第十二話 白菫の真珠 -後編-
しばしの沈黙。
「私――俺を、信頼してくれる気持ちは、とても嬉しいです」
サシェは、できるだけ落ち着いて、正直な言葉で話すように努めた。
「でも……俺は、あなたの信頼に応えられない。元々、独りが好きで利己的な性格というのもありますが……特に今は――」
「病気の少女や、呪いの指輪の件ですか? 私は主人の負担になるようなことは――」
そうじゃない――というサシェの返事を聞いて、突然、アンティーナが核心に触れた。
「……好きな女性がいるのですか?」
「そう――」
……かもしれない。
自分の気持ちははっきりしていなかったが、あいまいな返事は失礼なように思えた。
「そうですか。私はかまいませんが――サシェさんは、そうはいかないでしょうね」
アンティーナは納得したように見えた。
――が、そこで会話は終わらなかった。
「それは、カリリエさんですか?」
「いや……どうして?」
アンティーナは、がっかりした。
ホトルル遺跡でのカリリエの様子を見て、彼女の気持ちに気づいていた。
女の自分から見ても、カリリエほどパーフェクトな女性はいないと思っている。
「いえ、では――あの墓地に眠る、カサネネという方ですか?」
「――――っ」
サシェの表情と身体が固まった。
その急変した様子に、アンティーナが驚いた。
「す、すみません。あの、以前、サシェさんを追っていたときに偶然――」
「……いえ、いいんです」
サシェはうつむいて、ふぅと息を漏らした。
ようやく肩の力が抜けたと思った。
「カサネネは――四年前に死んだ妻です。今でも、大切な人です」
「…………」
アンティーナはそれ以上この件には触れず、部屋を去った。
サシェは独りになった部屋で、自分の気持ちを整理していた。
(俺は……そう、今のままでいい……)
様々な言い訳が頭の中を巡っている。
今、サシェが考えているのは、アンティーナのことでも亡き妻のことでもなかった。
どんなに好意的だと思っても、ヒューマン族の女がタルルタ族の男に惚れた話など聞いたことがない。
他種族から見れば、子どものような背丈と顔つき。
彼女がつらいときに、抱きとめることさえできないのだ。
そう考え、意識から黒髪女性の姿を追い払うサシェ。
(今考えるべきは、マリィの命があと一か月しかないということ……)
気がつくと、約束した夕食の時間が迫っていた。
***
水区にあるレストラン“音楽の里”は、早い夕食をとる客でそこそこ混んでいた。
約束の時間に遅れてしまったサシェが、奥のテーブルにミサヨたちを見つけて近づくと、少し椅子を引いて手前に座っていたアンティーナが最初にサシェに気づいた。
「遅かったですわね」
「ごめん、ちょっと港区に寄って来たんだ」
ミサヨとカリリエは、テーブルに広げたホスティン氷河の地図を指でなぞって何やら会話をしている。
今朝、サシェが彼女たちに貸した本物の地図だ。
ホスティン氷河は、ホトルル遺跡で見つけた手描きの地図に描かれていた場所である。
「う~ん、魔法塔の前を二回も通ったっけ?」
「通ったよ~。カリリエはあのとき、隊長ばっかり見ていたから覚えてないんじゃないの?」
そんなことはない――と、むくれるカリリエの顔が可愛かった。
「遅れてごめん、どうしたの?」
ようやくサシェが来たことに気づくふたり。
バツが悪そうなカリリエに対し、ミサヨは明るい笑顔でサシェを迎えた。
「遅刻なんて珍しいね。サシェこそ、どうしたの?」
「あとで話すよ。待っていてくれてありがとう――先に料理を注文しちゃおう」
四人がそれぞれ注文すると、接客したタルルタ族のウェイターが戻って行った。
料理長に注文を伝えた後、うらやましそうな視線をサシェに向ける。
