6・経済は常に犠牲を求め――
「次はあなたです。証券会社にお務めの高碕さん」
「わ、わた、私ですか?」
紺色のスーツの男は顔に汗を浮かべてアンダーウェアを見る。アンダーウェアは口元だけは笑みを浮かべて話を続ける。
「えぇ、高碕さん。あなたは自分の仕事をどう思いますか?」
「どうと、言われても。わ、私は顧客の利益を第一に考えて、信頼のある商品をご紹介させていただいております」
「ふん? 80歳過ぎたボケたお年寄りにろくに説明も無く利益の回収も見込めないものを売り付けて? 顧客の利益?」
「ちゃんと説明はしてますし、家族の方の了承も……」
「独り暮らしで家族のいない老人をターゲットにしているでは無いですか」
「で、ですが、私も、会社も何も違法なことはしてません」
「内部告発以外で実態が表に出ないものは、なかなか違法とはなりませんね。高齢化で情弱ビジネスは利益が出ますか」
「そ、そんなこと言われても! こっちにはノルマがあるんだ! 仕事の苦労も知らないくせに!」
「年寄りを騙すノルマですか。ふん、オレオレ詐欺と変わりませんね。なぜ証券会社は詐欺同然なのに堂々とテレビCMなどしているのか。もっとコソコソとしてた方がバレたときに被害も少ないのでは?」
「証券は詐欺じゃ無い!」
「ほぉ? 私には合法の詐欺にしか見えませんが? 利益の出ないと解ってるものをキチンと説明したら、買う人なんてひとりもいないでしょうに」
「……それでも会社のノルマなら、売らないといけないんだ」
アンダーウェアは小首を傾げる。
「訳が解らないですね。証券会社などこの世から消えた方が世のため人のためですね」
「しょ、証券会社が経済を支えているんだぞ? 無くなったら困るのはこの国の人達だ!」
「年寄りを騙す組織が無くなって、なぜ困る人が出るというのか」
紺スーツの男、高碕はゼイゼイと喘ぎながら。
「証券が売れなければ倒産する会社が出る。例え人気が無くとも、利が無くとも、それが売れないと倒れる企業が出るんだ。日本の製造業はこれで成り立っている。証券会社が無くなれば次々と潰れる会社が出るぞ! そうなれば社会は破綻する!」
「そんな会社を証券会社が守っていると?」
「そうだ! 日本の製造業をさ、支えているのが証券会社だ!」
「ふん、潰れそうな会社を守るために年寄りを騙して金を集めて、その金で日本の製造業は辛うじて成立していると? 年寄りを騙して金を回収しなければ、日本の経済は破綻すると? 言ってることがオレオレ詐欺の石動さんと同じですね」
「オレオレ詐欺なんかと一緒にするな!」
アンダーウェアが石動を見ると、石動は鼻で笑う。
「ははっ、俺は違法でもそっちは合法か。やってる中身はおんなじなのにな」
「違う! お前のような詐欺師と同じにするな! 私は何も違法なことはやってない!」
「は? 年寄りを騙してるのは同じだろがよ。ちゃんと調べて出るとこ出たら違法だろがよ」
「私の会社はなにも違法なことはしていない!」
縛られて身動きのとれないまま、首を振って唾をとばす紺スーツの高碕、バカにするように笑いながら言い返すジャケット姿の石動。二人の言い合いを聞きながらアンダーウェアは呟く。
「まぁ、確かに? スピード違反も飲酒運転も万引きも、見つかるまでは違法にはなりませんか? なので正確には、まだ違法じゃ無い、というところですか?」
「私は何も悪いことはしていない!」
「言いますね。自分の仕事に誇りを持つというのは良いことなのでしょうか。ではお二人とも静かにしてください。次は会計事務所にお務めの長谷部さん」
「……は、い……」
赤いスーツの女は小さな声で返事をする。
「まずは、会計事務所はどんな仕事をするところか、教えてくれませんか?」
「か、会計事務所は、その、企業や個人の代理として、経理や税務申告を代行するのが仕事です」
「本当に?」
「本当です。嘘ついてません」
アンダーウェアは白い長い髪を指ですきながら、
「それではお訊ねしますが、あなたが務める会計事務所が不動産会社と組み、ある家族から土地と屋敷を奪ったのも会計事務所の仕事ですか?」
「奪ったりなんて、してません」
「ふん? では、どういうことなんでしょうね。年老いてボケてきた母親と、その息子と娘の兄妹が住んでいた屋敷が売りに出されているのですが? この件にあなたが務める会計事務所が関わっているのですが?」
赤いスーツの女は顔を青くして口をつぐむ。
アンダーウェアは女の目を覗くように。
