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世界改変

 少し前から、自分の記憶違いが多くなったなと感じることが増えていた。例えば、あのドラマの主演俳優はあんな顔だったか?あのCMを流している企業は家具屋じゃなかったか?というように。疲れていて勘違いでもしたのだろう、とあまり気にしていなかった。しかし、それが始まりだった。


 それから、記憶違いは徐々に顕著になっていった。知り合いのはずの人がおれのことを知らなかったり、自分が好きで応援していたはずのアイドルが存在しなかったりもする。先日には、まだ元気だったはずの父方の祖父の1周忌があった。疲れが溜まっているのだと思って、有給をとったこともある。それでも世の中は元通りにはならなかった。精神科にも行ったが、妄想症状に効果がある薬を渡されただけだった。


 有給が明けて会社に行くと、上司に地方の取引先企業まで出張に行くように言われた。


「今からですか?そんなこと急に言われても…」


「何?ずっと前から言っていたじゃないか。まさか、忘れていてまだ何も準備していないなんてことはないだろうね」


 上司にそう言われては、何を言い返すこともできなかった。おおかた、おれの預かり知らぬところで変わっていたんだろう。くそったれだ。


 仕方ないから、そのまま新幹線に乗った。とは言っても俺は何の準備もしておらず、商談がうまくまとまるはずもない。ビジネスホテルに1泊してから、上司にどやされるだろうと覚悟して帰りの新幹線に乗ったが、結果的にはそんなことはなかった。


 会社に戻ったら、看板に掲げてある社名は俺の記憶と違っていたのだ。

 中に入ると、上司や同僚など知っている顔が働いていたが、見たことがないやつも多かった。そして、俺の顔を覚えているやつは、一人もいなかった。

 悪い予感があり、おれは急いで自宅へと戻った。まだ変わっているな、まだ変わっているなと念じながら。けれど、悪い予感は的中してしまった。



 おれは今、呆然と街中に立ち尽くしている。出張から帰ったら、職場も家もおれのものではなくなっていたのだ。家の表札には知らない名字が記されていた。試しにインターホンを押してみると、中からは警戒するような女の声。食い下がろうとしたが、「警察を呼びますよ」といわれてはどうすることもできない。


 いつも通りの昼の街が、とても恐ろしく感じる。

 知らない看板や広告が多いことが怖い。よく行っていた喫茶店の場所にコンビニがあることが怖い。自分がこれからどうすればいいか分からないことが怖い。何より、これ以上世の中が変わっていくかもしれないことが怖い。


 きっとおれは、もといた所とは別の世界に移動してしまったんだろう。

 別の世界に行くことは、物語のような、希望があるものだと思っていた。世界を知らないことが、こんなに恐ろしいことだとは。



 それから数か月が経った。おれは、住み込みの職を手に入れていた。

 ここは普通には暮らしていけなくなった人の吹き溜まりだ。ホームレスに生活保護受給者、ニートに元服役囚、もともとそういった階級だったやつらが集まっている。


 あの日以降、さらに世の中が変わることはなかった。最初のころは元の世界に戻る方法を探していたけど、今はもう諦めた。仕事は前職に比べて薄給の上に、辛いことや理不尽なことも多いが、悪いことばかりではない。それに、今のおれにとっては、自分が生きる場所があるだけで安心できる。


 作業を中断し、額の汗をぬぐいながら、ふと上を眺めた。近くのビルの外壁に、人気俳優の顔がでかでかと印刷された大きな広告が貼ってあるのが見える。

 あの俳優は誰だっけな。確か、世界が変わるまでは存在しなかったやつだ。人と話を合わせるためにも、世界がどう変わったのか多少は覚えておきたい。

 思い出してきた。確か俳優以外にも、音楽、ダンス、文章、芸術とか、いろいろ才能を発揮している奴だ。人気がすごいんだよな。高学歴で、スポーツも万能らしい。ここまでくるともう羨ましくもならないな。あいつの思った通りに世界が動くんじゃないかっていうくらい、何でもできるやつだ。

 まあ、俺には関係ないか。仕事に戻ろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはつまり、この世界は最後に出てきた俳優の理想の世界、いわゆる『ハックルベリーの無限大』だと言うオチですか?(^^;)
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