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プロローグ ~失業した~

少し間が空いてしまいました。かなり続く予定の、プロローグです。

 リミットレスRPG

 プロローグ

 確かに兆候はあった。しかし、その時が来た時には、まだ何の覚悟も準備も出来てはいなかった。

「倒、産…」

社長の、涙ながらの説明を聞きながら、鹿島かしま たけるはぼんやりと呟いた。

「くぅっ…私共経営陣も、今日まで状況打破のため東奔西走、悪戦苦闘して参りました。しかし、未だ中小企業の経営環境は厳しく、今月一杯で、倒産と…いう事に……」

もはや涙で語を継げられる状態ではない初老の社長。重役達(社長の奥さんを含む)達に優しく声を掛けられつつ、マイクを手放した。部長が引き継ぎ、今後について説明を始める。しかし、正直猛の耳には入ってきてはいなかった。七年余り勤めた会社が倒産するのである。次の事を考えなければならないが、何も思い浮かんでは来なかった。これまでの仕事も、決して好きでやってきた訳ではなかった。高校卒業後、就職できる企業がここくらいであった、という理由しかない。それでも精一杯、自分としてはやって来たつもりではあるが、結果はこの通りである。

「俺、何がしたかったんだ?」

最後の日まで、彼は何度もそう呟いた。最後の業務を終え私物を整理しながらも。誰も答えてはくれなかった。リトル鹿島は留守の様だった。いったい、明日から何をすればよいのだろう?

 バイトの帰り、アキバに寄る事にした。久々に携帯ゲーム機用ソフトを物色するつもりであった。彼は極力スマホアプリには手を出さないと誓っていた。一旦ハマれば、どれ程時間と金を注ぎ込んでしまうか判らない、自分の性格に鑑みての決意であった。ノレないか、ハマリまくるか、丁度良い所で遊ぶ、という事が出来ない。別段ゲームが上手い訳でもない。2D、3Dを問わず、手を出した幾つかの格闘ゲームでも、まともに使いこなせる所までいったキャラがない。ハマる前にちょっと使ってみて諦めてしまう。バランスが悪い、使い勝手が悪い、等と呟きながら。だから、ゲームをして金を稼ぐプロゲーマーなどになれる筈もなかった。とにかく中途半端。それが、我ながら嫌になる鹿島猛という若者であった。それでも、ハマれたゲームはかつてあった。RPG。しかも、かなりダークな世界観の。しかし、それは随分と前の話であった。

 中央通りをフラフラと北上しながら、周囲を見回す。平日夕方の通りには、彼と同年代と思しき若者達が目立った。蔵前橋通りの手前で細い路地に入り、ある小さなゲームショップに入った。かつてPS1用のマイナーなゲームを見つけて以来、贔屓にしていた。新作でなく、中古を漁るのが趣味であり、もちろん経済的理由からでもあった。

「ええと、『反転裁判』は…」

彼が探し求めているのは、長いシリーズとなっているアドベンチャーゲームであった。舞台は近未来の日本。『公平かつ誤りなき裁判』を標榜し導入された『反転裁判制度』により、主人公は弁護士と検事の立場を入れ替わりながら、被告や証人の証言、警察の集めた情報等を元に事件の真相を浮かび上がらせてゆく、という内容のゲームである。それぞれの立場に従って主人公は議論を進め、意外な方向へと展開してゆくのが醍醐味であった。ミステリー物によくある捜査パートは無く、また検察側から引き継がれた証拠の中に罠があるなど、なかなかによく練られたゲームであった。

「『反転検事』かぁ、『3』はなぁ…」

『反転裁判』の名物検事が主人公となり事件を解決してゆくスピンオフ物を見かけ、少々渋い表情をする。外国のVIPが日本で事件に巻き込まれる様な内容であったが。余りに荒唐無稽でついて行けなかった。『反転検事』を棚に戻し、一本だけの最新版に手を伸ばす、と、反対側から伸びた手とかち合った。ふっ、とそちらを見れば同年代の美女が。こうして二人は暫し見つめ合い、恋に落ちるのであった…。

