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魔法少女は正義を抱いて静かに殺す  作者: NOMAR
虎の皮、人の名、死んで残るは他には何か――
3/16

2・医療とは人の命を金に代え――


 新築の一軒家がある。時刻は夜中。

 その家の中、書斎でひとりの男が椅子に座っている。正確には座らされている。

「ふが、ふぐ」

 椅子にロープで縛り付けられて、口には捻ったタオルが詰められている。

 目を剥いて恐怖の表情で見つめる先には、黒い下着姿の少女がいる。


 ――なんで、こんなことに?


 自由に動くのは首だけ、手も足もロープに縛られて動かない。口に詰められたタオルのせいで話すこともできない。

 目の前にいる黒い下着姿の白髪の少女は、さっきまで男が使っていたパソコンを操作している。

 ――誰だ? こいつは?

「なるほど、今の病院はこんなやり方でビジネスをしてるわけですね」

 画面に表示されるのは患者のレントゲンやCTの画像。

 明るい部屋の中、パソコンの前に立つ白黒の少女がクルリと振り向き男を見る。

「少し話を聞かせてもらいましょうか」

 白い長い髪をなびかせて、黒いレースの手袋に包まれた手で男の口に詰めたタオルを引き抜く。

「竹田さん、刻沢病院の外科医の竹田光輝さん」

 ――なんで、私の名前を知っている?

 口から抜かれて涎が糸を引く捻れたタオルをポイとゴミ箱に投げ捨てて、白髪の少女は呆れた顔をする。

「とぼけた顔をしてないで、私の質問に正直に答えて下さいね」


「な、なんだ? お前は?」

「私の名前はアンダーウェア、魔法少女です。まだなったばかりで右も左もよくわかりませんが」

「ま、魔法少女? なんだそれは? それがなんで私の家に? これはいったいなんだ?」

「質問したいのは私の方なのですが、ふん、まぁいいでしょう」

 アンダーウェアはパソコンの乗る机の上に座り足を組む。椅子に縛り付けられて身動きとれない腹の出た中年男。それを見下ろす黒いベビードール姿の白い少女。

 端から見れば特殊なプレイを行う変態の組み合わせのようなふたり。


「あなたの職場の病院を調べて、あなたの仕事も調べました。それで、あなたが自宅でパソコンの暗証番号を入力するのを待って、頃合いを見計らってスタンガンを後ろ首に当てました」

 少女は片手に持つ黒い箱状のものを操作する。金属の端子から電流の流れる火花が飛ぶ。男を気絶させたスタンガンを見せつけるアンダーウェア。

「ひ……」

 息を飲んでのけ反る男に構わず説明は続く。

「気を失い動けなくなったあなたを椅子に縛り付けて、こうしてパソコンの中身を見せてもらってるというところです」

「……人の家に侵入して、目的はなんだ? 金か?」

「私の目的は正義です」

「正義?」

「はい、そのためにまずは医者から、と思いまして」


 正義と聞いてポカンとする男を見て首を傾げるアンダーウェア。

「ふん? 私のいとこが言ってました。医者は頭のおかしい金に汚ない奴等ばかりだと」

「はぁ? 何を言っている。医者は人を助けるのが仕事だ。医者が頭がおかしいなんて何を言ってる?」

 アンダーウェアはチラリとパソコンの画面を見て、やれやれと首を振る。

「こんなことをしておいてよく言いますね。私はあなたとあの病院がやってることを知ってるんですよ?」

「わ、私が何をしたと言うんだ!」

「それを聞きたいのです。奥さんと娘さんは実家に帰って今はこの家にあなたがひとり。何の邪魔も無くいろいろと聞けそうですね」

 腹の出た中年の男は顔を青ざめさせる。

 夜中に家に忍び込み男を気絶させた下着姿の少女が、彼の家の事情も彼の仕事も全て把握している事態に身震いする。


 ――なんだ? いったいなんなんだこれは? 


