過去6・負傷と治癒とリハビリと触手
再び松林の中の壊れたバンの中。
時刻は夜。
後部座席を倒して魔法少女アンダーウェアは横になっている。未だ変身は解かずに白髪の下着姿のまま。
「アンダーウェア、身体の方はどう?」
頭の横にちょこんと座った熊のぬいぐるみ、マフーが訊ねる。
アンダーウェアは顔をしかめ、右手で胸を触り、次に左手を見て指先を動かす。
「痛みは治まってきました。でも左手はまだ痺れてます。骨が折れたかと思いましたが肘の脱臼のようですね。今は嵌まっています。肋骨の方の骨折はもう繋がったようですね。魔法少女の治癒力は凄いですね」
初めての対悪夢戦。黒い大きなヒトデのような悪夢に手も足も出ず、なんとか逃げてきたアンダーウェアとマフー。
駅の近くの商店街を魔法隠蔽で姿を隠し、黒いヒトデの追跡を振り切ってからこの松林まで戻ってきた。
駅前にいる人達の誰が次の悪夢の犠牲となるか、それも解らないまま。
アンダーウェアは右手で目を覆いため息を吐く。
「はぁ、退治どころか何一つできませんでした。マフーさん、私はとうやら役立たずのようです」
「いや、その、決めつけるのはまだ早いまふ。アンダーウェアは特殊なタイプだけど、何ができるのかこれから探っていくまふ。そのためにもあの悪夢、黒いヒトデ相手に起きたことを思い返してみるまふ」
「反省会ですか。私も魔法少女になって、力も強くなって魔法もあるからと、浮かれてましたか。調子に乗って突っ込んで、何もできずに殴られて蹴られて走って逃げただけの無様な負け方ですね」
「おいらも魔法隠蔽を過信してたまふ。おいらの思い違いで危ない目に逢わせてケガさせてゴメンナサイ……」
「ふん? なぜマフーさんが謝るのですか? マフーさんは様子を見るだけと言ってたのに、勝てそうだと判断して突っ込んだのは私です。しかし、魔法隠蔽、あいつには効かないみたいですね」
「それで、あのときなんだけど、あの悪夢が振り向いたあと、アンダーウェアの悲鳴が聞こえて、アンダーウェアの姿が現れて見えたのだけど」
「あのヒトデに背後から忍び寄ったところ、振り向きざまの裏拳?でふっ飛ばされて、ブロック壁に叩きつけられたんですよ。おそらくはそこで魔法隠蔽が解けたのかと」
「魔法隠蔽、姿を隠すなんていう魔法はおいらもよく解らないまふ。ただ……」
マフーは短い腕を組んで考える。
「魔法隠蔽はあいつだけじゃ無くて、悪夢全般に効果無いのかも……」
「そうなると私は本当に役立たずですね。武器というのもピンチになったら魔法収納から出てくるかと、期待してたのですが」
「あ、それでさっきからたまにパンツに手を入れてるの?」
「そうですよ? なんですか? 私がオナニーして気を紛らわしているとでも?」
「いやその、初めての悪夢戦で、チビッてしまって、濡れたパンツが気持ち悪いのかなーと」
「チビッてませんよ。チビッてませんからね。匂い嗅いで確認してみては? 私は漏らしてませんから」
アンダーウェアは右手をマフーの顔にペタリとつける。
「あの……、アンダーウェア、パンツに入れた手をおいらの顔にくっつけるのは……」
「好きなだけ、くんかくんかしてください。なぜか私のパンツの中が魔法収納に繋がってるのだから、仕方無いでしょう」
「魔法収納は似たような空間収納を使う魔法少女もいたけど、パンツというのは……」
「なんでもしまえる四次元パンツですね。ですがそこに私の武器が隠されてるということも無く、中はカラッポです。かなり広くて奥の方まで把握できないのですが、今のところ私が入れたナイフと包丁、万引きした食料の残りしか入ってません」
「魔法隠蔽、魔法接続、魔法収納、アンダーウェアは多才な魔法少女まふ」
「ですがどれも悪夢相手に役に立ちませんね……」
マフーは小さな手でアンダーウェアの手を掴んで、よいしょと顔から離す。
「それと、悪夢戦で解ったんだけど、アンダーウェアの魔法少女としての強さ、肉体の強化率は低めまふ」
「そうなんですか? 速く走れるしケガの治りも速いようですけど?」
「まず、あの悪夢は成体になったばかりで、悪夢の中では弱い方まふ」
「あら? あれで弱い方?」
「その悪夢に力負けして、骨折してるまふ。力に耐久力が低いまふ」
「……なにひとついいとこがありませんね、私。ふん」
「その代わりに変身時間が異常に長いまふ。短期決戦タイプだと変身時間が10分とか20分とか」
「そうですか、ケガが治るまで変身したままいようとしてるだけなのですが、既に4時間は過ぎてますよ。まだまだ限界は感じません」
「長時間活動可能で、情報収集の索敵型なのかな? 身を隠す悪夢を探して見つけたりできるようになるかも」
「見つけても倒すことができないじゃないですか」
アンダーウェアはゴロリと寝返りをうつ。夜の松林の中、壊れたバンの中は暗い。外からは虫の声が聞こえてくる。
