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003


 天使は等級がひとつあがることに力が二倍になる。力が二倍になると等級がひとつあがると訳したほうが正しい解釈かもしれない。目の前の能天使グジエルの等級は4、≪名もなき天使≫を基準に数えて8倍に相当する力持つ天使だ。


 俺を含まない――いや、目先の金に目がくらんだ俺を含めて、場に立ち会った処刑人たちが一斉に顔色を変えた。


 天使と天使儀杖が同じ等級であれば、必然、勝るのは天使のほうだ。

 自分の手足同然に天使儀杖を扱おうとも、ほんとうの自分の手足には遠く及ばない。

 戦うか逃げるか、それは自分の実力と天使儀杖の等級に相談するほかない。


 天使の降臨に遭遇した処刑人には、交戦義務が課せられる。戦って討伐できたなら、よし。戦って殺されるにしても帝都軍警察隊が駆け付けるまでの時間を稼げたなら、よし。ということだ。――じつに合理的だ。


 だが、交戦義務違反により罰則金が発生したとしても命には代えられない。集まった処刑人のうち四人が天使儀杖の力を逃亡のために使い、さらに罰則金を重ねるのを俺は見とどけた。天使儀杖の私的利用は軽犯罪に相当する。


 場に残るは俺が一人。と軍警の交通課が少々。

 軍警、それも交通課の目が、いよいよすがりつくものに変わった。


 見物客たちと同じように逃げればいいのに、と俺は思うのだが、彼らにも彼らなりの義務や罰則規定があるのだろう。これを破った場合、罰金刑ではすまされないような、そんな何かだ。なに、彼らとて散弾銃ショットガン短機関銃サブマシンガン程度の武装はしている。素手で挑めというわけではない。――そんなもので主力戦車の装甲板を撃ち抜ければ良いのだが。


 8倍、という計算も、これでかなり大雑把なものである。

 常人の8倍の怪力男と8人の男が素手で殴りあえば、勝利するのは怪力男に違いない。

 20人を超え、30人を数えたあたりで、ようやく互角の勝負に持ち込めるくらいだろう。

 天使としての最大出力だけを基準にして算出された出動優先級数を、鵜呑みにはできない。


 民間の天使処刑人に出回る等級1や2の天使儀杖では、30人、一個小隊でもって、ようやく勝てるかどうかの相手だ。それも集団戦闘の訓練を受けていることが前提で、即席のチームワークでは、かえってお互いが足手まといというものだった。


 だが、俺が手に握るのは、七大のひとつにも数えられる天使儀杖ウリエル。

 能天使から数えて、さらに五つうえの等級を数える金食い虫だ。

 滅ぼすだけなら造作もない。

 ついでに渋谷の街も諸共に滅ぼしていいのなら、さらに造作もないことだった。


 ここでようやく、軍警交通課の目が訴えかける言葉の意味を理解した。


 命乞いの相手は天使ではなく――俺だった。俺と天使が暴れるついでに巻き添えで死にたくないと目で訴えかけていたのだ。天使に命乞いをしても無駄なのだから、ある意味で、その判断は正しい。


「人間を人質にとるかよ、天使が!!」と思ってもみないことを口先だけで言ってみる。


 だが、彼女からの返事はない。

 もちろん、能天使グジエルの側にも言い分はあるだろう。


 自分は生きた爆弾として渋谷の街に運ばれてきた身で、民間人を盾にするかたちになったのは運転手の責任であると。それはもっともな意見で、男を乗せた――おそらくは盗まれた救急救命車両は、すでにこの現場から走り去ってしまっている。


「さて、悪いのはどちらだ?」


 爆弾そのものと爆弾を仕掛けた犯人、どちらが悪く、そしてどちらの首に高値が付くのか頭のなかでソロバンを弾き明算をだす。頭が悪いのは人間で、値段が高いのはグジエルだ。ならば俺の判断に迷うところはない。


 一足飛び、距離を詰め、もはや再生完了間近の脳天に儀杖を叩きつける。

 ≪障壁≫の奇跡が展開され儀杖の一打を受け止める。が、容易く砕けた。

 天使としての格が違いすぎることに気付いたグジエルの目が、驚きに大きく開かれる。


「!? ――!? ――人間、その杖をどこで手に入れた!?」とグジエル。


 彼女は喋ることができたのに、いままで喋らなかっただけらしい。

 天使というのは、こうところに気が回らない。

 渋谷の街に現れたなら現れたなりに、悪役らしい口上を垂れてくれれば良いものを。


 人間であれば冥途の土産に、とか気の利いた台詞のひとつも投げかける場面でありながら無言で殺しにかかってくるくせに、自分が殺される側となれば、すぐにこれだ。


 だが俺は、


「どこで、と問われたならば、親の遺産だ」


 持ち前のサービス精神を存分に発揮してやった。

 リップサービスはどれだけしても金は減らない。口が減らない男、とも世には言う。


 発言に嘘はなく、誇張もない。

 俺にとって天使儀杖ウリエルは実の父親から譲り受けた――負の遺産だ。


 稼ぐに追いつく貧乏なしと世に言うが、必要経費がかさみすぎる場合には、その例からも外れてしまうものだ。


「忌々しきは人間!! 滅び去れ!! 永遠の業火のなかで己の愚かさを悔いるがいい!!」


「滅んで消えればいいのか? 永遠に悔いればいいのか? どっちだ?」


「どちらもだ!!」――そいつは、強欲だな。


 彼女、裸体の再生を終え、さらに衣服までまとってしまったグジエルの剣が突きだされる。

 速い、が、鋭さは感じられない。

 アスファルトの路面を蹴り足で削りながら、悠々に避けることができた。


 天使は道具として造られたときから完成品であり、それ以上に変化することがない。それが彼女たちの不死性であり限界だ。変化がなければ成長も老化もなく、つまりは磨くべき技量も存在しない。神は天をつくり地をつくったが、剣術や槍術を生み出したのは人の執念である。


