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思春期は甘い

作者: 弧猫


「今ね、無性に悲しい」

「そっか」

「とっても泣きたい気分」

「そっか」

「うん」


私の呟きにテンポ良く返される棒読みの相槌はいつもの事だった、けれど。今日に限っては本当に憎たらしく思えた。

だって私が求めてるのは愛想のない言葉じゃない。これでもかってくらいに気持ちの詰まった優しくて甘ったるくて心地良い慰めが欲しいのに。

こちらをチラリとも見ていないだろうアイツが憎たらしい。


溜息をひとつ吐いて、視界の先にある天井を見詰める。

ココは私の部屋なのに何故か私はベッドと壁の隙間で――かと言ってベッドが占領されたとかじゃないんだけど。

とにかく、こんな場所へ私を追いやった犯人は、我が物顔で私の部屋に居座り続けている。


「ねぇ」

「うん」

「女の子が泣きたいって言ってんのに慰めの1つどころか気を遣って部屋を出ようとも思わないワケ?」

「うん」

「……さいッてー」


息を詰まらせるようにして吐いた罵倒は、ピロピロと鳴る軽快な音に混ざってバカみたいだった。

それだけでも虚しい気分だったのに「このゲームしてると直ぐ電池無くなるから充電器貸りるよ」とか言われて余計に泣きたくなった。ホントサイテー。アイツ絶対キリが良い所までやる気だ。しかも充電マックスにして帰る気だ。ああもう。指の骨溶けちまえ。


何でこんなワガママすら許されないんだろう。

私は誰にも迷惑掛けずに、ただちょっぴり感傷に浸りたいだけなのに。

年頃女子だもん、そんな時もあるさ、絶賛センチメンタルタイムなんだよ。意味も無く『地球単位で考えたら私の悩みなんてちっぽけなのね』とか思いを馳せたいの。わけもなく一人泣いて、誰とも分かり合えない孤独を噛み締めてたいだけなのに。

そんな事も分からないアイツなんて上半身が5メートルぐらい伸びてしまえばいいんだ。


「あ……死んだ」

「ざまあみろ」


ゲームオーバーに相応しい悲壮感たっぷりな音が聞こえた時には、反射的にそう言っていた。

だからといって私の心が晴れる事はなかったけれど。それでも少しスカッとした気がする。


「コレあげるから機嫌なおしてよ」

「いらん出てけ帰れ寄るな、」

「じゃあ貰ってくれたら帰るから」

「……チッ」


じゃあって何だ、じゃあって。何で私がワガママを言っているみたいな扱いをされなくちゃいけないんだ。ムカつく。


「チッ」


二度目の舌打ちと共に仕方無く手だけを上に伸ばす。

ギシ、とベッドに体重を乗せた音がしてから視界にアイツの手だけが映った。そして手渡された柔らかい何かは、駅前なんかでよく配られているチラシ入りのポケットティッシュだった。

簡略化された天使がヒビ割れたハートを守るようなイラストと『あなたはひとりなんかじゃない』なんて、薄っぺらいメッセージ。


思わず「ふざけんな」と口を開きかけて――ふと、違和感に気付いた。

在り来たりな言葉の下に書かれた電話番号には、何故か取り消し線が引かれている。しかも、その下には妙に見覚えのある字で携帯番号が書かれている。なんだこれ。


「あのぉ……コレってさ、どういう意味で渡してきたの?」

「そのまま。いつでも相談してよって意味だけど」


え、待てよ?まさかこれは……本当にそういう事だったりする?

もしかして私に『ひとりじゃないよ』って遠回しに伝えてるの?

だからこの電話番号が付けたされていて、つまり『僕が居るから相談しろよ』って意味?えっ?マジで?


「うぇ、あ……待って、いや、何で?」

「何でって何?困った時はお互い様だって思ってるだけだよ」

「私は、困ってるってゆーか、」

「違うの?じゃあ要らなかったら捨てといてよ。妙に元気ないから気になっただけだしさ」

「別にそういうんじゃ……ただ、なんてゆーか、変じゃん」

「ヘン?」

「いや、母さんたちが仲良いからお互いに家に呼びつけられたりしてるけどさぁ……私たち、もう中学生だよ?いくら幼馴染とはいえ、そろそろ互いの部屋にあがったりとかマズくない?」

「じゃあ、ゲームは貸さなくていいの?」

「それは困る!」

「はは、ヘンなの」


少し離れた場所から聞こえた小さな笑い声が妙に恥ずかしくて、狭い隙間の中で身をよじった。

私が動く度にポケットティッシュがクシャクシャと鳴る。さっさとポケットにでも突っ込んでしまえばいいのに、何故か手放したくないと感じていた。


「じゃあそろそろ帰るよ。此処に居たら、借りてるマンガの続きが気になってきた」


何だアイツ、ホントにわけ分からん。昔からずっと好き勝手するのは変わってないけれどさ。

急に変に優しくなるから、こっちまで変に……いや別にちょっとビックリはしたけど、別に、ねぇ?

ああもう、顔が見られない位置で良かったホント。何だアイツ。ああもう。

こんなわけ分からない事で泣きそうになってる自分が嫌だ。

「早く帰って」とか言いながら、本当は帰ってほしくないとか思っちゃってる自分が嫌だ。



『思春期は甘い』

――だって思春期なんだもん、仕方ないよね?



「あ、そうだ。登録名は指定して良い?」

「え……変なのはヤダ」

「そこは大丈夫。じゃあ『〇〇先生』でよろしく」

「担任じゃねーかッ畜生!」

「じゃあお疲れ」

「鳩尾腫れろ畜生!」


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