マフーはアンダーウェアの頭をヨシヨシと撫でる。
「おいらからの提案としては、魔法少女の肉体を使いこなせるように訓練しつつ、共闘できる魔法少女を探すことまふ」
「魔法少女って、いったい何人いるんですか?」
「鏡の欠片は32、だけど全てが使い手のところにあるわけでも無いので、今、活動中がどれだけいるかは解らないまふ」
「マフーさんも探してたわけですからね。やはり都市部に多いのですか?」
「そのとおりまふ。なんで解ったまふ?」
「悪夢が人をエサにするのなら、人の多いところに魔法少女もいるのだろうと考えました。なんでマフーさんがこんな田舎にいるのかが解りませんが」
「おいらの持つ指輪の鏡に合う候補を探して彷徨いてたまふ。けっこう長々とさ迷ってたまふー」
「そのわりにはマフーさんは身綺麗ですね」
「夜中に公園の噴水で身体を洗ったりしてたまふ」
「……けっこう苦労してるんですね、マフーさん」
アンダーウェアは横になったままマフーの頭をヨシヨシと撫でる。
「気づかってくれるまふ? それならパンツの中に入れてモゾモゾした手で頭を撫でるのはちょっと……」
「マフーさんは何気にツッコミが辛辣ですね。ここには水道も無いから手も洗えないのに」
「おいらの身体をお手拭きに使うのはやめてほしいまふー」
アンダーウェアは仰向けに寝転がり、またパンツの中に手を入れる。黒いパンツの中から缶コーヒーをふたつ取り出して、
「はい、マフーさんは微糖でいいですか?」
「ありがとまふ。無糖のは無いまふ?」
「砂糖が入ってないとカロリーがとれないでしょう?」
缶のプルトップを開けてコーヒーを飲む。
「戦える魔法少女探しに魔法少女の身体習熟訓練ですか。あぁ、そのことなんですが、マフーさん、ちょっと見て下さい」
「なにを?」
「んー、と、ぬ、ぬぬぬぬぬぬ」
アンダーウェアは目をつむり集中する。暗いバンの中、月明かりで輪郭しか見えないような車内の中でアンダーウェアの長い白い髪がザワリと揺れる。驚くマフー。
「え?」
「この髪の毛、やたら長くて邪魔だと思ってましたが、どうやら動かせるみたいなんですよ。んぬぬぬぬぬ」
「なんか、ザワザワ揺れて不気味なんだけど……」
「あの目玉ヒトデに蹴られるときに、反射的にこの髪の毛でガードできたので肋骨の骨折で済んだのですよ。これが無かったら死んでたかもしれませんね」
「あのときそんなことしてたの? この髪の毛、アンダーウェアの自由に動かせるの?」
「んー、それがですね。いきなり新しい3本目の腕をくっつけられたみたいで、んぬぬぬ、動くは動くのですが、自由自在に使うには相当リハビリしないとダメですね、コレ。感覚が掴めません」
ザワザワと蠢く髪の毛がマフーの身体に触れる。
「練習して使えるようになれば、この髪の毛で相手に巻き付けたり、束にして目を刺したりとかできますか? もしかして、この髪の毛が私の武器ですか?」
「武器としての力は感じないまふ……、あ、ちょっと待って、んと、まるで無いわけでもないみたい」
「どっちなんですか?」
「なんというか、武器というには力が弱すぎるまふ。魔法少女の武器ってもっと解りやすくパワーがあるまふ。光ったり大きくなったりビームが出たり」
「デタラメですね。光る震える音が出るなんて、子供の玩具か大人の玩具みたいですね。この髪の毛は武器にはなりませんか?」
「まだ解らないまふ。特訓して使いこなせるようになれば、その力を引き出せるかも。そうしたらカッコいいかも、忍法髪切丸まふ」
「?なんですか? ニンポーカミキリマルって?」
「おぅ、ジェネレーションギャップ……」
アンダーウェアは拳を握り、ふぬ、とか、ぐぬぬ、とか呻きながら髪の毛を揺らめかせる。
「まずはニンポーカミキリマル目指して髪の毛を動かす特訓ですか」
「あの、それ忘れてくれていいから……」
「魔法接続でググってみました、天草四郎の忍術なのですね、忍法カミキリマル。ふん、これはなかなか難しいですね、でも使いこなせばいろいろ応用できそうですね」
「魔法隠蔽で身を隠して、髪というか、糸使い? ますます暗殺者っぽくなってきたまふ」
「闇に隠れて髪の毛で首を絞めて殺す、なかなか良いではないですか。こういうのを中2病とか言いますか?」
「それだとホラーまふ。怖くしてどうするまふ」
「しかしまさか私が髪の毛を触手のように使うようになるとは、魔法少女スゴいですね」
「あの、普通の魔法少女には触手は生えないんだけど……」
暗い夜のバンの中でアンダーウェアは髪の毛を動かす練習をする。髪の毛の束が影絵のようにうねり踊る。
「……闇夜に蠢く長い髪の毛……宇宙的恐怖を感じる光景まふー」
「んぐ、ぬー、これ、難しいですね。あ? あいたたたた? 背中が、背中がつりました! いたたたたた!」




