第二章 ~物語が動き出した・Ⅱ~
「なんかさ…ハードルの上がり方、急すぎない?」
溜息混じりに猛は傍らの秀人に問うた。
「いやいや、昔RPGでやってた経験値稼ぎを思い出してみな?こんなのでグチってたら、この先やってけないよ?まだまだ数値は鰻登りになっていくんだから」
ニヤけながら秀人が言う。
「経験値稼ぎかぁ…よくあんな事、やってられたよな…」
レベルが上がれば上がる程、次のレベルまでの必要経験値は膨大なものとなり、それを〇から稼ぎ直さなければならない。ほんの数年前までは、その為に徹夜も出来た筈なのに、と自分のゲームライフを思い返してみる。
「…よく、あそこまで熱中出来たよなぁ」
「こういうシステムの良い所はさ、稼いだ経験値をダイレクトにキャラクタに反映させられる点にある訳だよ。強力な魔法でバリバリ戦う戦士だって作れる。もちろん職業毎の特色を出す為に、魔術師にしか覚えられない魔法があるとか、知力が低めに抑えられてるとか、あるけどね。稼げば即、制約の中で自キャラの成長を実感出来るのが最大のメリット。そもそもレベル九十九とか、このゲームシステムの売りからすればチャチ過ぎる。ゲーム終盤には数千万とかになってるだろう消費EP値こそ、強さの証に相応しいのさ!」
得意げな秀人の言葉をげんなりしながら猛は聞いていた。
「ゲーム終盤てさ、一体これ、幾つダンジョンあんの?」
「七つで終わる様に考えてるけど?」
「七つ?エクストラダンジョンとか無し?」
「うん。物語から考えれば、最後のダンジョンは何処か、判るよね?」
それが当然、一連の事件の元凶である遺跡を示しているであろう事は推察出来た。
「…要するに、あと四つのダンジョンで数千万もEPを稼がなきゃならないって?」
「いや、場合によっては億単位かもよ?」
「億、って」
「億だって、たったの九桁だから。それなりに大きな桁になるパラメタ、そう、HP上限値とか、恐らく億とかじゃ済まないんじゃないかな?」
意地悪そうな笑顔。猛は無性にヘコませたくなった。
「ふぅん。ま、そこまで続くと良いけどね、このプロジェクト」
瞬間、秀人の表情が険しくなる。それから、心は千々に乱れ…辛うじて、元の笑顔に戻ってきた。幾分、ぎこちないが。
「…心配無用さ。続けてみせるから」
少々迫力に欠ける言葉を、秀人はようやく紡ぎ出す。これはやり過ぎだ、と猛は少し反省した。
「そう…じゃあ、また明日」
「うん」
お疲れ、と小さな声が反対側の机から帰ってきた。デイパック片手に、猛はとぼとぼと部屋を後にしたのであった。
階段を一段、下りた所で、猛は呼び止められた。
「あのー、待って下さい!」
追って来たのは名波であった。歩を止め振り仰ぐと。
「あまり、秀人さんをイジメないであげて下さい!」
「いや、別にイジメてるつもりなんか…」
実際にはイジメてみたかったのであるが、ずばり、指摘されて赤面する。
「みんな、このプロジェクトを完結させたいんです!秀人さんが、一番そう思ってる筈です」
「それは俺だって同じですけど。ここまで乗り掛ったらラストを見たいし」
「違うんです、そうじゃないんです!」
急に顔が近くなり、猛は赤面しつつ少し顔を引いた。
「な、何が違うの?」
「秀人さんは、証明したいんです!自分が、何かを成し遂げられる人間だと!自分の主導で、一つの物を作り上げられるんだと!」
「そう?でも、何でそんな事証明したいの?一体誰に?」
「お兄さんに対してです!だから、お兄さんと戦っているんです!」
階段を下り、猛の傍らに立った。じっと見上げられ、視線を逸らす。
「うん、まぁ、彼の動機は判ったし、状況も理解出来たけど、じゃあ、どうしたらいいの?」
「今まで通りで良いんです!ただ、ちょっと判って欲しくて」
「はぁ…ちょっと、変な事訊いて良い?」
「はい?」
「何か、随分必死になってたけど、秀人の事」
「いえ、好みじゃないです」
照れ隠しなどでなく、真顔で斬って捨てる。猛は少し秀人が不憫に思えた。
「そう…それじゃあ」
「はい、お気を付けて」
階段を下りてゆく猛を、名波はじっと見送ったのであった。
× × × ×
十月七日 (金) 十八時三十分~二十二時三十分
さて、ダンジョン内に戻って参りました。早速、セーブポイントからもと来た道を戻って行きます。EP稼ぎの長い道程の始まりです…って、言葉遣いが変!ああ、あの退屈な時間帯の始まりに、ちょっと精神状態が異変を来してて。一度ダンジョンを出る事も考えたけど、アイテム所持数とか確認したら、とりあえずは充分そうだったから、このままダンジョンを彷徨く事にする。
