ギルド
教えられた建物に入ると、そこかしこからチラチラと視線を向けられるのを感じた。
元々その容姿ゆえに注目を集めることには慣れているイシュルだったが、この視線の理由はそれだけではない。
女と見紛うような顔立ちと線の細い身体に、みすぼらしいと言うほどではないが決して仕立ての良くは無さそうな衣服。
女性の冒険者ですら、もう少し筋肉のついた体つきと防御力のある服を持っているだろう。
あまりにもギルドに似つかわしくない存在が突然現れたのだから、ジロジロ見られるのも当然のことである。
イシュルはさして気にした風もなく受付に近付いた。
「冒険者登録をしたいのですが」
「え…あ、はい、冒険者登録ですね」
受付の女性はまず初めにイシュルの顔に見惚れ、次いで慌てて頷き、それから少し訝しげな顔をした。
こんな少年に冒険者が務まるのか、という疑わしげな思いがありありと見て取れる表情に、イシュルは悪戯に微笑む。
「何か問題が?」
「い、いえ…そんなことは…」
「問題大ありだよ坊主!」
受付嬢が言い淀んだ瞬間、不躾なダミ声が後ろから割り込んできた。
振り返ったイシュルを見下ろしていたのは、筋骨隆々で髭を生やし、鋭く光る剣をチラつかせたいかにも冒険者といった風情の大男である。
「冒険者ってのは危険な仕事なんだ。テメェみてえなヒョロヒョロの青クセェ坊主ができるわけねーんだよ!分かったらとっとと帰りやがれ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた男は、そう言ってバカにしたようにイシュルを見下ろした。
「金に困ってんなら娼館にでも行きな!見てくれは悪かねえんだ、物好きな男が恵んでくれるだろうよ!ガハハハハ!」
(くだらない…相手にするまでも無いな)
魔法適正がものを言うこの世界、ある程度の経験と実力を持った魔法適正者であれば、パッと見ただけで相手の力量を推察することが可能である。
もちろん、相手より格上の実力であれば、格下の相手がどの程度の実力でどの程度の魔法適正者なのか、果てはその人間の性格まで見通すことすらも容易だ。
高い魔法適正を持つイシュルにとって、この男の力量は視線を向けずとも理解できるほど粗末なものだった。
増して、王として人を見る目はあると自負していただけあって、この男が相手をしてやるほどの人間性すら無いことも薄々感じ取れたのだ。
イシュルは男を上から下までざっと見てそう結論付けると、興味を無くして受付嬢に向き直った。
「それで、冒険者になるにはどうしたら良いでしょう」
「え、あの…」
「っ…おいクソボウズ!! 無視してんじゃねえぞ!!」
イシュルの対応に腹を立てた男はそう叫ぶと、手にした剣をイシュルに向かって勢い良く振り下ろした。
「キャーーーーーーーッ!!!」
受付嬢の悲鳴が響いた瞬間ーーー、
音もなく近づいてきた黒い影が、男の剣を受け止めた。
「…随分ダセェことしてんなぁ」
「お、お前は…!?」
冒険者の男が驚いたように目を見開き、慌てて剣を引く。
「な、何故お前がここに居る! エイナード!!」
男が叫んだ瞬間、ギルド内にも瞬時にザワめきが広がる。
「エイナードだって!?」
「あのS級冒険者の!?」
「今活動している冒険者の中でも上位5人に数えられるっていう…」
周囲の声が止まない中、飛び出してきた黒い影ーーーーーエイナードは、腰を抜かして身を震わせている冒険者の男を睨みつけた。
「俺の目の前で見苦しい真似してんじゃねえよ……D級ごときのクズ野郎が」
「ヒッ…な、な、なんで……俺のランクを…」
「あ? テメェの力量なんざ目つぶってたって丸分かりだぜ」
エイナードは靴音を響かせ男に近付くと、迷いなく黒いブーツでその顔を踏みつけた。
「ぐああああっ!!」
「お粗末な下級冒険者が。 イキがるのも大概にしろ」
「ぐああっ!? がっ! 」
やがて男の顔から血が滲み、床に赤黒い染みが出来るまでグリグリと踏み潰すと、エイナードは興味を無くしたように男を蹴り付けた。
軽く蹴ったにも関わらずゴミのように転がって気を失っている男に、ギルド内の誰も声を発することが出来ず、呼吸音すら聞こえない静寂が訪れる。
(血の気の多いことだ…まあ、冒険者としては珍しくもないか)
イシュルが冷めた思考でそう考えていると、エイナードはつまらなそうに舌打ちをしてギルドを出て行った。
扉が閉まった瞬間、周囲が途端にザワつき始め、ギルドの係員が床に伸びている男を回収しに駆けつける。
真っ青になって震えている受付嬢に向き直ると、イシュルはエイナードが出ていった扉にちらりと視線をやった。
「今のは…?」
「え、S級冒険者のエイナードさんです。依頼達成率は常にトップで実力も申し分無いのですが……あの通り、乱暴者で手が付けられないのです…」
困った様子で再び身を震わせる受付嬢に、イシュルは「へぇ…」と適当な相槌を返す。
(手の付けられない乱暴者ね…)
色々と思うところはあるが、イシュルはひとまずエイナードのことは思考の隅に追いやった。
「あ、ええと…冒険者登録でしたね。………本当にしますか?」
今の一連のやり取りで冒険者に恐れをなしたと思ったのだろう、恐る恐るそう口にする受付嬢に、イシュルは頷く。
「ええ、もちろん」
「そ、そうですか。ではこちらに手をかざしてください」
受付嬢が差し出したのは、丸くて透明で、見る角度によって何色にも見える、不思議な色合いの水晶玉のようなものだった。