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麗しの月光は穏やかに微笑む  作者: 秋月咲耶
第一章 はじまりのはじまり
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エイナード


冒険者登録が終わったイシュルは、そのまま簡単そうな依頼を見繕ってギルドを後にした。


受けた依頼は数種類の薬草採取。


F級でも受けられそうな依頼だが、王都の森の勝手が分からないことと、短時間で済ませられそうなことから手軽な依頼を選んだ。


(行商人が帰ってきた時に私が居なければ、面倒なことになりそうだし…)


今頃あの男がどこで何をしているのかは知らないが、恐らくイシュルの最も有効な稼ぎ所を血眼になって探しているのだろう。


一応あの家には感知魔法をかけておいたから、行商人が帰ってくれば分かるようにはなっている。


いざとなれば転移魔法で帰れば良いと考えながら、イシュルは近場の森に向かった。









人々の喧騒からだいぶ離れ森に入った所で、イシュルは魔法で依頼内容の薬草を見分けては手早く採取していった。


報酬も安く難易度も低い依頼だったせいか、森の奥まで入らずとも手に入りやすそうな薬草ばかりで楽な仕事だ。


大方採取し終わった頃、イシュルは「さて…」と軽くため息をついて後ろを振り返った。


「覗き見とは…あまり良い趣味とは言えないね」


穏やかな光をたたえてイシュルが見つめる瞳の先ーーー木の影から現れたのは、先程ギルドにいた全身黒ずくめの男、エイナードだった。


「テメェこそ、最初から気付いていながら知らねえフリなんざしやがって」


「殺意は感じなかったからね」


ニコリと警戒心なく微笑むイシュルに、エイナードは面白そうに鼻を鳴らした。


全身を黒で固めておきながら、それらに埋もれない不思議な輝きを秘めた黒瞳はどこか神秘的で、獣の様な危うさを感じさせる。


歳の頃はイシュルとそんなに変わらないだろうか。


イシュルも平均身長から見て決して低い方ではないが、それより頭半分程度は高い身長が余計に凄みを増していた。


「S級冒険者様が私になんの用かな」


その問いに、エイナードは木に寄りかかったまま鋭くイシュルを睨みつけた。


「テメェ……何もんだ?」


イシュルは笑みを絶やさず首を傾げる。


「どういう意味?」


「はぐらかすな。ギルドで見た時から気付いてた。テメェ………相当な魔法適正者だな?」


確信を持ったエイナードの言葉に、イシュルはあっけらかんとした顔で頷いた。


「まあ、水晶玉がエラーになるほどの魔法適正だそうだよ」


「………」


イシュルの言葉に、エイナードは何故か数秒呆けた顔をする。


「何か?」


「いや…やけに正直に吐きやがるから…」


「隠す意味は無いでしょう」


朗らかに笑うイシュルに、調子を崩されたエイナードはガシガシと頭をかいてから、不意にニヤリと笑った。


「まあいい。エラーだろうが何だろうが関係ねえ。テメェは俺がここで…ブッ倒すからよ」


途端にザワリと蠢く森の空気に、イシュルの肌が無意識に泡立つ。


身体中の毛が逆立つような嫌な鳥肌に、イシュルは否応なく背筋が震えるのを感じていた。


(やれやれ…私も相当な経験を積んできたというのに…こんな若者に圧倒されるとは)


自嘲ゆえに笑った口元を余裕と取ったのか、エイナードは意気揚々と腰の剣を抜く。


「余裕だなあ、色男。……まあ良い、せいぜいその綺麗な顔は守っときな!!」


魔法によるものか、単純な脚力か、見極める余裕も無いまま一瞬で詰められた距離に、イシュルは思わず息を呑む。


振り下ろされた剣を間一髪避けると、魔法で後方に大きく距離をとった。


「待ってよ、何故君と戦う必要が?」


「あ!? んなの俺が戦いてえからに決まってんだろ!」


めちゃくちゃだ、と口にするより先に、さらに距離を詰められる。


紙一重で目の前を通る剣先が、イシュルの煌めく金髪を数本散らした。


「安心しな、殺しゃしねぇよ。…ただ俺が強え奴とやり合いたいだけなんでね!!」


(血の気の多いのも困ったものだ…)


振り下ろされる剣を避けつつ、イシュルは呆れたようにため息をつく。


魔法で迎撃することは可能だが、相手は相当な実力を持つS級冒険者。


手加減などという生温いことをしていてはこちらが足をすくわれることになるだろう。


殺さない程度になるべくダメージを与えるというのは、いくらイシュルでもそう簡単なことではない。


「どうした!? 余裕ぶって反撃は無しか、優しいこったなあ!!」


(…仕方ない)


話は通じなさそうだと判断したイシュルが魔法を発動しようとした瞬間、仕掛けておいた感知魔法が警鐘を鳴らすのを感じた。


(まずいな…こんなタイミングで)


思ったよりも早く行商人が家に帰ってきてしまったらしい。


イシュルは発動しようとしていた魔法をキャンセルして木の影に隠れると、瞬時に知覚妨害の魔法に切り替えた。


「無魔法ーー地・知覚妨害(ちかくぼうがい)


「っな、何を…」


視覚、聴覚、嗅覚を鈍らせ阻害する上級魔法。


不意をつかれ正面からくらったエイナードはその場に膝を付く。


「悪いけど、相手をしている時間はないみたいだ。いずれまた」


それだけ言い捨てると、イシュルは転移魔法で森を後にした。


「っクソ……バカにしやがって!!!」


エイナードが地面に剣を突き刺して叫んだ声は、静かな森に木霊した。





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