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カーバンクル・カース  作者: 笹谷周平
第一章 サンドレア王国
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第六話 黒き雷光団 -後編-



 呪いの指輪があるはずのミサヨの右手薬指。

 そこには指輪がはまっていたが、白いパールは付いていなかった。


(呪いの指輪を外せた――? いや、白いパールだけを指輪から外したのか)


 ミサヨが着る低レベル装備を見れば、彼女のレベル制限が解除されたわけではないとわかる。

 スペードに似た模様が浮かぶ白いパールは、ベッケル本人が言っていたとおり、仲間を見分ける目印にすぎないのだろう。


 それを外したということは、彼女がベッケルの指示に従う気がないことを意味している。


 サシェにも、わかっていた。

 ベッケルの指示に従うメリットは何もない。


 ただ一か月だけ従うフリをしていれば、その間はリタ家の税金が免除されるはずだ。

 ――ベッケルが約束を守ればの話ではあるが。


 とりあえず従うフリをして、様子を見るしかない。

 そのためのジュナ大公国行きであり、ミサヨという冒険者もそうなのだろうとサシェは思った。




 ミサヨの左手には、ダークグリーンのパールが付いた別の指輪がはめられていた。

 それを見たサシェは、彼女が白いパールを外した本当の理由に思い至った。


 リンクスパールは、二個以上を同時に使用できない。

 二個のパールが干渉しあい、ノイズが酷くなるからだ。


(そうか、ダークグリーンのパールを付けたこのパーティが――)