「あっ、ひょっとして、猛じゃない?」

現実は、そう上手くはゆかない。手の主は、猛と同年代と思しき、小太りの若者であった。甘い予感は霞と消えてゆく。

「え?ええと…」

「何だ、忘れたのか、薄情だなぁ。俺だよ、神島かみしま 秀人ひでと。ゲーム話で盛り上がってただろ?」

「え、神島弟?」

その呼び方に、秀人は少し嫌そうな表情をした。

「その呼び方やめろって。まどろっこしいしさ。秀人でいいから」

「そう?じゃあ、俺も猛で」

「いや、もう呼んでるって」

秀人は笑った。ニコニコと愛嬌のある笑顔。

「今、何してるの?兄の方はMECに就職したって聞いたけど?」

一流の電機メーカーに勤務しているという情報は、母親経由で入ってきていた。何とも鬱陶しい情報であった。秀人の兄は才人さいとと言い遅生まれで、早生まれの弟とは同学年であった。秀人と猛は高校二年の一年のみクラスメイトだったのである。才人はよりランクの高い高校に通っていた。

「それがさ、一年ちょっとで退職して、今はこの近くでソフトウェア会社やってるよ。ちっちゃいけどね」

「え、アキバで?」

「正確には浅草橋の近くだけどね。猛こそ何してるの?」

「ええと、んー、今はちょっと、ね」

曖昧な微笑を浮かべる。失業中、という言葉を口にするのは辛すぎた。

「そうなんだ…じゃあさ、番号、交換しない?」

「ああ、うん」

お互いスマホを取り出し、電話番号を交換する。

「今はちょっと夕食に出てきただけで、すぐ会社に戻らなくちゃならないからさ。また電話する」

スマホをブルゾンのポケットに仕舞いながら秀人は言った。

「じゃあ、また」

「それじゃ」

手を伸ばし掛けた『反転裁判』を、さっと棚から抜き取り手を振りつつレジへと向かう秀人を、猛は苦笑しつつ見送るより無かった。

 数日後、秀人から連絡を受けた猛は、この前と同じ頃、同じ店に来ていた。

「やっ、早いね!」

細かい時間の指定はなかったので、たまたま少し早く猛の方が到着しただけなのだが。

「ああ、うん」

結局入手し損ねていた『反転裁判』を探していた所へ、背後から声を掛けられビクリ、となった。それを取り繕う様に、ゆっくり振り返った。

「何?今、ビクッ、ってなったでしょ?」

秀人が楽しげに指摘してくる。

「ちょっと待ってよ、そんな事無いって」

「いや、なってたよ、ビクッて、こう、こうさ」

背中を向け、肩を振るわせる様な仕草をしてみせる。まるで学生のノリ、あの頃と変わっていないと猛は思った。 二人が出会ったのは高校二年の春、決して偏差値が高いとは言えない都立校の教室であった。ゲーム雑誌を読んでいた猛に秀人が話し掛けてくる、というベタなきっかけで、二人はすぐに意気投合した。お互いの家を往来する様になり、神島家で才人に会った。

「…どうも」

据え置きゲーム機で遊んでいた二人を、リビングの戸口から覗き込んだ才人は、冷めた表情で無愛想にそれだけ言うと行ってしまった。気付いた猛に挨拶させる暇も与えず。何とも感じの悪いファースト・コンタクトであった。確かに、頭の良さげな雰囲気をプンプン臭わせていた。

「…ご免な。余り、うまくいってなくてさ」

表情に出ていたのであろう、すまなげに、秀人はかなり言葉を選びつつ弁解する。秀人の操る3Dキャラの上段パンチが、猛のキャラのしゃがみガードでスカる。

「いや、いいんだけどさ」

硬直時間を突いた下段キック。よろける所へ立ち上がりながらの中段から上段への三連コンボが決まる。ダウンした秀人のキャラに対し、猛は距離を取った。素早く立ち上がると、暫しの睨み合いの時が訪れた。