ちょっと戦っただけの印象では、とりあえず器用さと敏捷さは充分そうだから、体力強化一本かな。まずは千二十四まで強化。即座にダンジョンを出て武器と防具を新調、強化パーツを付け替えて再チャレンジ。そこから先は一気呵成といきますか。
下り坂を、雑魚モンスターを倒しながら進む。ちょっと鹿さんと戯れようと思って。一旦ダンジョンを出れば中ボスクラスは復活するから、EP稼ぎには便利。ダンジョンを出なくても、ゲームを再起動すれば復活する。落下した橋の所まで戻ったらダンジョンを一旦出て、入り直したら橋からまた落下してセーブポイントまで。これで体力分は稼げるかな。HPの方も心許ないから、余計に稼げたら回そう。ダンジョン内で強化パーツの付け替えが出来ないから、一旦ダンジョンを出て武器、防具を購入、強化バーツ付け替え、装備をしてダンジョンに戻らないといけない。また鹿と戯れなきゃならないけど、その分のEPはHPに回す事にする。あーあ、強化パーツが余るくらいあればなぁ。
初遭遇の時から考えれば、やはり呆気なく感じられるくらい手早く鹿を倒した。戦えばすぐ結果が見えるのがこのシステムの良い所だね。予定通り、獲得EPは全て体力に。これでもまだ目標値の半分に満たない(消費EP六百二十程)。とにかく、橋の下まで戻る。特に危なげなく戻ってくると、ステラに離脱魔法を使って貰った。
ダンジョンの外に出たが、一人ぼっちではなかった。ここはストーリー上、別れる訳にいかないんだろう。道具屋でアイテムを補充し、武器屋、防具屋を巡る。最強の両手剣が基本攻撃力八百九十六、最大強化倍率三十二。最高の金属鎧が基本防御力三百八十四、最大強化倍率三十二。これを購入しよう。ゴールドにも余裕が出てきたし。今はひとまず置いておく事にして。またダンジョンに戻る、その前にギルドに顔を出すと、討伐隊の面々は現在治療中でここには居ないという。きっとあの戦士を倒してダンジョンクリアすれば戻ってくるんだろう。それはともかく、次にダンジョンを出てくる時は、決着をつける準備を整える時。
ダンジョンにとって返し、橋から下に下りる。たっぷりと補充も済ませたし、残りEPを稼ぐには充分。鹿ももはや敵ではなくなってきているし。ダンジョン内を彷徨くこと四十分余りで目標達成(消費EP七百六十程)、ダンジョンを離脱した。街に戻れば武器屋に即行。装備中の両手剣から強化パーツを外し、新しい両手剣を購入。強化バーツを装着後、装備した。次は防具屋。同様にして新型の金属鎧に装備を交換した。これで攻撃力は八千百九十二、物理防御力は千四百八(ちなみに魔法防御力は六百四十)。これまでの四倍以上のダメージが与えられる。一回で千ずつ回復されたとしても、四回でノックアウト(しかも敵は攻撃出来ない)!充分!喜び勇んでダンジョンに戻る。
セーブポイントまでピクニック気分。獲得したEPは、HPと五感でほぼ折半にした(消費EP八百九十程)。セーブして、いざ再チャレンジ!戦闘はワンサイドゲームの状態だった。最悪クイルも前衛に回すつもりだったけど(倒されたら回復役がいなくなるし、出来れば避けたかったんだ)、その事態は避けられた。回復もお構いなしに五ターン程で戦闘は終了。戦士を倒し、EPとゴールドが手に入る、と思ったら。ここで、イベント発生。戦士は逃げ出し、何かを落としていった、との表示が。倒せてなかった、だからゴールドとEPは無し。アイテムとして、お馴染みの金属片と金属の筒を入手した。イベントは続き、筒の栓を『お試し一号』が抜き振ると、目の前に中年らしき男性が突然、現れたという。僅かに、左腕に黒い霧を纏っていると。すわ、モンスターかと身構えると、ステラがその男性を「お父さん!」と呼んだ。その男性は三十年前、遺跡調査から帰らなかったエドマンドその人だった。黒い霧を除けば容姿も格好も当時そのまま。エドマンドが、自分が古世界の魔道書を一部解析し作成した金属筒、『封印瓶』の能力だと説明する。それからここがどこなのか、という話になり、エドマンドの魔法で離脱する事になってイベント終了。
ダンジョンを出、ギルドに向かう。ギルド内ではちょっとした騒ぎになっていた。噂を流していた魔術師とその協力者が、冒険者達に糾弾されていた。そこへエドマンド本人が帰ってきたからさぁ大変。更に騒々しくなったのを一声で納め、エドマンドは遺跡で何があったのか、話し出した。
