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魔法少女は正義を抱いて静かに殺す  作者: NOMAR
虎の皮、人の名、死んで残るは他には何か――
4/16

3・人が生きて人が死ぬ世界のために――


 椅子に縛り付けられた男は両足の太ももにメスを1本ずつ突き立てられている。ズボンには刺されたところからゆっくりと血が染み込み、広がっていく。

「……や、やめろ、やめてくれ」

 呻く男を前に下着姿の魔法少女、アンダーウェアは身動きできない男の顔に近づき、囁くように質問する。片手に持つメスで男の鼻をポンポンと叩きながら。

「さぁ、答えて下さい。あなたはガンになったら、自分に抗がん剤治療をしますか? しませんか?」

「そ、それは……」

「おや? あなたの病院で看護師があなたに訪ねたとき、あなたは何と答えましたか?」

「な、なんでそんなことを知っている?」

「あなたの勤め先の病院に忍び込んで、いろいろと調べましたから。ですが、ここで、ハッキリと答えてくれませんか?」


 白髪の少女の底無しの黒い瞳が男の目を見つめる。

 ――私がなんと答えたか知ってて聞いてるのか? だったらもしかして、ここまでの私の言ったことを録音でもしているのか? 私にガン治療について何を言わせたいんだ? 脅迫して言わせたことに何の意味があるんだ? いったい、何の目的が――


「ふん、素直に答えられないなら、これを使いますか」

 アンダーウェアが取り出したのは白い樹脂の容器。そこからピンセットで摘まんで取り出したのは注射針。

「さて、なんの病気になった患者が使ってたものでしょうね」

 その注射針にはよく見ると乾いた血が着いている。廃棄予定の使用済みの注射針と点滴の針がゴロゴロと入った容器を手に持って。

「これも病院から貰ってきました。これが簡単に盗み出せるなんて管理が甘くないですか? これをコンビニの惣菜パンとかオニギリに刺したら何のテロと呼ばれることになるのでしょうね?」

 ピンセットで持ったまま、男の頬に乾いた茶色がこびりついた使用済みの注射針を近づける。その乾いた血がなんの病気にかかった患者のものかも分からないまま。

「はい、チクッとしますよー」

「やめろぉおお!」

「やめて欲しければ、私の質問に正直に答えて下さい。あなたは、自分が、ガンになったら、抗がん剤治療をしますか? しませんか?」

 男は目を剥いて、近づく注射針からのけ反って離れようとするが、縛り付けられた手足は指しか動かない。

 首を振って暴れる男に注射針が更に近づく。

「さぁ、答えて下さい」

「しっ、しない! 私はガンになっても抗がん剤治療はしない!」


 その答えを聞いてアンダーウェアはウンウンと満足げに頷いて、使用済みの注射針を男の頬から離し、樹脂の容器の中に戻す。

「お答え、ありがとうございます。しかし、医者が自分でもしたくない治療を患者に勧めますか」

「仕方無い、だろう。それが、この国の、法律だ」

 男は息を荒げて口にする。目の前から注射針が無くなって、少しホッとした様子で。

「医師が、責任を、回避するには、抗がん剤を、使うしか無いんだ」

「それなのに自分には使いたく無いですか? まぁ、さして効果も無く副反応ばかり酷いと知っていれば、自分に使いたくは無いですか。でもそれって患者を治そうとはしてませんよね? ガン治療の名目で抗がん剤を使ってさえいれば、ガン以外の原因で死んでくれた方が病院の責任問題にならなくて都合がいい、と」

「そんなことは言っていない!」

「言ってはいなくても、現実的には同じことでしょうに。ガンの手術の後、抗がん剤治療をせずにガンの転移が見つかれば、医師の治療が不適切だったと責任問題になるのでしょう?」

「その通りだ」

「もと医師のガン患者が抗がん剤治療をしない理由がこれで解りました。つまり、ガンを治す気はあってもそれ以外を治して患者を健康にする気は無いと。医療関係者が薬と治療費をビジネスで稼ぐには、そうなりますか。おかしな法律です」

「法律が変わらないのであれば、医師の治療も変わらない。お前が聞きたいのはそのことか? 私は何も違法なことはしていないぞ」

「そうですね。あなたの行いは全て合法です」


 ――そうだ。私は何も違法なことはしていない。全ては医者の仕事として正当で当然のことだ――


 ほう、と安堵の息を吐く男を見下ろしてアンダーウェアは白い長い髪をかきあげて呟く。

「なにをホッとした顔をしているんです? 合法ならば裁かれないと甘えたことでも考えましたか?」

「は?」

「内法の悪を裁くには、外法の正義。改めて名乗りましょう。私の名前はアンダーウェア。悪と戦う正義の魔法少女です」

「何を、言ってるんだ? お前は?」

「法の内も外も関係無く、この世の正義を守るため、悪夢(ナイトメア)が人の悪意を糧に育ち増えることを防ぐために、私が悪を殺しましょう」

「正義? 悪?」


 アンダーウェアはついっと首を振る。パソコンのモニターに目を向けて。

「このCTの画像、修正してありますね? 腫瘍が見やすく分かりやすくなるように大きく加工しましたか。手術する必要も無い腫瘍を、患者に大きく見せて手術へと誘導しましたか」

