過去3・初めての魔法と食事とお菓子と
「ではアンダーウェア、魔法の使い方は解るまふ?」
「ちょっと待って下さい」
マフーに言われてアンダーウェアは両手で自分のこめかみに指を当てて目を瞑る。
「ふん? これでしょうか? 繋げ、『魔法接続』」
アンダーウェアは呟くとそのままゆっくりと後ろに倒れる。松林の中、草の上に仰向けにドサリと倒れる。
「アンダーウェア?」
「み? みみむ、みみま! みみみみみまみみみみみみよみみみみみみみ!」
仰向けに倒れたまま黒い下着姿の白い少女が口から奇声と涎を溢して手足をビクビクと痙攣させる。
「アンダーウェア? なにこれ? 何が起きたの? ちょ、アンダーウェア!」
マフーが慌ててアンダーウェアの身体を触る。アンダーウェアは目をグルグルと回し、頭をブンブンと振り、後頭部を地面にぶつける。手足をビックンビックンと跳ねるように動かす。
本人の意思とは無関係に身体がメチャクチャに動いている。マフーはその手に叩かれたりしながらもアンダーウェアのお腹をさする。
「アンダーウェアー! しっかりしてー!」
「みみもみみ、エクソダス、ダウンロード、むみみみみ、50%、70%、まみみ、ダウンロード完了、脳内に常駐起動、みみみみみ、情報制御始動、みまみみみ……、あ、ふ、む、チューニング自動設定、や、くぁ、らるる?」
「壊れた? 魔法少女がいきなり壊れたまふー! なにこれー!」
「あ、い、あいたたた。いきなり壊れかけましたよ? なんですか? 魔法少女の魔法って頭がおかしくなるのが副作用ですか?」
「あ、正気に戻った? 何が起きたまふ?」
アンダーウェアは上半身を起こして草の上にあぐらをかく。その足の上にマフーを持ち上げて乗せる。顔をしかめて片手を頭にあててふるふると首を振る。
「頭痛がします。魔法接続を使ってみたら、意味不明なものがいきなり脳ミソに突っ込まれてかき混ぜられたような。なんですか? 魔法接続って?」
「おいらも知らないまふ。いったい何と接続したまふ?」
「何って、なんでしょう? まだちょっと頭が痛いですが、調節してちゃんとチャンネルを合わせると良いのですか? ではもう1度『魔法接続』」
「ちょっと待ってー! そんな危険で不明な魔法は気軽に使わないでー!」
「んーと、処理しきれない大量の情報が頭に突っ込まれて、脳が処理落ちしたみたいですね。これでチャンネル設定ですか? ここで選別して、扱うところを受信制限して、これで翻訳すると、こうしてこうすれば、脳内で動作可能と。ふん、だんだんと解ってきました」
「いったいなんなの? 『魔法接続』って?」
「そのまま接続ですねこれは。機械を使わずに受信ができるようになります。どうやら発信もできるようになりそうですね」
「いったいどんな毒電波を受信したらいきなり地面に上げられた魚みたいになるまふ? さっきは怖かったまふー」
「毒電波ではありませんよ。私の脳が受信したものを処理できなくておかしくなりかけてました。受信したのはただの電波ですよ」
「ただの電波って……、人が電波を受信したらダメな人になるのでは?」
「ふん? この魔法は、ダメな人になる可能性はありそうですね。脳内でインターネットに接続できます。ラジオ放送にデジタル放送も使えますね」
「え? なにその魔法?」
「目を瞑ればテレビが見れます。サンデージャパンとかやってますね。今日は日曜日でしたか、ユーチューブも……、見れますね」
「テレビにインターネット? ユーチューブ?」
「受信料も払わずにテレビが見れて、パケット代も払わずにインターネット使い放題ですね。とても便利です。中学校中退でもこれなら勉強できそうですね。ありがたいことです」
「……その魔法で、どうやって悪夢と戦うまふ?」
「さあ?」
「これは、困ったまふー」
マフーはアンダーウェアの足の上からおりる。草の上を頭を抱えてウロウロする。
「マフーさん? なんで困ってます?」
「魔法少女の魔法って、基本的にはひとりに1種類まふ。それが電波受信する魔法で悪夢と戦うための武器も無いなんて、今までに無いことまふ」
「ふん? 他にも魔法は使えそうですよ?」
「え? どういうこと? 悪夢と戦う中で成長して、2系統とか3系統使えるようになる魔法少女もいるけど、最初から2つ?」
「いえ、3つのようですね。ではふたつめを試してみましょうか。『魔法隠蔽』」
アンダーウェアが呟く。今度はアンダーウェアが倒れることは無かった。
「また訳の解らないおかしな痛い目にあうかと身構えてましたが……、何も起きませんね。不発ですか? マフーさん?」
「あれ? アンダーウェア? どこに消えたまふ?」
「何を言ってるんですマフーさん。私は目の前にいますよ」
マフーはキョロキョロと辺りを見回して焦った声で、
「アンダーウェア? どこにいるまふ? もしかして瞬間移動の魔法?」
「いえ、どこにも移動してませんし。ずっとここにいますけど」
「転移の魔法だとしてもおいらの感知できない遠いところに、空間の歪みも無く転移するなんて、有り得ないまふ」
「もしかして、私の声も聞こえてませんか? マフーさん? おーい? もしもーし?」
「これって、おいらはいきなり魔法少女を見失ったってこと? え? どうしよう? 探しに行くにしても、何処に行けばいいの?」
頭を抱えて膝をつくマフー。
