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第三章 ~ドツボに嵌った・Ⅰ~

いよいよ中盤、第四のダンジョン攻略になります。主人公は、ここでなかなかの強敵(ドSな製作者含む)に、先を阻まれるのですが…

 第三章 ~ドツボに嵌った~

 その日はバイトも無く、猛は少し早めに『G.I.ソフトウェア』へと足を運んだ。デバッグという名目の仕事ではあるが、足取りは軽い。未だゲームは半分も進んでいないが、先が気になっていた。ゴールは判っている。『お試し一号』の暮らす世界が直面する危機を取り除く。黒い霧の発生源を止める事が、最終目的であろう。主人公達はそれを成功させ、トゥルーエンドとなるに違いあるまい。まさか、失敗して事態が悪化、ゾンビ映画の様になるのがトゥルーエンドならば、それはそれで斬新ではあるが。もっとも、それでも何時か誰かが根本的に解決しうる状態である、という点を考えるならば、ゾンビウィルスのコントロールが人類には困難、不可能である、といったゾンビ映画の終末観とはかなり異なるが。

 部屋の扉を少し開けただけで、いつもと違う雰囲気である事は判った。もはや聞き慣れたのとは異なる声が、ピリピリした空気を伴い彼の耳朶を打ったのである。

「ここは学校ではないんだ!ましてテーマパークやゲームセンターでもない!文化祭や遊び気分でプロジェクトに向かい合っているのなら、即刻中止しなければならない!」

甲高い、まだ若い男性の声。朧気な記憶しかないが、誰のものであるかはすぐに気付いた。才人であった。

「当たり前だろ!?こっちだって遊びで何十キロステップもプログラム組んできた訳じゃないよ!ここで唯一遊んでるのは猛ぐらいのもんだ!」

反論する秀人の言い草は、失礼千万といえた。確かに、ゲームをプレイしてはいるが、それはデバッグの為だろ、と怒鳴り込んでやりたくなる。

「パッケージの売り上げも当初の販売予測を上回る勢いですし、『トリオのダンジョン』のダウンロード数も上々です。中止する必要はないのでは?」

梨名の冷静な声が秀人をフォローする。

「パッケージの販売状況が一段落すれば、ダウンロード数などすぐ止まる。重要な事は、ダウンロードコンテンツがパッケージ販売の継続に貢献するかなのだ!そうでなければ、現状のリソースをかけて開発を継続する意味など無い!」

「…ネット上でも、じわじわと『リミットレスRPG』の名を見かける様になっているよ。まだ物語が半分も進んでいない現状で、結構なストーリー予想が飛び交っているね。これは良い傾向だと思うけどね」

余り聞いた事のない声。チーム内で唯一、三十代の能勢のせ あつしのものであった。データ作成やソースコードのバージョン管理、ツール作成等、謂わば秀人のサポート役と言って良い。

「能勢さん、問題は、それが売り上げに繋がるかどうか、という事です。コストに見合わないプロジェクトを継続できるほど、我が社の体力は強くないのですよ」

「この中途半端な状況で投げ出すのは、非常に惜しいと思うけれどね。最後まで作り込めるなら、最悪他社に全て売却する事も可能だろう。この会社で成功させられなかったとしても、何処かで役に立てて貰えるかも知れない」

「それほど都合良く売却先が」

「君に見つけられないなら、私に心当たりがあるから紹介するよ?まぁ、開発費の回収くらいは充分出来ると思う」

「……では、デバッガについてはどうだ?部外者を勝手に使っているそうだが」

「猛の事?僕のポケットマネーで手伝って貰ってるから、兄さんに文句を言われる筋合いじゃないね」

え、そうだったんだ、と猛は初めて知った事実に少なからず驚愕した。

「たとえそうだとしても、部外者を勝手に参加させては守秘義務やコンプライアンスの徹底が」

「あれ、知らなかった!このプロジェクト社外秘だったっけ!?一応、最低限ネットに情報を流さないで、とは言ってあるし、ちゃんと守ってくれてるよ。そもそも、テストプレイする上で必要な情報以外、開示してないし」

「彼にはゲーム攻略法を作成して貰っているけれど、結構評判は良いよ。エディットしている私も、読んでいて面白いと思う。彼は、こういう方面に向いているんじゃないかな?」

能勢からの思わぬ褒め言葉に、猛は意外さと同時に嬉しさを感じた。暫しの沈黙。

「話は終りですか、社長?宜しければ、作業に戻りたいのですが?」

わざとらしい秀人の言葉遣い。不意に人の立ち上がる気配がして、次の瞬間には扉が荒々しく引かれた。

「…」

猛と相対した才人は、鋭利な視線をすぐに逸らし、横を擦り抜けた。間もなく、荒々しく扉を閉じる音が背後から響いてきて、猛はビクリ、となった。

「ああ鹿島君、早く入ってきたらどうだい?」

珍しく能勢が声を掛けてくる。少々ぎこちなく頷くと、おずおず、という感じで入室、扉を閉じる。

「いつもより早いけど、いつから居たの?」

秀人の問いに。

「バイトが無かったからね。十五分ぐらい前には着いてた」

「…話、聞こえてた?」

いつもの席に着きながら、猛は頷いた。

「そう…ふぅ、兄貴が何を考えてるのか、判んないよ。プロジェクトに許可を出して、ゲームの根幹部分までデザインしといてさ、口を開けば文句ばかり。何が気に入らないんだよ!」

