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短編小説 お婆様は、弟を殺した

作者: ヨッシー@

短編小説 お婆様は弟を殺した


聡子は見つめていた。

一匹のカマキリが蝶を食べるのを…

前脚で羽をしっかりと掴み、一口、一口、味わう様に食べる。

蝶は、身体をブルブルと震わせていた。

生きながら食べられる恐怖と苦しみ。

それを感じながら、ブルブルと震えている。その目は、宙を見つめていた。

どうしようもない絶望感、誰も助けてくれない失望感、死を待つだけの限られた時間。

考えるのは、自責の念か、後悔か…

ガタガタと震えが大きくなった。

カマキリは、蝶を落としそうになり慌てて掴み直す。だらりとした蝶の頭。

視線が動いた。

聡子を見た。

確かに聡子を見た。

自分の最後を傍観する聡子を見つめた。

聡子も蝶を見つめた。

カマキリは、黙々とかぶりつく。

腹、脚、胸、かぶりつく。

クチュ、クチュ…カクッ、

無くなった。

蝶の頭が無くなった。

カマキリは、美味そうに咀嚼する。

クチュ、クチュと音が響く。

聡子は、その姿を見続けた…

突然、カマキリが首を掲げた。勝ち誇った様に前脚を上げた。

そして、ゆっくりと聡子を見た。

「次は、お前だ」と、


私がこの学校に赴任してから、はや三年が経った。ずっと他人に不快を与えない様に全神経を使って過ごしてきた。

私は、人と距離を置き傍観するのが得意だ。子供の頃から、何度も訓練して来たからだ。たとえ、不条理な事があっても…


「やめて下さい、」

山岸先生は、小さな声で言った。

また同僚からの嫌がらせだ。彼等は、事あるごとに山岸先生をからかうのだ。難癖をつけ、山岸先生の体型をバカにする。背が低く小太りの山岸先生は、生徒や先生たちの格好の餌だ。

顔を赤くして小さな声で喋る山岸先生の態度は、滑稽で面白く見えるのだ。

私は、いつも深く関わらず、ただ、ただ、傍観していた。

彼等のいじめは、セクハラ、パワハラ、あらゆるハラスメントを行っていた。異常だ。異常な光景だった。

理由は簡単だ。父兄からのクレームに対するストレスの解消だった。校長先生も見て見ぬ振りをしている。一種のガス抜きだと思っているらしい。先生たちの嫌悪感が解消されるなら、代用教員の山岸先生など、いくらでもいる使い捨て教員の一人だと思っている。

泣いている山岸先生、

どうでもいい、私は何も感じない。同情もしない。そんな感情すら私には無いのである。

いつから、こんな人間になったのだろう。

あの時からだ。

お婆様が弟を殺した時からだ…


私が小学校一年生の時だった。

まだ4時間授業の時、近所の夢ちゃんと帰って来た時だった。

「ただいま〜」

私は、いつもの様に手を洗ってから、弟の部屋に行った。

「し〜ちゃん」部屋のドアを開ける、

鬼の顔、

お婆様が鬼の様な形相をして立っていた。真っ赤な顔をし目は血走っていた。

「あっちに行ってらっしゃい!」

お婆様が怒鳴った。

私は一変に怖くなり、自分部屋に逃げこ込んだ。お婆様のかんしゃくは、いつもだが、今日は一段と酷かった。ベッドの中に隠れて目をつぶっていた。

弟は呼吸器系の病気で器官にクダを着けている。そこから呼吸をしている。傍らには、大きな機械がそれを補っている。話すことは、出来ない。

数時間後、

微かに、ブザーの音が聞こえる。弟の機械のブザーか?

救急車が来た。

私は慌てて玄関に駆けて行った。

弟が担架で運ばれていった。

「どうしたの、しーちゃんは、どうしたの?」

お婆様は、何も答えない。私と目を合わせない。

慌てた振りをしていた。か弱い祖母になりきっていた。私には解る。目付きが覚めていたからだ。まるで、心の無い人形の様に。

弟は病院に運ばれた。しかし、手遅れだった。自分で管を外したらしい。

私は、御葬式の時、父にこの事を話そうとした。何度も試みた。しかし、お婆様の目が片時も離れず睨んでいた。また、あの鬼の目だ。私は、カマキリに睨まれた蝶の様に身体が動かなくなった。