 力任せに振るわれる直剣は音速を超え、激しい烈風を巻き起こす。が、それだけのことだ。

 剣の流れに繋がりはなく、ただ一打一打の独立した攻撃があるだけだ。

 これが将棋盤のうえのことなら、千日かけても詰みの一手が訪れることはないだろう。


 当たりさえすれば絶命の一撃が、しかし当たらず、グジエルの表情に苛立ちが見える。

 眉間に寄せた皺で、せっかくの美人も台無し、といったところだ。


 天使というものは人間と違ってひとつひとつが手作りの工芸品であるのか、揃って美しい。いっそ人間もそのように作ってくれていたなら、世の中は美男美女が多くて幸せだったというのに――と神を呪わざるを得ない。


「当たれ!! 当たれぇ!! 死ねぇぇ!!」


「やだ。当たらない。死なない」


 子供の棒きれ遊びを避けるのは簡単だった。

 怪力と超速度がなければ、習熟の足りない天使の剣など、この程度のものだ。

 だがこれも、天使儀杖の力を借りて超音速域での活動が出来てこその芸当である。


 ここにきて、まだ逃げてはいけないのか、爆風のごとく吹き荒れる衝撃波のなかに哀れな軍警交通課の悲鳴が聞こえた。――さすがに死んではいないよな?


 いくら銃弾が音速を超えるものでも、音速を超える標的に命中させることは適わない。

 たまたまのまぐれ当たりがあっても即座に再生するとなれば、不死を前にした悪夢だ。

 ゾンビでも頭部に銃弾を喰らえば死ぬというのに、天使ときたら――空気を読まない。


「我求めるは≪光球≫の奇跡!! 滅べ、人間!!」


 剣が届かなければ奇跡の力で、その執着の無さは天使らしいとも言えた。

 もうしばらくは時間が稼げると思ったのだが、どうも、ここまでらしい。

 そもそも、時間を稼いだところで交通課の彼らが逃げだせないのならば意味がない。


 ≪光球≫の奇跡。てのひらに光球を造り出し、超速の弾と撃ち出し、着弾地点で爆発させる。極めて分かりやすく破壊的な奇跡のひとつだ。弾数制約のない天使がこれを使えば、地上から見上げることしかできない人間の王国はひとたまりもない。――だがそれも、人の手の届かぬ上空にあってこその有利というものだ。


 剣を交えるような距離で使うべき奇跡ではない。

 彼女は判断を誤った。


「ならばグジエル、おまえも道連れだ」


 グジエルが掌のうえに生み出した光球に、天使儀杖の先端を触れさせる。

 こちらは天使儀杖の先端、あちらは掌、どちらが有利な立場であるかは明らかであった。


 爆。

 ≪障壁≫の奇跡でもって、俺はこれを防ぐ。


 自分の奇跡に抵抗することは自分自身を否定することであり、ひいては造物主たる神を否定する行為につながる。そのため、天使たちは自分自身の奇跡を防ぐことができない。と言われている。確かめようのない眉唾の噂話だ。


 噂話の真偽のほどは確かではないが、目の前には純然たる結果が転がっていた。

 光弾を生み出した左手は消し炭と化し、背面の翼までもが半ば千切れかかっている。


 せっかく再生した天使の美しい装束も破れさり、ほどよく際どいところまでを見せていた。とはいえ、これで興奮できるのは一握りの特殊な人間くらいだろう。いくら彼女が美人とはいえ、半裸とはいえ、片腕が消し炭になっているのだ。


 顔面も半ば焼け落ちており、再生中ということもあって、これは迫力がある。


 だが、容赦はない。

 俺も天使も、この場に容赦という概念は存在しない。


 再生よりも早く脚を刈る。言葉通りの意味ではなく、文字通りの意味だ。天使儀杖に奇跡の炎をまとわせ超圧縮、炎熱が生み出したプラズマ流体を刃としてグジエルの膝下を刈った。


 両足の支えは消し炭を超えて一瞬で気化、蒸発する。

 支えを無くしながらも突きこんできた決死の剣撃を返す刃で焼き払う。

 両手両足を失いながら地面に落ちるグジエルには、受け身をとる手段も残されてはいない。


 アスファルトの路面に顔面から落ち、これは嫌な音がした。ヒキガエルが自動車のタイヤに踏み潰されるような音だ。落ちた後頭部をさらに足裏で踏み抜く。≪障壁≫の奇跡さえなければ、天使の頭蓋骨がアスファルトより硬いということもない。自然の道理こそが勝利する。


 硬いものが砕け、血袋がはぜる音がした。


「選ばせてやる。頭と翼、どちらがいい?」


 一応は、尋ねることにしていた。

 天使の奇跡をささえる頭脳と翼、どちらか一方を欠けば、天使は天使でいられなくなる。

 翼を失った天使は人であるし、頭を失った天使は――なんだ? まあ、動かない物体だ。


「くたばれ、人間!!」と聞こえた気がした。


「つまり両方だな」と言った気がした。


 奇跡の炎を纏わせた天使儀杖の刃を無尽に振るう。――その答えは、八つ裂きだ。



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