ヒューマン族の美女三人とテーブルを共にする英雄サシェカシェは、明らかに目立っているのだが、当人たちは気にしていないようである。
「カリリエと一緒に冒険を始めて二年目にね、まだふたりとも十四歳だったんだけど、そのときのパーティメンバーたちが、一度だけザルカバートに連れて行ってくれたことがあるんだ」
「十四歳で? 冒険者レベルも低かったんじゃ?」
ザルカバートは、ホスティン氷河のさらに奥にある秘境だ。
雪と氷の世界にうろついている魔物はいずれも強く、低レベル冒険者が近づける場所ではない。
「まぁね。地図もなくてさ……すごい冒険だったよ。そのときに通ったホスティン氷河のルートを確認してたんだ」
サシェは、ミサヨとカリリエが若くして高レベル冒険者になった理由がわかった気がした。
スパルタ方式の冒険者集団とかかわることで、様々な経験を積んだのだろう。
やがて料理が運ばれ、今日の本題に入った。
***
「つまり――」
サシェがフォークを手にしたまま、考えをまとめた。
「ベッケルの目的は、“霊獣の力を手に入れること”。その手始めが、“カーバンクルの力”って、ことか……」
それが、ベッケルがホトルル遺跡に残した羊皮紙の束を、カリリエが調べた結論だった。
灰青色の瞳をもつ金髪美女が頷く。
「ベッケルは、かなり前からカーバンクルについて調べていたみたい。だから、その過程で手に入れたのが――呪いの指輪なんじゃないかな?」
「たしかに、ありそうだ」
この場にいる四人全員の指にはまっている呪いの指輪。
その指輪には、カーバンクルの模様が刻まれている。
“カーバンクル”+“呪い”というキーワードが重なるせいで少し混乱するが、呪いの指輪とカーバンクル・カースは関係ないだろうとサシェは思っている。
呪いの指輪は珍しいアイテムではあるが、人の手で作られるものであり種類も多い。その意匠がカーバンクルだからといって、実在の霊獣と結びつけるのは早計だ。
アンティーナにとっては呪いの指輪を外すことが重要で、それがマジドアルジド院長からの指示でもあるが、命にかかわるほどの問題ではない。
だが、カーバンクル・カースは違う。
身体が炭化するという絶望と、百年に一度というタイムスケールはまさに霊獣級の呪いだ。
サシェたちが最優先で追っているのは指輪のことでもベッケルのことでもなく、カーバンクル・カースからマリィを救うことである。
「禁書に書かれていたカーバンクル・カースのことなんだけど……」
主に禁書の内容を調べたミサヨが話を引き継いだ。
「週刊魔法パラダイムの記事にあったように、病気として書かれてるね」
百年に一度発生するという奇病カーバンクル・カース。
禁書には、生まれてすぐに身体が炭化し死に至ると書かれているが、これには個人差があるようだ。
サシェがホノイコモイから聞いた少女は六歳で全身が炭になり死んだ。
白絹の衣がなければもっと早かっただろうが、少なくとも衣を着始める三歳までは生きていた。
そしてマリィが白絹の衣を着たのは七歳のとき。
左腕と右脚を失っているとはいえ、七歳までは衣がなくても生きている。
そして禁書には病気と書かれているが、少なくとも病気ではないというのがモンブラー医師の結論だった。
「そして最も重要だと思われる記述が、カーバンクル・カースと霊獣カーバンクルとの関係ね」
食事を終えて布で口を拭いたミサヨが、禁書の記述を書き写した羊皮紙を読み上げた。
===
霊獣フェンリルが英雄カラハバラハに伝えた話によれば、世界を支えるマザー・エーテルクリスタルが闇に包まれたそのとき、霊獣カーバンクルはその身を差し出して世界を救おうとした。
闇はマザー・エーテルクリスタルから剥ぎ取られ霧散し、世界は救われた。
消滅したと思われた霊獣カーバンクルは、その百年後に復活したという。
