。
「えっ?」
レイタは目をまるくしました。なぜか女の子はかくれていません。それどころか、ブランコをゆらして遊んでいたのです。
「勝手に別の遊びしないでよ。まだぼく全然探してないのに、もうあきちゃったの?」
レイタに声をかけられて、女の子もビックリしたみたいです。ブランコから落ちそうになりながら、女の子はレイタに聞きました。
「どうしてわかったの? いいえ、あなた、どうしてわたしが見えるの?」
レイタは首をかしげました。
「どうして見えるのって、そりゃあ見えるだろ。そんなブランコに乗ってたら、だれだって見つけられるよ」
「違うわ、だってわたしがかくれたら、だれも見つけることができないのに、見つけてくれなかったのに」
女の子は目を見開いていましたが、もう一度、レイタの手をにぎりました。
「冷たい……。ああ、そうか」
女の子は静かにうなずき、レイタの顔を見あげました。
「見つけてくれてありがとう。別に他の遊びしてたわけじゃないわ。あれがわたしのかくれかたなんだもん」
レイタは首をかしげました。
「今のが? 全然かくれてなかったじゃないか。まあいいけど。どっちにしても、今度はぼくがかくれる番だからね」
レイタにいわれて、女の子の顔がぱあっと輝きました。
「いいわよ、今度はわたしがおにね。あんたなんてすぐに見つけてやるから」
「あんたじゃないよ。ぼくはレイタ。君は?」
「えっ?」
女の子が聞き返します。レイタはじれったそうにいいました。
「君の名前。なんていうの」
「わたしはユウコ。ユウコっていうの」
女の子は笑顔のまま答えました。
「ふーっ、かくれんぼなんてすごく久しぶりだから、ちょっと不安だったけど、ぼくの勝ちだね。ユウコ、かくれるの下手すぎだよ」
公園のベンチにすわり、額の汗をぬぐいながら、レイタが得意そうにいいました。
「あら、レイタだって下手だったじゃない。すべり台にねそべってるだけなんて、あんなのかくれてるっていわないわよ」
「それをいうなら、ユウコだって草むらでしゃがんでるだけだったじゃないか。見つけてくださいっていってるようなもんだよ」
二人は顔を見合わせ、どちらともなく笑い出しました。
「……学校、どうしよう」
ひとしきり笑いあったあと、ポツリとレイタがつぶやきました。ユウコは不思議そうにレイタの顔をのぞきこみます。
「レイタ、なにいってるの?」
「なにって、いや、さっきいったじゃん。ぼくは転校初日なのに、学校に行けずにずっと迷ってたんだよ。まあ、もうお昼過ぎだから、きっと今いってもどうにもならないけど。お父さんとお母さんに、なんていおうかな」
はぁっと、うなだれてため息をつくレイタに、ユウコは小さな声で聞きました。
「もう一度聞くけど、レイタはわたしのことが見えるんだよね?」
「うん。さっきも思ったけど、どうしてそんなことを聞くの?」
目をぱちくりさせるレイタに、ユウコは迷っているようでしたが、やがて口を開きました。
「あのね、わたし、ゆうれいなの。西の森公園の怪談に出てくる、ゆうれいなの。だから、普通の人はわたしのことを見ることはできないの。わたしがかくれんぼをすれば、だれも見つけることができないわ」
レイタがのけぞるように立ち上がりました。
「ええっ、うそだろ、だって君は、どう見ても普通の女の子じゃないか。からだだってすけたりしてないし、足もあるじゃん。ゆうれいなはずないよ」
ユウコは悲しそうに首を振りました。
「ううん、ゆうれいなの。悪霊っていったほうがいいのかも。公園でかくれんぼして、人をまどわすんだから。でも、わたしもつらかった。だれかがわたしのすがたを見つけてくれたら、わたしはじょうぶつできるのに、だれも見つけてくれない。見つけてくれたのは、レイタがはじめてだよ」
レイタはまだ信じられない様子で、ユウコをまじまじと見つめます。
「でも、どうしてぼくには見えたんだろう」
ユウコが祈るように、手を胸の前で組みました。レイタはスーッと、胸が冷えるような感じがしました。
「だって、あなたも同じ、ゆうれいだから」
公園の木々が、風でざわざわとゆらめきます。肌寒いのは、風が強いからだけでは、ありませんでした。
「そんなはずないよ、ぼくがゆうれいなんて」
「どこの学校に行くつもりだったの? 学校の名前は?」
ユウコにいわれて、レイタは初めて自分が、学校のことをなにも知らないことに気がつきました。
「きっと、転校する前にあなたは、死んでしまったのだわ。でも、学校には行きたかった。だからじょうぶつできずに、ずっと迷いつづけてるの。わたしがかくれんぼをしつづけて、この公園でかくれつづけているのと同じように」
うっすらとユウコのからだが、すけていくのがわかりました。ユウコがレイタの手をつかみました。レイタの手も、きらきらと輝きすけていきます。
「見つけてくれて、ありがとう。あなたも、もう迷わなくていいの。一緒にいこう」
つないでいた手が、とけあうように消えていきました。そして、二人のからだも、光にてらされながら、風の中へ消えていきました。
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また、この場を借りて素晴らしい企画を運営してくださった天界音楽様に感謝の意を表明いたします。
本当にありがとうございます(^^♪