秀人は顔を何度も両手で擦った。

「ただ単に心配なだけだよ。ゲーム作りなんて素人の、五人ばかりのチームなんだから」

「いや違う!兄貴は昔からそうだった!出来の悪い弟が恥ずかしくて苛ついているんだ!」

「秀人さん…」

梨名も語尾を濁す。幾ら否定した所で、今の秀人には届く筈もないと判っていたから。重い沈黙が落ちてくる。梨名と能勢は、何か言おうとして躊躇っている。名波は不安そうに一同を見較べるばかり。そこへ、猛が口を開いた。

「あのう…」

「何!?」

「何だい?」

秀人と能勢がほぼ同時に反応した。

「そろそろ、仕事始めたいんだけど、良いかな?」

張り詰めた空気が、萎んでゆく音が聞こえてくる様であった。

 × × × ×

 十月二十五日 (火) 十八時〇〇分~二十一時三十分

 今日から第四のダンジョンを攻略開始。ストーリーは第三のダンジョンから直接繋がっている。場面はギルドから始まる。地震により新たに発見されたダンジョンは、商工会歴前六百年~二百年頃に繁栄した城塞都市ルイースの廃墟。伝染病の蔓延により放棄され、今では城壁と、僅かな建物の残骸が残るばかりのその地下には、巨大な地下墓地がある事は文献等から知られていたが、その入口は判らなくなっていたという。その他にも、ルイースでは地下に重要な施設が置かれていたらしい。一説には、古世界の遺物を守る為築かれた城塞を基に発展したとも言われている、と、エドマンドが説明してくれる。色々と便利なキャラだよね。それはともかく。地下墓地の構造等は不明で、何処かの空洞と繋がっていてモンスターが溢れ出す可能性があると、またトライから討伐隊を出す事になった。地下墓地の調査も兼ねて。当然、ステラ達も参加する。

 ワールドメニュー画面から、新たに出現した『ルイースの地下墓地』へ。引き続きステラとクイルが後衛に付き、ダンジョン探索スタート。左右の土壁には幾つも窪みが穿たれ、壺が納められている。壺の中に、遺骨が納められているんだろう。ダンジョン内を少し進むと、イベント発生。突然、壺が一つ落ちてきて、目の前で割れたと。中には白い、ザラザラした粉が入っている、との表示。自動的に壺の落ちてきた窪を見ると、何か小さな魔法陣が光っている。何気なく手を伸ばすと、ステラが制止の声を上げるが時既に遅し。『お試し一号』は唯一人、何処かへ跳ばされました、とさ。

 跳ばされた先は、地下通路の端だった。廃坑の様な通路は、スタルトのダンジョンのデータを流用したもの?ともかく、通路を進むしかない。左右に現れる横穴に、片端から入る。少し行くと行き止まりでオフ状態のスイッチがあったり(当然オンに)、アイテムが落ちていたりする。やがて通路は行き止まりとなり、出口を求めて元来た道を戻ると。どれかのスイッチをオンにしたからだろう、最初の場所に、魔法陣が出現していた。乗ると、また跳ばされた。

 跳ばされた先は、また先程と同じ様な地下通路。思うんだけど、この通路、誰が作ったんだろう?ルイースを作った連中?でも、何の為に?まぁ、ともかく進むしかない。不気味な事に、ここまでモンスター出現は無し。やがて、大きな裂け目が見えてきて、またイベント。裂け目に掛かっていただろう足場の向こう側が落ちて、こちら側から下の空洞に下りられる、という。向こうへは行けないから、下りるしかない。下りると空洞の通路が延びている。ここからエンカウント開始。蝙蝠やら禽獣やらがモチーフの、消費EP六千~八千くらいの雑魚モンスターが一~三体ぐらいで襲ってくるけど、まぁ、物理防御力も大して高くないし、サクサク倒してゆく。獲得EPは、手始めに器用さと敏捷さに。これで獲得EP八十くらいなら、結構狩り場として悪くない。曲がりくねる空洞の、左右の横穴に片端から入るけど、只の行き止まり。と、一本だけ、先に繋がっていた。進んで行くと、床に穴が空いており、縄梯子が下りている、との表示。これって、まさか。下りる。

 ま、予想通り、スタルトの廃坑に出た。ここに繋がってたんだ。拓けた空間の、すぐ近くの坑道。段差があって進めなかったのが、地震で崩落した土砂が積もり、上がれる様になっている、との表示。このまま進め、っていう事ね。でも、その前に。