「ま、僕なんかとは出来が違うからさ、両親も凄く期待してるんだ」

自嘲気味な口調。その裏には嫉妬が見え隠れしている。少なくとも、猛はそう感じた。

「どこかの一流大学を出て、一流企業に入って?」

少し意地の悪い言葉。秀人の表情が強張った。キャラが動いた。タックルを仕掛けてくる。

「勝手にしろっての!」

猛はリーチの長い中段キックで潰した。ゲージがゼロになり、ゲームオーバー。猛のキャラが、ガッツポーズを取った。

「ヒデはどうするの?」

溜め息と共にコントローラを置いた秀人に、猛は訊ねた。

「一生、ゲームがしてたいなぁ」

カーペットの上に寝ころぶ。

「へぇ、プロゲーマ?それともヒッキー?」

「うーん、ちょっと勘弁かなぁ。プロゲーマは根性ないし、ヒッキーは無理だし」

「じゃ、恋人に世話して貰うとか?」

「最初のハードル高すぎ」

「そうかぁ」

猛も横になる。

「…やる方じゃなくて、作る方になろうかなぁ」

ぼんやりと、秀人は呟いた。

「へぇ?シナリオ?プログラム?ディレクション?あと、音楽とか、デザイン?」

「んん?んー」

暫く黙考した後。

「…何だろ…」

溜め息混じりに呟いた。

 結局のところ、秀人はプログラミング関係の専門学校に進んだという。二年間学んだあと、ゲーム会社に就職し、た訳ではなかった。

「まぁ、色々あってさ…」

日の暮れた街中を、思い出話に華を咲かせていた二人だったが、高校卒業後の事となると、それまでの楽しげな様子が一瞬、かき消えた。よほど苦い経験だったのであろう。しかし、それを取り繕う様に、急に笑い出す。

「はははは、そういえば、会社が倒産したって?」

「まぁね。笑い事じゃないけど」

横目で睨むと、秀人は苦労しながら笑いを納めた。

「ご免ご免、悪かった。まぁ、まだまだこれからでしょ」

「気楽そうにぃ」

肘で脇腹を突く。

「まぁま、これからいい事が待ってるから」

秀人が立ち止まり、つられて猛も足を止める。今、二人の前には、六階建ての、古めかしいオフィスビルがあった。床面積は結構ありそうで、家賃はそれなりにするであろう。

「ここの三階」

言うなり正面の階段を上がって行く。猛は後に従った。

 煤けた階段を上がりきると、左右に部屋がある。古めかしい金属扉には、どちらも『G.I.ソフトウェア』のネームプレートが貼り付けられている。

「G.I.ソフトウェア?」

「うん。神島でゴッズアイランド、って兄貴がね」

苦笑しつつ、右側の扉を開く。外見からも予測できた通り、中は結構な広さがあった。中央には事務机の島があり、奥の金属棚には、サーバ用であろう何台ものタワー型パソコンに複数台のHDD、DVDやBDのドライブなど。その上の段にはプリンタや、その用紙やインクなど消耗品が整然と置かれている。扉の正面、島の向こうには何台ものキャビネットが置かれている。今、事務机には三人の男女が着いていた。二人の女性は猛と同年代か年下、一人の男性は年上と思われた。

「みんなー、この前言ってた鹿島君だよー」

一つ手を打ってみせると、三人の視線が猛に集中する。

「どうも」

縁なし眼鏡を掛けた知的美人が会釈をする。

「あ、結構」

かわいい系の女性が、何か言い掛けてクスクス笑い出した。酷く気になる態度であった。

「宜しく」

筋肉質そうな男性は、言いながら視線をモニタに戻した。

「あ、こちらこそ…」

自分の立場を把握しておらずどう対応して良いのか判らないため、猛は間の抜けた返答をすると、一つ頭を下げるより無かった。

「ま、ちょっとスケジュールが押し詰まってて」

言い訳する様に近くの事務机の椅子を引く。猛もそれに倣い、二人は腰掛けた。

「向こうの部屋とは、ちょっと違ったプロジェクトが進行中で。今こっちにはこれだけなんだ」

「そのプロジェクト、って?」

「うん。実は、猛に手伝って欲しいんだよね」

秀人は、猛の顔を正面から見据えた。そこに、先程までの気軽さは無かった。

「え?俺に手伝える様な事?」

猛もつられ、真顔になる。

「そう。実はデバッガをして欲しいんだ」

言いながら、秀人が机上のマウスを動かすと、ブラックアウトしていたモニタにキーワード入力画面が表示される。キーワードを入力すると、複数のウインドウが表示される。その中央、複数のブロックに区切られたウインドウには、様々な文字列や数字列が表示されていた。