奇病カーバンクル・カースは、その後百年ごとに繰り返し発生していると言われている。
===
「どう思う?」
ミサヨがサシェの意見を求めた。
ウェイターが食器を下げるのを待って、サシェが口を開く。
「……わからないな」
テーブルがシンと静まり返った。
話が大きすぎるし、何より情報が足りない。
サシェに話す前に三人で話しあったのだろう。
全員が、これだけでは結論が出ないという顔をしている。
「……直接聞くしかないだろう」
サシェだった。
ニヤリと笑っている。
アンティーナが怪訝な顔をした。
「直接って……誰にですの?」
ミサヨとカリリエが、ハッとした表情でサシェを見た。
「そう……だよね、直接聞けばいいんだ」
「でも直接会うには、霊獣の力に関係するアイテムが必要なんじゃなかったっけ?」
さすが若くても高レベル冒険者。
方法を知っているんだ――とサシェが感心した。
「ふたりとも知っていたか……会ったことはある?」
首を横に振るふたり。
「昔のパーティで話を聞いたことがあるだけ……サシェはあるの?」
頷くサシェを見て、ミサヨとカリリエは驚きつつも納得した。
サシェが先輩冒険者であることを改めて思い出す。
アンティーナが面白くなさそうに繰り返した。
「直接会うって、誰にですの?」
三人がアンティーナのほうを見て、同時に口にした。
「――霊獣カーバンクルに」
***
食後の飲み物が入っていた陶器製のカップが空になる頃には、サシェからのホノイコモイ邸での話も終わった。
店内が混んできて、そろそろ店を出たほうが良さそうだという空気が漂う。
「明日の朝、ラテーネ高原に向けて出発しよう」
サシェの言葉に三人が頷く。
そこが、霊獣カーバンクルに会える場所だった。
霊獣と会話をするには、その目的に応じた特定のアイテムが必要だと言われている。
カーバンクル・カースのことを尋ねるのに必要なアイテムが何かを知っている者などいないので、とりあえず行ってみることにしたのだ。
現地で何らかの情報が得られるかもしれない。
最後に、カップも片付けられて綺麗に拭かれたテーブルの中心に、サシェが腕を伸ばした。
手の甲を上にして置いた握りこぶし。
その指を少し開いて腕を引いた。
……テーブルの上に転がる、小さくて丸い玉が三つ。
「これは……?」
美女三人が、ほのかに紫がかった白いパールを見つめた。
「そろそろ必要だと思っていたんだ。今みたいに別れ際に次の待ち合わせを決めていると煩雑だし、緊急時に連絡が取れないから」
サシェが港区に寄って来た理由がこれだった。
新しいリンクスシェルを購入し、リンクスパールを作ったのだ。
ミサヨが手を伸ばしてひとつのパールを取った。
自分の指からダークグリーンのパールがついた指輪を抜き取ると、新たなパールに意識を集中する。
すると、リンクスシェル名が見えた。
LS: Minibreak
小旅行――それが、サシェが付けたパーティの名前だった。
「ミサヨには黒き雷光団のリンクスパールがあるけど、掛け持ちでたまに付けてもらえば――」
遠慮がちに言うサシェの言葉をミサヨが遮った。
「このリンクスパール、サシェの分も合わせて今夜だけ私に預からせてくれない?」
嬉しそうに言うミサヨに、サシェがとまどった。
「いいけど……どうして?」
「それは秘密です」
楽しげなミサヨに、他の全員が不思議そうな顔をする。
そのときレストランの扉が開いて、空席待ちの客が追加された。
慌ててレストランを出て、そのまま別れる四人。
時間がなかったので、サシェは作りすぎたパールを詰めた袋ごとミサヨに渡した。
自宅への帰り道を歩くサシェ。
空はすでに暗く、森の木々を揺らす冷たい風が吹き抜けていた。
まだ答えは見えない……。
早い日没が、すぐそこに迫る冬の訪れを告げていた。
~ 第三章完、第四章へ続く ~