 ダンジョンを出る。アイテム補充と、あと誰か雇えないか、と思ったけど。ギルドに冒険者は居なかった。ルイースの地下墓地探索の為出払っていると。なるほど、そういう事かい。アイテムを確認し、『ノーリスク』シリーズを補充すると、仕方なく一人ダンジョンに戻る事にする。

 ダンジョンに戻ると、上がれる様になっている横穴へ。このダンジョンのモンスターは、もはや特記する必要もない程呆気ない。ストーリーが進んで強くなってるのか、とも思ったけど、どうやらそういう事は無し。暫く横穴を行くと、縦穴にぶつかった。縄梯子が下ろしてある。下りてゆくと、また廃坑の様な横穴がある。随分と長く進んでいると、地下水脈にでもぶつかったのか深い亀裂が口を開けていた。跳ね上げ橋の様な物が下りており、渡れる様になっている。それを渡りまた暫く進むと扉があり、その向こうは地下墓地になっていた。あれー、何か、酷く懐かしく感じる。とりあえず、ここまで稼いだ僅かなEPは、器用さに割り振ろう。改めて、地下墓地の探索を開始する。

 少し広い空間に入ると、左側の通路に進む。モンスターの強さが元に戻るけど、大して気にはならない。曲がりくねった通路を行くと広い空間があり、入口横にはセーブポイント。もうラスボス、って事はないよね?ここまで稼いだEPは、敏捷さに割り振ろう(消費EP九百六十程)。セーブをして中に入る。ほぼ中央に、何かの石碑が建てられている。重要人物の墓碑?その横の天井には穴が空いていて、瓦礫が積もっている。石碑へと何歩か進むとイベント発生で、黒い霧を纏った神官が現れた、との表示。女性の神官は、じっとこちらを見据えたまま、何か語り掛けようとしている、と。聞き取ろうと近付くと襲い掛かってきた、との事。イベント終了、さあ、戦闘スタート!

 イヤー、呆気ない戦闘だった。神官は一撃で戦闘不能。え、何で?と、思っていると。またイベント!右側の入口から、ステラとクイルが入って来たと。お互い大丈夫だった事を確認すると、クイルは戦闘不能の神官に近付き、「イリス様!」と叫んだ。その神官が遺跡調査隊の責任者だとクイルが説明してくれた。まだ幼い頃、何度か会った事があると。『封印瓶』に確保しエドマンドに預けておけば、何時か元に戻せるかも知れないのに、と詰られバッドエンド。え、何々?俺が悪いの?あー、やる気失せるわー。

 グチってても仕方がないので、ロードし直してリベンジ。要はHPを一割未満まで削って『封印瓶』を使え、って事でしょ!?武器を一つ前の両手剣に替える。強化パーツの付け替えが出来ないから、物理攻撃力は千五百三十六。まぁ、チマチマ削っていけば、何とかなるでしょう、と思いながら、イベントを終え戦闘開始。

 ヒデぇ!鬼、人でなし!何で攻撃一回で六千近く削られてんだよ!?どんな怪力だ!?これが黒い霧の影響?どんだけ都合が良いんだ!ええい、かくなる上は…逃走!ちょっと攻略法を考えないと。

 ● ● ● ●

 猛は思わずコントローラーを放り出した。

「何これ?どうしろって?」

急に弱い敵が出現したと思ったら、これを捕獲しなければバッドエンド、というのである。しかも異様に物理攻撃力が高いときている。

「まぁ、頭を使え、っていう事だよ。プレイヤーの腕の見せ所だね」

秀人のニヤけは元に戻っていた。それはそれで一安心ではあるが。

「それにしたって、物理攻撃力高すぎだろ?あの絵と全然合ってないよ!?」

敵の神官は、絵では細身なのであるが。

「それはさ、ま、黒い霧の影響?」

「どんなご都合主義なんだ!」

何気なく梨名の方へ視線を向けると目が合った。本当に嬉しげな笑顔と共に、小さくガッツポーズ。

「グチってたってしょうがないよ。デバッガとして、このイベントをクリア出来なきゃ話にならない。どうするか考えなきゃ」

「…ヒント、ない?」

「ま、やり方は色々だろうね。とにかくHP上限値を上げまくって、チマチマ削ってる間、攻撃に耐えられる様にするとか。敏捷さを上げまくって、連続行動回数を増やし、一気に削りきるとか、器用さを上げまくって、『連撃』を強化して削りきるとか」

「体力は?」

「まぁ、武器との兼ね合いで、下手に鍛えると丁度良い具合に削れないかも」

「猛さん」

不意に声を掛けられ、猛は再び梨名を見た。

「はい?」

「イリスという神官は、これから重要な役割を担っていく事になります。色々と手強いですから、たっぷり楽しんで下さいね」

不気味な笑顔。この人、ドSだ、と猛は胸中戦慄したのであった。


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