「それは、」

「プリクラでも目を大きくしてパッチリ写せる世の中ですし、CTやレントゲンの画像だって簡単に修正できますよね。これで健康な人までガン患者に仕立てあげましたか」

「それは全て院長の指示でやったことだ。それにこの程度のことは、日本中の医者がやってることだ」

「そうでしょうね。そうで無ければ日本だけがガン患者が急増する原因が解りません」

「そんなことは知らん! 私は患者を治すだけだ!」

「ふん? そんな言葉に酔えるというのは、少し羨ましいですね。いえ、己のしたことを省みることもやめたからこそ、そこに罪が在る」

「罪だと? 何が罪だ! 検査でガンを発見して治療をする。医者として当然の仕事だ!」

「では、検査のために、CTやレントゲンの検査で浴びる放射線が原因で細胞がガン化した場合、医師の責任は?」

「そんなことまで面倒見切れるか!」

「私には医者がガン患者を作ってるようにしか見えません」

「医者がいなければ、誰が手術をする? 医者がいなければ誰が病人を治す? 知識も無い素人が思い込みで何を言う!」

「では、試しにこの世から医者を無くしてしまいましょう」

「は?」


「人が病気や怪我で死ぬのは自然なこと。ですが医者の都合で健康な人がガン患者にされてしまうのは、これは許せぬ悪です。たとえその行いが合法であっても、私はこれを悪と断罪します」

「何を言って……」

「法が変わらないと医療も変わらない。もはや法もシステムも確立し上役を殺害したとしても、ただ首がすげ変わるだけで何も変わらない。ですが、幸いにも日本は医師不足です。歯医者以外の医師は数が少ない」

「お前は、何を言ってるんだ?」

「医者を殺して殺して殺して殺して数を減らしていけば、健康保険という制度が維持できない程に、医者の数を減らしていけば、この世に正義を取り戻せるかもしれません」

 アンダーウェアは手に持つメスを掲げるように持ち上げる。

「故に医者は全て悪として殺します」

「やめろ! 私を殺しても何も変わらんぞ!」

「殺すのはあなたひとりだけではありませんから」

「何が、何が悪だ! 私は何も悪いことなどしていない!」

「そう、自覚無き悪意が世に蔓延るので、私が殺さなければならない人も多いのですね」

「そんな身勝手なテロ行為で正義のつもりか? この人殺し!」

「ならばあなたの正義で私の正義を止めてみては? 正義が対立するならば、戦って相手を殺して最後まで立っていた方が正義です。これが解りやすくていいですね」


 アンダーウェアはメスをクルリと回し逆手に握る。

「や、やめろ」

「どうやらあなたの法もあなたの正義も、あなたを助ける力は無いようですね」

「やめてくれ! 助けてくれ!」

「やめません、助けません。罪在り(ギルティ)は滅しましょう」

 円を描くように腕を振り下ろし、メスを男の胸に突き立てる。

「心臓に穴が開けば、人は死にますよね?」

 肋骨の間にズブリと深くメスが刺さる。

「があっ!?」

 男の胸から吹き出る血を浴びないように横に回るアンダーウェア。底の見えない黒い瞳で、ビクンビクンと痙攣する男を静かに見る。

「うあ、あ、きゅ、救急車……」

 白目を剥いて痙攣しながら胸から血を吹き出す男。

 ――なんで、私が、こんな目に――

 外科医の男、竹田光輝はこうして死亡した。医師として特に目立った業績は無いものの、仕事にはマジメだった男は夜中に侵入してきた魔法少女に殺された。

 翌日、この家に戻ってきた妻と娘が、血塗れの部屋の中で、椅子に縛り付けられ胸にメスを刺された彼の死体を発見する。後にこの事件が謎の殺人鬼の最初の犠牲者として報道されることになる。


 男の胸から出る血がその勢いを無くしていくのを、アンダーウェアは見続けていた。

 底の見えない暗い瞳で、全てを観察するように。

「医師としてマジメに仕事をすることが、治療を必要としない人まで病気にして薬漬けにするとは、おかしな時代になったものです」

 やがて男の動きは止まり、言わぬ動かぬ死体となるのを見届けて。

「ふん、初めて人を殺してみましたが、特に何も感じないものですね。殺人などおもしろくも無ければ楽しくも無い。殺害なんてただ悲惨なだけで、そこに高揚も無く悲観も無い。罪悪感も達成感も感じない。ですが――」

 視線をパソコンのモニターに向ける。そこに写るCTの画像。その患者は三日前に死んでいる。

 ガンの手術後、抗がん剤治療で通院と入院を繰り返し、副反応で身体を弱らせて苦しんだ上に肺炎で死亡した。

「正義を行う力を得たのであれば、私は正義を為しましょう。この行いの果てに、人がマトモに生きられる世界があるのならば――」

 目を瞑り祈るように、しばし黙祷するように。

「全ての罪在り(ギルティ)を滅していきましょう」

 深く静かに言葉を吐く。



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