遺跡の調査中、食事に痺れ薬を混入され『大いなる叡智』メンバに拘束されてしまった調査隊だったが、彼は古世界の魔法に詳しいので召喚魔法陣起動に協力させる為自由にされた。彼は協力する振りをしながら、自分が独自に護衛役として連れてきた馴染みの戦士へ短剣をそっと手渡す。調査隊を人質に取られ、下手な時間稼ぎも出来ず、召喚魔法陣は起動してしまう。魔法陣の中心には、メンバが持ち込んだと思しき制御用の金属板が嵌め込まれ、それがボスの持っている金属片の、本来の形だった。拘束していたロープを切った戦士は、メンバが魔法陣に気を取られている隙に、別の隊員を助けると武器を取り戻し戦い始め、拘束を解かれた隊員達にあっという間に形勢を逆転されたメンバのリーダーは、金属板を取ると叩き割ってしまった。制御を失った魔法陣からは黒い霧が溢れ出し、誰彼構わず取り憑き、異形化させていった。金属片を拾い、件の戦士と共に脱出を試みたエドマンドであったが、左腕に取り憑かれてしまう。このまま異形化するよりはと、彼は実験中であった『封印瓶』と金属片を戦士に託し、自分を封印し、トライへ戻るよう頼んだのであった。『封印瓶』の中では時間が止まる。三十年経っていても、彼にとってはつい先程の事であった。
昔話(?)が終り、ステラが黒い霧を纏った戦士と戦った事を告げると、エドマンドは戦士が結局、黒い霧から逃げ切れなかった事を嘆き、自分はあの黒い霧を研究し、取り憑かれたあらゆる者から取り除きたいと、左腕を示しながら宣言した、と。そして暗転、明けるとシーンはステラの家に移っていた。自分達は研究生活に入るとステラは言い、報酬として三千ゴールドとダンジョン離脱魔法のスクロールを貰った。エドマンドからは、『封印瓶』を二本貰った。これでモンスターを捕獲して、戦闘に参加させられる様になるらしい。ポ●モン?ただ、捕獲の際にはHPを一割未満まで削る必要があるという。えと、戦闘時には、HP一割未満の状態ですか?そうですか。まぁ、それはともかく。ステラと、親の悪い噂がこれで解消されるだろうから嬉しい、とか話していると、地震が発生した。結構大きな地震らしい。揺れが収まり、ステラは被害が無いか確認する為、部屋を出て行った。エドマンドと、この地震で崩落を起こす様なダンジョンがあるかも知れない、等と話している内に、ステラが戻ってきた。特に被害は無いらしい。では街はどうか、と、ステラと『お試し一号』は街を巡った。武器屋、防具屋、道具屋、教練場、ダンジョンの門、そしてギルド。どこも、特に被害は無かったらしい。一安心してステラの家に戻る。エドマンドに、今後どうするのかと訊ねられ、『お試し一号』は、特に決まっていない、他の街に行って仕事を探そうと思っている、と話すと、ダンジョン探索は大変だったろう、お礼といっては何だが、少しここでゆっくりしていけばいい、と逗留を勧められる。三日経ち、いよいよ旅立とうとギルドに顔を出した。受付嬢と少し話していると。不意に冒険者が飛び込んできて、新たなダンジョンが現れた、という情報を入手した。と、一連のイベントが終了し、ここで第三ダンジョン攻略は終わり。
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「何か、イベント長くない?」
今までにない様なテキスト量に、眼がチカチカした。猛は眉間を左手で揉んだ。
「ここから本格的にストーリーは動き出すんだよ。これくらいのテキスト量で音を上げてる様じゃ困るね」
少し意地悪げに右側の秀人が言う。
「ええ?スキップとか出来ない?」
「いやいや、ただ遊んで貰ってる訳じゃなくてさ、これデバッグだから。全部読んで、誤字脱字とか、表示の異常とか見つけてくれないと」
「何処か、変な所はありませんでしたか?」
左側に腰掛けた梨名が確認してくる。シナリオ担当ならば当然の事であろう。
「いえ、特には。でも、よくこんなストーリー、考えつきますね。正直ちょっと驚いてます」
「そうですか?才人さんからアドバイスを頂いたりしながら、何とか」
はにかむ様に微笑む。眼鏡が凛々しい大人の女性、という印象を普段受けるが、こういう所は名波同様キュートに見える。
「これからもっと、テキスト量が増えるって?」
「もちろん。これから物語は佳境に入ってゆく訳ですから」
梨名の笑顔の質が変わった様に、猛には思えたのであった。