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前編

後編は本日18時に投稿します。

読みづらかったため、改行など増やしました。

評価、閲覧ありがとうございます。

「クリス!」


呼ばれたので振り返ると、相棒のサラがいた。


「おねがい、特に用事ないならついてきて!」

「えっ、えぇ?」


サラはクリスの腕を取り、ずんずんと基地内を進んでいく。

どこへ行くのと尋ねても、内緒だと言って、いたずらっ子のようにサラは笑った。


「さぁ、入って!」


示されたのは第4会議室だ。

滅多に使われることがない場所なのだが、なにがあるというのだろう。

若干警戒しながらもクリスは扉を開く。


「「お疲れ様でしたぁー!」」

「うわ!?」


パンパン!とクラッカーが鳴り、拍手や指笛が鳴る。

軍隊基地にあるまじきファンシーな飾り付けの部屋の中央に掲げられた紙には、男らしいゴツい文字で、『クリス・マイヤー少尉お疲れ様会』と書かれていた。


「…こんなに祝ってもらえるとは思ってなかったです」

「なに言ってんだこいつはー!部下の旅立ちを祝わん奴はこの第5小隊にはおらんぞ!」


隊長のガスにバシリと背中を叩かれ、ゲフゲフ痛いですとクリスは涙を浮かべた。


そう、クリスは今日で軍を除隊する。

辞める理由がいくつも重なってきたため、この道を選択した。

27歳になり、身体の衰えを感じた。

同僚がたまに死ぬのに疲れた。

ゆっくりしたい。

などなどたくさんあるが、最大の理由のうちひとつは、しっかりとした身分と手に職を得たからだ。


「少尉はこの後しばらくはゆっくりとされるのですか?」


とりあえず乾杯のあと、まっさきに尋ねてきた後輩・アンゲルトの質問を否定する。


「ワンドハイザーに、電気技師と通信技師を兼ねて就職」

「クソ田舎じゃないですか!」


ワンドハイザーとは、首都イブリオールからバスに乗って3時間の場所にある。

流通など特に滞ることはないが、やはりアンゲルトの言う通り、首都と比べるとクソ田舎には違いない。

これから行く新天地に随分な言い様である。


「ゆっくりしたいんだよ」

「やーでも、少尉の功績ならこのまま首都に、」

「元浮浪者にはちょっと無理でした〜」

「あ…すみません」

「いやだから気にするなって。ここにいたおかげで、なんとか外で暮らせるようになったんだから感謝しかないよ。みんないい人で、本当によかった…」

「「少尉ぃ〜!!」」


がばちょと抱きついてくる同隊の仲間たちにぎゅむぎゅむされながら、クリスは苦笑する。

後輩・サディールが指摘した通り、クリスの戦果は首都に豪邸を構えることが許されるレベルのものだ 。

しかしクリスの出自は不明で、元浮浪者でもあるので、安全度の高い首都は候補にそもそも入ってなかった。

選ぶ自由を奪われていたのだ。

とはいえクリスは別になんとも思っていない。

あっても選ばなかったから。

そんなことより5年従軍したおかげで、戸籍を得、軍内資格講座で資格を得るのを妨害されず、今回の除隊で付与されたため、安堵のため息をついている。


「あっそういえば、私たちからプレゼントがあるの」

「えっなに?楽しみ〜」


しかしクリスはなんだか嫌な予感がした。

なぜプレゼントがあるというのにサラは手ぶらなんだろうなー?