「ウチは色々なソフト開発をしているけど、その中に統合ソフトウェア開発環境があってさ。それが、つまりこれ。プロの現場でソフトウェア開発効率を上げるために、ウチでは様々な言語向けのパッケージやライブラリ、プラグインなんかを提供してて、この開発環境込みで結構使用者は多いんだ。それで、プロユースの今のをダウングレードして、パソコンオタク向けに安価で販売しよう、っていう事になって」

秀人の話には今一つ理解できない所もあったが、猛はひとまず頷いた。

「つまり、その開発環境を開発してるの?」

モニタ画面を指さしつつ訊ねるが。

「いや、そういう訳じゃないんだ。さっきも言ったけど、今あるのから機能を削って安く一般ユーザ向けに売るのが目的だからさ」

「ああ、なるほど」

ようやく幾分か話が見えてきた。

「問題は、これ自身より、これを売るためのサンプルなんだ。プログラムを組むにはそれ相応の知識と技術がいるから、ぶっちゃけサンプルの付録でいいんだよ。で、ここに居る人間でそのサンプルを作ってるわけ」

「何か、本末転倒の様な…」

「いや、食玩なんて、そんなモンでしょ?」

「それもそうか…ところで、作製してるサンプルって、どんな物?ゲーム?」

食玩と同列なんだ、と思いながら、訊ねる。

「もちろん」

マウスとキーボードを操作すると、新たなウインドウが開く。3Dの、聖堂か何かの廊下が表示されている。マウスで上下左右にドラッグすると、視角が変化した。

「これは描画のテスト用でプレイアブルじゃないけど、こういうダンジョンを探索するRPGを開発中なんだ」

「普通のダンジョン探索型RPG?」

「ところがさ」

ニヤリ、と笑うと、秀人はマウスを操作し、新たなウインドウを開いた。華奢な若者のイラストと共に、様々な数字とゲージが描かれている。『体力』や『知力』等と表題が付いている所を見ると、キャラクタのステータス画面であろう。

「これもテスト用の仮だけど、HPを見てみな」

促されて上方のゲージ、『HP』と表示されたその左側を見る。やたらと大きな桁の数字が表示されていた。

「ええと、一、十、百、千、万…十億、百億……京?えええ、十京?」

そう、そのキャラのHPは十京以上あったのである。テスト用に判りやすくアラビア数字が順番に並んでいるのであるが。その下の『MP』も、百兆はある。

「この開発環境にのってるパッケージには、とてつもなく巨大な整数を扱えるクラスが実装されてるんだ。それで四則演算なんかをする専用のクラスもね。それらを使って、今までにない様なバカげたステータス値やダメージを表現できる様にしてるのが、このゲームの特徴って訳さ」

「それって、どれくらい?」

「理論的には何百桁でも。これでも小さいくらいだよ。まぁ、ゲームバランスとか考えると、それほど大きくは出来ないけれどね」

よく見てみれば、他のステータスも数万〜数百万クラスである。

「あの、こんな数にする必要、あるの?」

「だからさ、これは開発環境のサンプルなんだよ。これでどういう事が出来るか示さないと」

「まぁ、そうか。で、今はどれくらい進んでるの?」

「とりあえず、チュートリアル用のダンジョンが一つ完成

してて。あともう一つ、歯応えのある奴を今作製中だね。実装してあるパッケージのデバッグも兼ねてる」

「へぇ」

「ストーリーもあるんだ」

そりゃあるだろうね、と胸中で呟く猛に、本当に楽しげに、秀人は語り出したのであった。


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