行商人2
いそいそと品物を取り出している行商人を横目に、イシュルは積んである荷物の中から首飾りを手に取ってみる。
(これはこれはまた……随分と分かりやすく偽装したものだ)
表情は変えることなく、しかし心の中では笑ってしまいそうなほど見るからに安っぽい品物に、イシュルは思わず行商人を呆れた目で見てしまった。
それもそのはず、イシュルは元、一国の王であった男だ。
贅の限りを尽くすことなどなかった賢王とは言え、数々の調度品や宝石、およそ一般人では目にすることもできないような物まで、幾度となく目にしてきた。
そんなイシュルにしてみれば、この品物は粗悪品どころか、子供の玩具にもならない。
(騙されて買い付けたのか……いや、むしろ彼が騙す側か)
行商人と笑顔で話しつつ品物を荷馬車から下ろして、イシュルは瞳を鋭く光らせた。
「ふむ、これで大丈夫だな。さあさあ乗りなさい! 王都まで連れて行ってあげよう」
「ありがとうございます」
にこやかに礼を言うイシュルに、行商人は上機嫌で再び荷馬車を走らせた。
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦
それから3日ほど荷馬車を走らせ、イシュルはようやく王都に着いた。
人々は雑多に入り交じり、ガヤガヤと賑やかだ。
中身は大人とは言え、この世界の王都を初めて見るイシュルにとっては少々ワクワクさせられる。
物珍しそうに辺りを見回しているイシュルに、行商人はふと思いついたかのようにわざと軽い口調で話しかけた。
「そうそう、お前さん、王都じゃ宿屋に泊まるのだって安くない。どうだね、しばらくうちで寝泊まりしないか」
イシュルは自分の顔が品物の影になっていてよく見えないのを良いことに、くつりと喉の奥で笑った。
「そんな、そこまでお世話になるわけにはいきませんよ」
「いやいや、部屋が余ってるから使ってもらった方がいいんだ。ちょっと掃除なんかを手伝ってくれりゃ有り難いっていう下心もある」
冗談めかして言う様は、相手が自分でなければ良い人間だと勘違いしてもらえるだろうな、とイシュルは思う。
まあ、内から滲み出るものというのは、簡単には誤魔化せない。
ましてやそれが、長年人を見る目を培ってきた人の上に立つ者相手であれば、なおさら。
イシュルはしばらく顎に手を当て、迷うふりをしてから、申し訳なさそうな表情を作って見せた。
「……では、少しの間だけ居候させてもらってよろしいですか?」
「ああ構わないさ! じゃあこのまま私の屋敷まで行こう!!」
明らかにホッとしたような顔をする行商人から視線を移し、イシュルは街の様子を注意深く観察した。
並ぶ屋台、巡回する兵士、ちらほらと見える冒険者、走り回る子供ーー。
「…変わらないねえ、いつの世も」
人というものはかくも、楽しい生き物だ。
イシュルは自分の荷物の中から紙と筆を取り出し、何やら色々と書き付けた。
紙と筆は高価なもので、もちろんイシュルがいたクルコ村でも手に入れるのに苦労した。
だが旅に出る時、金も服もいらないから紙と筆をくれと言ったイシュルに対して、両親は怪訝な顔をしながらもこれを与えてくれたのだ。
イシュルは書き上がった文をざっと読み返して間違いがないことを確認し、積んである品物の中から適当に綺麗な石を取って荷馬車から下りると、近くを走っていた少女に手招きした。
歳の頃8〜9歳ほどの少女は不思議そうにぺたぺたと近付いてくる。
イシュルはその少女に紙と石を手渡し、あることを言付けるとにっこり微笑んだ。
少女は生まれて初めて見た、まるで物語から飛び出してきた王子様(はたまたお姫様か)のような笑顔に頬を染めると、こくこくとうなずいて走り去った。
「さて…後はなるようになるかね」
「おい! どうした? 何かあったのか!?」
少女の背中を見ながら呟いていると、イシュルが荷馬車から下りたのに気付いた行商人が慌てて叫んでいる。
「すいません! ぼーっとしてたら落ちちゃって…」
「なんだ…しっかりしてくれよ」
あはは!っと笑い合いながらも、イシュルが何かに勘づいて逃げたのではないことを確認し、行商人はホッと胸を撫で下ろす。
品物を道に置き去りにしてまで拾ってきた貴重な稼ぎ口だ。
そうやすやすと手放す訳にはいかない。
再びイシュルが荷馬車に乗ったことを確認して、行商人は馬を走らせた。
爽やかな風が頬を撫でるのを感じながら、イシュルは静かに目を閉じ、王都の空を見上げるのだった。