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魔法少女は正義を抱いて静かに殺す  作者: NOMAR
虎の皮、人の名、死んで残るは他には何か――
14/16

8・差し伸べる手は誰が為に――


「それならば仕事をやめて生活保護を申請してください。それと、お金のためにこの仕事をしているのであればやめた方がいいです。何か他の仕事を探したほうがいいのではないですか?」


 これが、今の日本の現状か。目の前が暗くなったような気がする。

 冷房の効いた会議室の中。厚生労働省から来た講師はパリッとノリのきいたシャツにネクタイ、綺麗なスーツを着て、ずっと穏やかな調子を崩さない。今の発言でこの部屋の中にいる人が不機嫌になり、舌打ちも聞こえてきたのに、気にもしてない様子だ。

 この男はいったいいくら稼いでいるのだろう? 少なくとも、この部屋に集まった人達――俺も含めて――よりはいい給料なんだろう。


 生活困窮者自立支援制度、その相談支援員が集まる講習会。私はもう、厚生労働省から来た講師の話をまじめに聞く気を無くして、右から左に聞き流す。

 あの男はあの男で仕事をしてるつもりなんだろう。ただ、現状のことを知らないだけで。

 本当に今の仕事を辞めて他の仕事を探そうか。しかし、この歳で他の仕事を探しても何が見つかるというのだろう。

 私はいったい何のために精神保健福祉士の資格を取ったのだろう。

 気がつけば、いつの間にか講習会は終わり、同じ講習を受けていた同業者が俯いて会議室から出ていく。

 私もその流れに乗って歩く。


 真新しいビルの外に出れば日差しが暑い。汗が出る。やたらと冷房の効いた会議室だったから温度差に目眩がしそうだ。中で聞いた話も寒い話だったからなおさらだ。

 時刻を確認しようとスマホを取り出すとスマホが震える。

 着信――私が相談を担当している加藤さんからだ。明日に相談の予定が入っているのに何か予定でも変わったのだろうか?

 道の端、ビルの影になるところで日差しを避けてスマホを耳にあてる。

「もしもし、石田です」

「もしもし、明日、相談を予定している加藤です。今、よろしいですか?」

「はい、大丈夫です。こちらからかけなおしましょうか?」

 加藤さんを電話代で困らせるわけにはいかない。聞いてみると加藤さんは、

「いえ、長く話をするつもりは無いので。あのですね、明日の予定なのですが行けなくなってしまいましたので、相談の日を変更させて欲しいのですが」

「何かありましたか?」

「急なんですが、明日、仕事の面接が入りましたので」

「そうですか!」

 思わず声が大きくなる。目の前の道を歩くおばさんがビックリして振り向く。私は慌てて空いてる左手を口許にあてて、

「そういうことでしたら、改めて相談の日程を決めましょう。仕事、決まるといいですね」

「派遣ですが、また、落とされるかも知れませんね」

「加藤さん、初めから後ろ向きじゃ良くないですよ。これまではちょっとついてないだけだったんですから。胸を張っていきましょう」

「はい、これで仕事が決まれば少しはマシになるかと。石田さんには本当にいろいろ親切にしていただいて、感謝しています」

「いえいえ、では明日の面接、頑張って下さい」

「はい、結果が出たら石田さんにご報告しますので」

「よろしくお願いします。加藤さん、笑顔ですよ」

「はは、苦手ですね。では失礼します」


 スマホを切りしばらく画面を眺める。加藤さんの担当になって3ヶ月ぐらいだろうか。加藤さんは勤め先の会社が倒産し、直後に心不全で入院、手術。この治療費のために貯金は無くなり、次の仕事もなかなか見つからなかった。

 何より健康に自信があったのか、手術のための入院でゲッソリと痩せてから、鬱のようになっていたという。昔の写真を見せてもらったが、別人のように痩せていた。

 その加藤さんが前向きになり、仕事の面接。是非とも採用されて欲しい。

 スマホをポケットにしまい空を見る。

 青く晴れて雲も無い。暑い日差しがアスファルトを焼いている。

 私は加藤さんの役に立てたのだろうか。

 社交辞令でも加藤さんに『感謝しています』と言われたことが、嬉しかった。


「すいません、少しよろしいですか?」

 私が感慨に浸っているところに話しかけてくる人がいた。

 声のした方を向いて、息が止まった。

 私を見る黒い瞳に吸い込まれそうに感じた。

 背の低い女の子。だけど外人なのだろうか? 白く長い髪を首の後ろで結びキャップを被っている。

 上は青いデニムのジージャンに黒のタンクトップ?。下は灰色のズボン。

 何より漂白されたように真っ白な肌は日本人では無いだろう。私に外国人の女の子の知り合いはいない。他の人に声をかけたのかと辺りを見回すと。

「いえ、あなたに話しかけてますよ。少しよろしいですか?」

 黒い手袋を着けたてのひらで私を示す。

「え、あの、私?」

「はい、そうです」

 その真っ白な女の子は口許でニコリと笑った。


「私も先程の講習会、後ろで見てたんですよ」

「え?」

 こんな目立つ子供がいたっけ? いたらすぐに解りそうなものだけど。

「遅れてきて途中からしか講習を見学できなかったものでして、お時間があれば少しお話を聞きたいのですが」

「あ、そうなの?」

 子供があんな講習会に? 夏休みの自由研究とか? それとも、

「お父さんかお母さんがあの講習会に?」

 私の言葉に女の子は少しムッとした顔をする。

「子供だと思われてますか? これでも成人なのですが?」

「え? あの、そうなんですか?」

 背も低いから子供扱いしてた口調を慌てて大人用に戻す。え? これで成人? 中学生ぐらいに見える。人形のような真っ白な少女。もしかしてアルビノなのだろうか?