「兄の方が若くして肺ガンで亡くなったあと、ボケてきた母親と知能障害のある娘の二人で暮らしていたのですが、突然、屋敷と土地を手放しました」
「お、大きな屋敷と広い土地で、ふ、二人で管理するのが難しいから、手放したのでしょう」
「手放すにしては、値段の付け方がおかしくないですか?」
「書類の上では、な、何も問題はありません」
「ええ、書類の上では合法の取り引きです。ですが、」
アンダーウェアはジロリと女の目を見る。
「あなたたちは知能障害のある娘さんを口先で騙し、用意した書類に判子を押させましたね。ポンポンポンと」
「い、いいえ、ちゃんと説明して、納得のうえでのことです」
「その娘さんと少し話をしてきましたが、『全部おにいちゃんに任せてたから、あたしには、家とか土地とか、ぜんぜん解らない』と言ってましたよ」
「そんなことは……」
「不動産会社とつるみ、ボケた母親と知能障害のある娘を騙して、屋敷と土地を取り上げるのが会計事務所の仕事ですか? 屋敷は競売にかけられてますが、あなた方が買い取った値段の付け方はどうなんです?」
「この取り引きに何も違法なところはありません! 言いがかりはやめて下さい!」
「ええ、そうですね。書類は全て問題無くキレイに出来上がり、そこに何ひとつ違法なところはありません。それで?」
「え?」
「罪を犯すと書いて犯罪。違法で無くとも、合法であっても、これは犯罪だと思いませんか?」
「そんな、違法で無ければ犯罪では無いでしょ?」
「なるほど、そう考えますか。強奪しても合法ならば罪では無いと。ふん、まるで昔の戦場ですね。略奪も強姦も国が認めた報酬という」
「そんなものと一緒にしないで!」
アンダーウェアは腕を組み天井を見上げる。
「時代が変化しても人の本質は簡単には変わりませんか。しかし、これではまるで法律が誰かを騙して奪う者を守っているようですね。法の内ならば何をしても罪では無いと。法により守られる状況が悪意を育てる温床となってますね」
「な、何を言ってるんだ? 法律が犯罪を裁くんだ。日本の警察は優秀だ。こんな誘拐なんてすぐに見つかるぞ」
紺スーツの男、高碕が恐る恐る口を挟む。赤いスーツの女、長谷部も後を続けて、
「そうよ。あなたはこんなことをして家族を悲しませるの? 誘拐は犯罪なのよ。あなたまだ子供じゃない、その歳で犯罪者になってはいけないわ」
「そうだ、今すぐ私達を解放してくれ」
口々にアンダーウェアに語る高碕と長谷部。それをジャケット姿の青年、石動が呆れたように見る。
「アホかお前ら。誘拐してこんな話をする奴の目的が何か解ってんのか?」
石動の言葉にそれまで薄く笑って見ていたアンダーウェアが興味を引かれたように石動を見る。
「石動さんは落ち着いてますね」
「聞いてもいいか?」
「とうぞ」
「これは復讐か? あんたの家族か知り合いに詐欺の被害にあった奴がいるのか?」
「いませんね。ですから復讐では無いですか」
「じゃあ何のために俺を誘拐した?」
「これ全て正義のために」
アンダーウェアは改めて3人を順に見る。
「誘拐だけでは無く、私はあなた方3人、殺すつもりでここに連れて来ました」
絶句する3人を見ながらアンダーウェアは続ける。
「法により守られてることに慢心してるようなので、その法が、あなた方の信じる正義が、あなた方を助けに来るか、お喋りしながら待ってみました。ですが、誰も来ないようですね。あなた方からは聞きたいことも聞けましたし」
アンダーウェアは天井からコードに吊るされた黄色いリモコンに手を伸ばす。その手がリモコンのスイッチを押せば、天井からはゴウンと重い音がする。
クレーンが動き、3人の首にかけられたロープが首を絞めながら、ゆっくりと上に上がる。
「いやあああ!」
「やめろおおお!」
叫ぶ高碕と長谷部。石動は無言のままもがいて椅子から立ち上がる。後ろ手に縛られたまま椅子の上に立ち上がる。それを見て高碕と長谷部も喚きながらなんとか椅子の上に立つ。
僅かに首を絞めるロープに余裕ができてもクレーンはゴンゴンと音を立てて上に上がる。このまま首吊りになるかというときに高碕が叫ぶ。
「悪かった! 許してくれ! 私が悪かった! もう仕事は辞める! 辞表を出す! 2度と年寄りに証券を売らない! だから助けてくれ!」
ゴウンとクレーンが止まる。アンダーウェアは黄色いリモコンから手を離して立ち上がる。椅子の上に背伸びするように立つ高碕の前まで歩いて、笑みの消えた顔で高碕を見上げる。
「何を言ってるんです? 高碕さん?」
底の見えない黒い瞳が高碕の目を射抜く。