「アンダーウェア、何もかもがおいらの予想を越える魔法少女まふ。どうしよう? 悪夢の説明もまだなのに」
「メチャメチャ落ち込んでますね。私のせいですか? 『魔法隠蔽』を解くには、えぇと、これですか? 解除」
「うわぁ! アンダーウェア?」
仰向けにコロリと転がる赤茶色のくま。
「はい、アンダーウェアです。そうやって転がって目がパッチリすると可愛らしいですね、マフーさんは」
「えぇと、何処に行ってたまふ?」
「何処にも行ってませんよ。どうやら姿を隠す魔法のようですね」
「姿を隠す? アンダーウェアの魔法ってどういう系統なの? おいらにも居所が解らなくなるなんて」
「声を出しても手を叩いても聞こえなかったようで、姿も音も隠せる魔法みたいですね。これなら戦えるんじゃないですか?」
「それだと、戦うというより暗殺みたいまふ」
「暗殺でも敵を倒せればいいのでは? しかし姿を隠せますか。ふん? ということは? ちょっと試してみますか。マフーさん、少し待ってて下さい。『魔法隠蔽』」
「え? ちょっと、アンダーウェア?」
煩く蝉の鳴く松林の中には、途方にくれた熊のぬいぐるみの姿がひとつ。バンの潰れたタイヤを背もたれにして座って空を見上げている。
「……いったいどういう子まふ? 潜在能力は凄そうと見たけれど、こんなに訳の解らない魔法少女は初めてまふ。ちゃんと悪夢退治できるのかな……」
「お待たせしました」
「うわぁ!」
「そんなに驚かなくても」
「いきなり現れたら驚くまふ。おいらには空間にポンと出現したように見えるまふ」
「マフーさんにはそう見えますか。とりあえずバンの中に戻りましょうか。と、その前に変身も解除しますか」
その一言でアンダーウェアの姿が変わる。髪はもとの黒髪のショートカットに。肌の色も少し日焼けした肌色に。服装も変身前の学生服、ブレザーとチェックのミニスカートへと。
両手で右と左に大きなビニール袋を持っている。
「バンの中でご飯にしましょう」
言いながら車の中に入り、ビニール袋から取り出したお茶のペットボトルのふたをあけてゴクゴクと飲む。次にオニギリを取り出して包装を取ってかぶりつく。
「マフーさんも食べますか?」
「あ、じゃあ、いただきます」
「サンドイッチとオニギリと、どっちにします?」
「そのポテトサラダのサンドイッチがいいまふ」
「はい、どうぞ」
しばらくふたりでモソモソとオニギリやサンドイッチ、惣菜パンにハムなどを食べる。
夏の熱い日、木陰の多い松林の中。壊れて捨てられた白いバンの中で、熊のぬいぐるみと少女が静かに食事を続ける。
「ところでアンダーウェア?」
「なんですか? マフーさん?」
「このオニギリにサンドイッチにお菓子はどこから?」
「コンビニから盗んできました」
「これ全部、万引き?」
「そうですよ。『魔法隠蔽』は人から見えなくなるようですね。念のためにコンビニの奥の部屋まで侵入して確認してきましたが、防犯カメラにも映らないようです」
「えー?」
「発動中は完全に見えなくなるため、道路を渡るときは車に轢かれそうになりますね。そのあたりは気をつけないと」
「えーと、泥棒は犯罪……」
「そうですね、泥棒は犯罪です。しかし私はお金を持っていません。それで飢え死にしかけていたのです」
「うん」
「未成年であり、保護者も保証人もいませんので働いてお金を稼ぐこともできません。なので私が生きていくためには盗む以外の方策はありません」
「そうなの?」
「そうです。私にとっては私が生き延びることが正義。そのためには盗みもします、奪いもします。それに文句がある人は私を捕まえて法の裁きでも受けさせればよろしい。それまではこうして盗んだものを食べて生き延びることとしましょう。『魔法隠蔽』があれば私を捕まえるのは難しいでしょうね」
「これは、とんでもない子を魔法少女にしてしまったかもしれないまふー」
「必要以上に盗んだりはしませんよ。己の悦楽のために悪事を為したり、人を困らせたりはしませんのでご安心を」
オニギリ2つを食べてお茶を飲むアンダーウェアはビニール袋の中に手を入れる。
「暴君ハバネロが復刻しましたね。私としては初期の暴君ハバネロの遠慮の無いところが好きなのですが、復刻版は初期に比べるとマイルドになって物足りないですね」
袋を開けて赤い色の辛そうなお菓子を口に入れてポリポリと食べるアンダーウェア。
「個人的には大魔王ジョロキアが好みなんですけれど、あれは復刻しないのでしょうか」
「アンダーウェア? 己の悦楽のために悪事はしないってー」
「ええ、もちろん。でも、せっかく盗んだのですから残さず美味しくいただきます」
「アンダーウェアの正義に不安を感じてきたまふ」
「大丈夫ですよマフーさん。私が正義を為すためにも、まずは私が生き延びることが肝心です。いずれは盗み、万引き以外で食料を入手できるようにしますので」
アンダーウェアは赤いお菓子をポリポリと食べ続ける。
「私が働いてお金を得られるならば話は違うのでしょうが、現状でやれることを選べば、盗み以外で食料を入手できませんから」
マフーはパックの野菜ジュースのストローをくわえて、これからのことに思いをはせる。
――このアンダーウェアの正義って……、
赤いお菓子をポリポリと食べる姿からは、学校帰りにお菓子を食べる普通の女子学生にしか見えない。