 混乱して目をキョロキョロとさせるが、手も足もロープでしっかりと椅子に縛り付けられてピクリとも動かない。僅かに指先だけが少し動かせるだけ。

「逃げられませんよ、そして、逃がしませんよ」

 白い長い髪の少女は薄く微笑み、

「私が聞きたいのは、あなたがこの患者をどうしたいのか、なのですが」

 少女が手に持つのは病院のカルテ。そこには男が担当している患者の名前がある。男は少女を睨みつけて、

「医者が患者にするのは、治療に決まってる。私は医者として、彼を治療している」

 医者として当然の解答、患者への治療だって何の問題も無い。そんな自信を持って応えた言葉にアンダーウェアは行動で返す。

 机から下りてどこからともなく取り出した外科手術用のメスを男の太ももに振り下ろして、刺した。

「うぎゃあああ!」

「おや? メスで人の身体を切ることはあっても、麻酔無しで自分の身体を切られるのは初めてですか?」

 アンダーウェアは男の太ももに刺したメス、その柄をひと指し指と親指で摘まんで捻る。

「あぁあ! やめろ! やめろぉお!」

「止めて欲しければふざけないでマジメに答えて下さい。本気でこの患者を治療する気があるんですか?」

「あ、あ、ある! 私は医者だ! 治すのが仕事だ!」

「それを本気で口にするなら、あなたは狂気に囚われていますね」


 ――人の足に平気でメスを刺す気違いに狂人扱いされた――


 そんな同語反復のような思いを口にしないように飲み込み、痛みと恐怖に怯えガタガタ震え出す男をアンダーウェアは観察するように見る。

「ふん、では順序立てて聞くとしましょう。あなたはこの患者、手術の後に抗がん剤治療を行ってますね?」

「あ、あぁ。大腸の腫瘍を摘出したのち、抗がん剤を投与した。それが?」

「高齢の患者で抗がん剤の副反応で随分と弱っていますね? 抗がん剤治療で通院、その後退院した翌日に自宅で倒れて救急車で運ばれてますが?」

「血小板が減少して、出血が止まりにくくなっていたんだ。仕方無いだろう」

「仕方無い? では、なぜ副反応の強い抗がん剤治療を行うのですか?」

「ガンの手術の後は、ガン細胞が転移している可能性がある。手術の後は抗がん剤治療をするのが当たり前だ」

「何がどう当たり前なんですか? 私にも解るようにちゃんと説明をして下さい」

 言いながらアンダーウェアはもう1本メスを取り出す。

「口先で誤魔化すようなら、また刺しますよ」


「わ、私は医者として間違ったことはしていないぞ! ガンの手術の後は抗がん剤治療! これが今の日本の医療なんだ!」

「それが医者として間違っては無くとも、人として間違ってるとは考えませんか? 高齢で抗がん剤の副反応に耐えられ無い患者にまで抗がん剤を投与するのは、何故ですか?」

「それは、ガンの転移の可能性があるからだ」

「ふん、転移の可能性? 手術でガンは取り除いたのでは?」

「が、ガンは1度見つかれば他の場所に転移しているかもしれない」

「手術の後の検査で見つかっていないようですが?」

「素人には解らんだろうが、目に見えない小さなガン細胞が血流に乗って体内を移動しているかもしれない。その成長を押さえるためには抗がん剤が必要だ」

「検査で見つからないような小さなガン細胞があるかもしれない? そんな可能性で副反応の強い抗がん剤を、体力の無い高齢者に使用しますか? それではガンでは無く抗がん剤の副反応で弱って死んでしまうのでは?」

「わ、私の仕事はガンの治療だ」


 アンダーウェアは手のひらでメスをクルクルと回す。金属の反射光がキラキラと光る。

「ガンの転移が見つからなくても、抗がん剤を投与するのですか?」

「だから、1度ガンが見つかれば、転移の可能性が、」

「可能性ね。ふん? なんだかガンが転移していないことを証明するには、地球に宇宙人がいないことを証明せよ、というのと同じようですね。不在の証明など不可能でしょうに。結果、ガンの転移が無くても抗がん剤治療をするのでしょう?」

「だから、それは、転移していた場合は」

 男の言葉を遮るようにアンダーウェアの持つメスが男の太ももに突き立つ。

「ごああっ! やめろぉお!」

「やめて欲しければ正直に答えて下さい。あなたはまるでガンの転移で患者が死なないように、抗がん剤の副反応で患者を殺そうとしてるみたいじゃ無いですか?」

「そ、それは……」

「もう1本メスを刺しますか? まだまだありますよ?」

 アンダーウェアの片手には3本ずつのメスが、両手に合計6本握られている。


「や、やめてくれ!」

「だったら本音を言ったらどうです? 病院を調べたので私にも少しは解りますよ。このメスも病院でいただいてきたものですし。さて何本刺しますか?」

「や、やめろぉ!」

「では、語りなさい。抗がん剤を勧めるわけを」

「そ、それは、法律のせいだ! ガンの手術の後に、抗がん剤治療をせずにガンの転移が見つかれば、医者の責任になる!」

「抗がん剤治療の副反応で身体を弱らせて死亡した場合には、治療をしたということで医者の責任にはならない、と?」

「そうだ! だからガンの手術の後は抗がん剤治療をするんだ!」

「転移が見つからなくても?」

「だから! ガンが転移しない可能性はゼロにはならないから!」


 アンダーウェアはカシカシと手で頭を掻く。眉間に眉を寄せて。

「そこがどうにも解らないんですよね。まるでガンの手術をした患者をガン以外の理由で始末しようとしてるみたいじゃないですか?」

「そんなことはない!」

「いえ、あるでしょうに。高齢で抗がん剤に耐えられないと解ってるのに投与してるじゃないですか」

「だから、それは、」

「責任逃れの為には患者が抗がん剤で弱って死ぬ可能性の方は無視ですか? では健康保険適用範囲内の抗がん剤の約半分が、ガンに効果が無い、と解ってるのに使う理由はなんですか?」

「効果はある! しかし、副反応の無い抗がん剤は無いだけで、」

「効果のある抗がん剤は未だに健康保険適用範囲外でしょうに。製薬会社の在庫処分のために、研究者が調べて役に立たないと証明された抗がん剤を、いったいいつまで使い続けるつもりですか?」

「それ、は、」

「効果の無い抗がん剤を使うのが、医者として責任を回避するのに必要なんですね? では、質問を変えましょう」

 アンダーウェアは手に持つメスで男の鼻を押さえる。


「あなたは、自分がガンになったとき、抗がん剤治療をしますか?」



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