それ以上、何も出来なかった。

父も動けなくなっていた。父も私も、お婆様の怖さを知っているからだ。

何も言えなかった。

そして、心が無くなった。あれから何年も、ずっと…


…家に帰るのは、嫌だった。

キャリアの母は、仕事もできるが口も人一倍だす。多分、職場でも、あんな感じで、部下を罵倒しているんだろう。

父は、ゴルフ場をリストラされた後、職を転々として、今は外車の営業をしている。調子が良くお世辞を言うのが得意な人だ。軽い男。限りなく、嫌な奴。

妹は、大学生だ。楽天的で何も考えず気楽に生きている。恋愛も積極的で彼氏も片手では足りない。

お爺様は書道の先生だ。師範だ。御弟子さんも沢山いるらしい。その中の何人かと、不倫をしていたらしくお婆様とは仲が悪い。

お婆様は、お嬢様育ちで仕事は一切した事がない。ずっと家の中にいて母の代わりに家事をしている。

お婆様の資産と母の収入で我が家は、なに不自由ない生活をしている。

父は、今でも、お婆様から小遣いを貰ってる。給料は少ないが贅沢な生活をしている。愛車のベンツも3年おきに買い替えている。

社会人になった私にも小遣いをくれるが、断っている。同じ人間になりたくないからだ。

この家は狂っている。

母は、お金を貯めて離婚の準備をしている。妹が社会人になったら、この家から脱出するつもりだ。人形の様な私にも嫌気がさしている。可愛いのは妹だけだ。多分、引き取るのは妹だけだろう。

私も早くこの家から脱出したい。人形から今度は石にでもなってしまいそうだ。先生という職業も、拘束時間が長いから家にいる時間が短くなるのが理由だ。


ある日、

お婆様がおかしくなった。食事もしない。

必要にお爺様を罵倒する。

「愛人の所へ行け、愛人の所に行け、」の繰り返しだ。

父は、喜んでいた。父への干渉が無くなるからだ。

母が飲み物に睡眠薬を入れた。

私に、「それをお婆様に飲ませて、」と言うのだ。母の命令も絶対だ。

「はい、お水」

お婆様は何も知らず飲みほした。

そのまま、お婆様は病院に入院した。

愛犬のマックが安楽死させられた時も同じやり方で病院へ連れていかれた。母の仕業だ。

病院でのお婆様はおとなしかった。別人だった。

私は、まだ演技をしているのかどうか区別がつかなかく、疑っていた。そういう人だから。何度も何度も騙されたからだ。

本当だった。医師が、脳梗塞からの認知症だと告げた。

私たちは、自由になった。

父は、すぐに、お婆様の貯金を全て下ろした。叔父にあげたくないからだ。父と叔父は仲が悪い。昔かららしい。

子供のころから、父の悪行は全て弟のせいにしていたそうだ。

父は依然に増して金遣いが荒くなった。

母は離婚の書類を父に見せた。

お爺様は愛人の家に入り浸った。

妹は、彼氏の子を中絶をした…


こんな時に…

狂ってる、皆んな狂っている。


今日は、お婆様の着替えを取りに行く日だ。父は一度も行かない。まだ怖いからだ。

病室、

そっと、お婆様のベッドを覗く。

人口呼吸器がゆっくりと動いていた。弟の時と一緒だ。

フラッシュバック、

突然、私は、あの時の事をハッキリと思い出した。

お婆様が弟を殺した事を、

メラメラと怒りが沸き上がる。

お婆様がすやすやと眠っている。

あの時の弟も、こんな風に、すやすやと眠っていたに違いない。そんな弟を、ちっぽけな世間体だけのために命を奪った。

同じめに合わせてやる、

同じ苦しみを味わえ、

私は、お婆様の人工呼吸器の弁を抜いた。

これは、お婆様への復讐だ、

弟を殺された復讐だ、

今までお婆様の奴隷だった私の復讐だ。

ずっと、ずっと待っていた。20年間待っていた。しがらみから解放される時を、

今日から私の時間は動き出す。

止まっていた時計が動き出す。

私は生まれ変わる。

お婆様の人形から人間に生まれ変わるのだ。


聡子は、笑った。心の底から笑った。笑っても笑っても、笑いが込み上げてくる。

ククククッ…ハハハハハ…

お婆様の顔色がみるみる青ざめてくる。

心電図の波長が止まる。

ピーーーー


ふと見る…

お婆様の顔に一匹のカマキリが止まっていた。

幻覚では無い…青いカマキリが、留まっている…本当に留まっている。

死んだお婆様を食べようとしているのか?

ゆっくりとお婆様の顔の上を這っている。

カマキリが聡子を見た。ジッと見た。

怖い、

私は急に怖くなった。ぶるぶると震えが止まらない。

「ああっ、」

思わず、カマキリを素手で掴んだ。

カマキリが暴れだす、前脚を振り回す、

「痛い、」

手に力を入れる、

グチャ、

握りつぶす、

グチャ、柔らかい、

頭を引きちぎる、


ピチャ、


カマキリの青い体液が顔まで跳ねた、

青臭い…


気がつくと、指から血が出ていた…

カマキリの体液と私の体液が混ざり合うのを感じた…

ああっ、

今度は、私がカマキリになるのか、それもいい…

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