 ジロジロ見てしまうとその人は視線を外して俯いてしまう。少し悲しげに、

「実はホルモン異常の奇病で、成長が止まりまして。珍しく見えてしまうのですが」

 私はなんて失礼なことを、反射的に頭を下げる。

「すみません! そんな事情だったとは知らずたいへん失礼なことを……」

「いえいえ、お気になさらず。それで、お時間あればどこかでお昼でもご一緒にどうです? 私はニホンの労働と貧困について知りたいのです」

「ジャーナリスト、ですか?」

「その卵、というか見習いのようなものです。ニホンの夏は蒸し暑いですね。どこか涼しいお店に入りましょう」

 そう言って私の返事も聞かずに歩き出す。後ろから見ると白い長い髪は、首の後ろで黒いリボンでとめて膝の裏まで伸びている。

 肩からは青いスポーツバッグをかけている。

 昔に見た球体間接人形を思い出した。


 連れられて入ったのはハンバーグ専門店。この人の後に付いていったら、私が入りそうに無い店に入ってしまった。食費を切り詰めているので外食はしないのだが、断るタイミングを見失ったままテーブルを挟んで、白い彼女の前に座ってしまった。

 ランチメニューなら少しは安いだろうか? メニューを見ながら考えていると。

「ここは私に払わせて下さい。その代わりにいろいろお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」

「あ、はい」

 顔に出てしまったのだろうか、どうにも調子が狂う。いきなりこんな美少女とランチというのは。

 二人でメニューを注文して店員が去ったあと、彼女が話し出す。

「私の名前はアンダーといいます。取材というか、本格的にいろいろ調べるための前準備というところなので、気楽にしてください」

「日本語、お上手ですね」

「頑張って勉強しました。ですが、残念です」

「何がですか?」

 アンダーさんは首を振って、やれやれ、という感じで、

「ニホンの方は日本語の上手い外国人を警戒します。胡散臭く見えますか? 逆に日本語の下手な外国人がしどろもどろに日本語で話す方が好感を持たれるようで」

「あー、そういうところ、あるかもしれませんね」

「私もわざと日本語を下手に話した方が、インタビューするにはいいかもしれないですね」

 イタズラっぽくクスリと笑う。確かに日本語を流暢に話す外国人って、何者だろうと思ってしまう。

「あと、納豆を美味しいと食べる外国人も、日本人は警戒しますね? ナンデデスカー?」

「いや、それは、私にも」

 これが向こうのジョークなんだろうか? ちょっと楽しくなってきた。

「アンダーさんはどちらから来られたので?」

「アルゼリーアです。ご存知ですか?」

「いや、解んないです」

「日本では有名では無いですね」

 注文したランチメニューを食べながら、しばらくは自己紹介を兼ねたお喋りをする。

 アンダーさんには申し訳無いが、なんだか勝手にデートのような気分を味わっている。こんな機会でも無ければ美少女と外食なんて、私の人生には無い。

 少し緊張しながらも楽しい食事。久しぶりの外食。お金に余裕があるときは生活相談の相手を家に呼び、私の作った料理で一緒に食事をすることもあるが。

 一通り食べ終えて食後のコーヒーに口をつけると、アンダーさんが姿勢を正す。


「石田さんは生活相談支援員としてお勤めになられているのですね。それで今日の講習会に来たと」

「そうです。あの会議室にいたのも同業者がほとんどでしょうね」

「相談支援員というのを私も調べてみましたが、かいつまんで言うとどのようなお仕事でしょう?」

「そうですね。生活保護に頼らぬように暮らせるよう、就労支援や学習支援、家計相談など、貧困にかかわる問題を解決するために相談する仕事です」

「相談と一口に言っても、行政の制度や法律、家賃の問題であれば不動産関連、鬱病などの精神疾患であればカウンセリング等、身体の障害であれば医療関連、外国人であれば入国管理法など、多岐に渡る専門的な知識が必要なのではないですか?」

「うーん、専門的な知識よりも経験でしょうか。なにか役に立つ制度が無いかと、相談者と一緒に探すような仕事ですね」

「相談者は石田さんのような相談員と共に、貧困を抜け出す方策を探す、ということですか」

「私たちはそのお手伝いをするだけです」

 アンダーさんはコーヒーを一口飲むと笑みを消して眉をしかめる。

「では、失礼を承知でお訊きしますが」

 真っ暗な目が私を見る。光を反射しない黒目は深い穴のようだ。


「なぜ、貧困を相談する相手の相談支援員の石田さんが、貧しくて苦しい生活をしているのですか?」



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