 ドラゴーニュ城の地下で、ベッケルが読み上げたミサヨの肩書きを思い出す。



 ――冒険者にして黒き雷光団(ブラックライトニング)のリーダー、ミサヨ。



 彼らこそが黒き雷光団(ブラックライトニング)のメンバーなのだろう。

 そう理解するサシェだったが、ミサヨの髪と行動については謎のままだった。




 サシェがふと足元に視線を落とすと、そこに大きな影ができていた。

 すぐそばまで巨漢の白魔道士が来ていたことに気づく。


 彼は小さな袋からダークグリーンのパールをひとつ取り出すと、太い親指と人差し指の間に挟み、サシェに差し出した。

 ガドカ族の手が大きすぎて、パールが米粒のように見える。


「持っていてくれ」


 サシェが手のひらに受け取ると、白魔道士はそれ以上何も言わずに仲間の元に去って行った。


「アーッ、ザヤグッ。何、渡してンだよッ?」


 若いヒューマン族の戦士が指をさして、怒ったように叫んだ。


「みんながどう思ったか知らねェが、俺はソイツが好きじゃねェッ」


 猫耳の女シーフが、面白そうに笑う。


「ごめんなぁ、兄ちゃん。最近ウチら、アンタの話題で盛り上がってん。でもアンタ全然外出て来ーへんから、みんな今日アンタ見れるて、楽しみに――ムガッ?」


 小柄な女モンクが、女シーフの口を塞いでいた。


「ホントに、ごめんなさいっ。気にしないでくださいね」


 サシェは、ただ、あっけにとられていた。




 そのとき、天井から突然、雷が落ちるような大きな音が響いた。

 客室内の時間が一瞬止まったように、その場の全員が天井を見上げる。


「……あの箱だ。厚い板が、裂ける音だ」


 戦士がボソリとつぶやいた。





  ***





 客室を出ると正面に、甲板へ出るための階段がある。

 最初にそこに向かったのは口の悪い戦士だった。


 このような未知の状況の中で、真っ先に飛び出すべきジョブがある。

 それは盾(ジョブ)と呼ばれるナイトだ。


 防御力と回復力に特化したそのジョブは、複数の冒険者が協力して強大な敵を倒すとき、そのパーティの盾となり、敵の攻撃を一手に引き受ける。


 ベイルローシュは騎士ナイトであり、王国式の訓練を受けているはずだ。

 だが、サンドレア王国における王立騎士団分団長といえど、その技量を冒険者レベルで表せば40を超える程度にすぎない。

 黒き雷光団(ブラックライトニング)メンバーのレベルは極めて高く、70前後だろうというのがサシェの見立てだ。


 それでもベイルローシュは、すぐに階段に向かった。

 ただそれ以上に、戦士の反応が速かったのだ。


 戦士は、パーティの盾役を支援できる比較的防御力の高いジョブである。

 高レベル戦士である彼は、この飛空艇の中で最も頑丈だといえるだろう。


 だから、その彼が自分の立場を正しく認識し、未知の状況に真っ先に飛び出したことを、サシェは高く評価した。


 そしてミサヨが率いる黒き雷光団(ブラックライトニング)が、冒険者レベルが高いだけでなく、それに見合った高い意識の持ち主の集まりなのだろうと直感した。


 本来、防御力が極端に低い黒魔道士のサシェは、最後に部屋を出るべきだったのかもしれない。

 しかもレベル15制限を受けているのだから、ジョブが何かという以前の問題である。


 ただ彼は、このときこそが役人たちの目を盗み、ベイルローシュと会話をするチャンスだと思ったのだ。

 二人の役人は客室にうずくまって震えている。




 サシェは階段を駆け上がりながら、ベイルローシュに話しかけた。


「箱の中身は何ですか?」

「高級料理百人前だと聞いています――が、私もあやしいと思っていました」


 贈り主は国王とのことだが、国務代行代理となったベッケルの画策に間違いない。

 世界統一を目論もくろむ彼が、世界の中心国家ともいえる優れた技術力を持つジュナ大公国の大公へ贈るのだ。ただの贈り物であるはずがなかった。


 ベッケルは、カムリナート大公の暗殺をサシェに命じた男である。




 扉のない出口から、階段に雨が降り込んできていた。

 役人二人を除いた客の全員が、水に足を滑らせながら一気に駆け上がる。


「なンだ、アレはッ?」


 叫ぶ戦士の視線の先に、それは居た。

 二十メートル先が見えない強い風と雨の中、とっくに離水と上昇を済ませ、水平飛行に移っていた飛空艇の広い甲板に。


 二階建ての家ほどもある巨大な貝殻。

 妖しくうごめく軟体質の長い二本の触手。

 巨大なヤドカリのような魔物は、一目でアラグナイト族だとわかった。


 ただ、その大きさが尋常ではない。

 通常のアラグナイトなら、ガドカ族より少し大きいくらいのはずだ。




 同じ種類の魔物の中でも格段に強く成長し、特殊能力を身に着けることさえある特別な個体が稀に存在する。

 そんなどこかの秘境でヌシと呼ばれるような、悪名高い魔物をノートリアス・モンスターと呼ぶ。


 ノートリアス・モンスターに違いなかった。その強さは、計り知れない。

 その背後には、内側から破壊されたと思われる巨大な木箱の残骸が散らばっていた。




 冒険者たちの後方に上り階段があり、その上のプロペラ台で船員のひとりが震えていた。

 あたり前だ。

 海を行く機船航路なら魔物も海賊さえも出るが、ここは世界で最も安全な飛空艇航路なのだから。

 魔物を見るのが初めてだとしても、不思議はなかった。




「うは~、燃えてきた~っ」


 目を爛々と輝かせているのは、小柄な女モンクだった。

 両腕をぐるぐると回した後、指をぱきぱきと鳴らしている。


「まさか飛空艇で魔物に出くわすなんてっ。最高の話のネタになるんじゃない?」

「ウチは見学しとくわ。早よ済ませてや」

「チッ、いい気なもンだぜッ」


 戦士は女シーフに舌打ちすると、いきなり巨大アラグナイトを挑発した。

 そのまま走りこんで構えたのは、迫力満点の両手斧だ。


 それが開戦の合図だった。


 同時に飛び込んだモンクが放った右フックは空気を突き破り、音がうなった。

 魔物の軟体質の身体に円形の波紋を波打たせ、その中心にこぶしが深く突き刺さる。


 ほとんど同時に二つ目の波紋が広がるときには、右手は引き抜かれ、左手がめり込んでいた。

 魔物の筋肉がぶちぶちと千切れる音が、後部プロペラ台まで聞こえてくる。

 拳圧で吹き飛んだ雨のしぶきが、霧のように白く舞う。


 ガキーン……


 甲高い音が甲板に響いた。


「ぃ痛―――ッ」

「何やってるの、ジーク。アラグナイトの殻なんて斬ろうとしても、無駄だって知ってるでしょ?」


 腕がしびれて両手斧を離しそうな戦士を、女モンクがたしなめた。


「うっせーなッ、試してみただけだ。ザコのアラグナイトなら割れたンだよ。さすが、ノートリアス・モンスターだぜッ」

「へ~、ジークってば、そんなに腕を上げていたんだ?」


 軽い会話の間にも、アラグナイトの大きな触手による攻撃は激しかった。

 それは避けきれるものではなく、一撃のダメージも軽くはなかったが、問題にならない。

 白魔道士が、回復魔法〈治癒キュア〉をモンクと戦士に飛ばし続けているからだ。


「す、すごい……」


 ベイルローシュが感嘆の声を上げた。


「これまでにも何度か冒険者の戦闘を見たことがありますが、ここまで強い連中は初めてです」


 戦士が軽々と振り回した両手斧の軌跡をなぞるように、体液のシャワーが魔物から噴き出している。




 サシェはベイルローシュには答えず、腰が抜けたまま戦闘シーンに釘付けになっている船員のところへ行き、その肩を揺すった。


「な、なんだよ、小僧?」


 不意を突かれた船員は緊張で目を踊らせながら、なんとかサシェを認識する。


 低レベル装備の冒険者――サシェは、ノートリアス・モンスターに近づくことさえできない初心者に見えた。


「どうして今日は雲の下を飛んでいるんですか? いつもなら雲の上を飛ぶはずでしょう?」


 サシェの銀色の髪からは雨水がしたたり、眼鏡のレンズごしの景色は流れる水でにじんでいる。


「それは、あの箱の――いや、あのでっけえ魔物のせいさ」


 やはり――と、サシェは思った。


「あの重量のせいで高度が低くなっちまうこたぁ、出港前からわかってたんだが、特別な荷ってことだったからよ。なんだよ、雨に濡れたくねえってんなら、客室に行きゃあいいだろ?」


 この緊急事態に、つまらないことを言う客だ――船員の目は、そう言っていた。


「すぐに高度を上げて雲の上に出てください。エーテルクリスタル機関への負荷は覚悟の上です。一刻も早く」


 ぽかんと呆ける船員。

 そんな彼を一喝する声が、サシェの背後から飛んだ。


「ただちにサシェ殿の言う通りに船長に伝えたまえ。私はサンドレア王国親善大使の任を仰せつかっているベイルローシュだ」


 あたふたと慌てふためいた船員は、なんとかベイルローシュに敬礼すると、階段を滑りながら降りていった。

 操舵室は甲板の下――飛空艇の前方下部に位置している。




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