「筋トレ5種セットよ!除隊しても弛んでちゃダメだからね!」

「ホワイ」

「もう新居に発送してるから返品なしで!」

「マジで」


こうして、クリスの軍人としての最後の夜が、今までのどの夜よりも明るく更けてゆく。



夜も白み始めた頃。

第5小隊のメンツが潰れて寝こけている第4会議室を、クリスはこっそり抜け出す。

今日ここを出て行くのに、これからまだ残るメンバーと床で仲よくオヤスミしてる場合ではないのだ。

今日の昼までに、会えない人やギリギリ会える世話になった人に、手紙やらお礼の粗品を用意して渡さねばならない。

その配送準備に取り掛からねば。

自室の扉を開けてーークリスは身構えた。


「…誰」


何者かがクリスの部屋に侵入している。


「ん、ふぁ…あ、ごめん、おれ」

「なにしてんの…」


オッスと手をあくびしながら挙げたのは、同期のグレイだった。

こいつは第1中隊長かつ少将という出世株なのに、いつまでもクリスを構うし、勝手に部屋に侵入してくる悪いやつなのである。

でも、今日が最後のいたずらだよなぁ。

そう思うと少し感慨深いようで…やっぱないわーとクリスは思った。


「ちょっとおれとおはなししよー」

「いいけどさ…バレても知らないぞ」

「バレないよ」


当たり前のことながらクリスの部屋は女子士官部屋である。

いくら軍といえど、男女はよほどの有事でない限りきちんと分けられているので、侵入などした暁には本当はナムアミダブツな結末を迎えてしまうのだ。

なぜかこのグレイは1回も捕まったことがないので、ほっとする反面、人生は不公平だと思う。


「てかさー、まじで行くの、ワンドハイザー」

「まじで行くよ」

「スカンピラー出るかもなのに?」



この世界には軍がある。

なんのためかというと、それはどこからともなく湧いてくるスカンピラーと呼ばれる体長10mから20mほどの異形のバケモノを倒すためだ。

そして、スカンピラーの多くは森の中から出没する。

特殊なのは、クリスが配属されている首都イブリオールだけだ。

このイブリオールだけは空からスカンピラーたちがやってくる。

だからこの基地だけは、空を飛ぶ鉄の鳥ーートライネルと呼ばれる戦闘機をかって、超高高度での撃墜が必要とされるのだ。

スカンピラーが以前より激減したとはいえ出現している最中、戦果だけなら歴代のエースに追いつきそうなクリスが軍を去る。

それがこの同期には気になったようだった。

あと、森に近いワンドハイザーに行くことも。


「…もう出ないよ」

「そろそろその根拠教えてよ。クリスの言う通り、ここ最近スカンピラーの襲撃めっちゃ減ってるし」


クリスとグレイは、根拠について一瞬思いを馳せた。

2人が出会った日から今までのことを。



まだ入隊して半年ほどのとき、偶然グレイはクリスと昼休憩が被り、2人きりになった。

食堂は狭いので、必然的にわりと近くの場所になる。

クリス・マイヤー。

出自不明の元浮浪者だが、異様な戦果を叩き出す女エース。

グレイはそのとき、一方的にこの女エースを知っているだけだった。

しかし出自不明というのは、軍に入っている人間としてありえないことである。

軍部の諜報が洗って出ないとは、こいつはどんな奴なんだろう。

お貴族様の落とし胤か。

それともどえらい犯罪者の子か。

ここらで全然見ない容貌だから、遠い国の人間かもしれない。

そんなことをぷつぷつ思っていると、新聞を読みはじめたクリスが、あっと叫び、新聞を床に取り落とした。

訓練やらなんやらで見かけるたびに、ひどく無表情だなとグレイは思っていたのだが、それが今崩れている。

言葉で表現したがたい、ものすごい顔だった。

怒っているような、悲しんでいるような、しょうがなさそうな苦笑のような。

落ちた新聞がバラけてそのへんに散らばっていたので、拾うのを手伝ってあげるとぺこりとクリスが頭を下げた。


「ありがとうございます、デンニウム准尉」


驚いた。

グレイは軍部名家の子供なので、見知らぬ相手に名前を知られていることに驚きはない。

驚いたのは、初めて聞いた声は見た目より随分柔らかいクリスの声にだ。


「マイヤー3曹」

「えっ」

「えっ?」


名前を呼んだだけなのに、とても驚かれてしまった。

目をまん丸にして驚く様を見ると、随分幼く見える。


「えーと?」

「あっ、すみません…准尉のような方に知られているとは思わなくて」

「ここにいてあなたの名前知らないとかおかしいですからね!?」

「えっ…うーん…そう、なんですかね…」


えっなんだこれ。

グレイは、クリスのことをデキるクールなタイプだと風聞やらなんやらから勝手に思っていたのだが、随分自信なさげな性格だった。

あと、なんか抜けてる。


「いやね!?初出撃でスカンピラー3体撃破ってフツーないですからね!?」

「あ、はい聞きました」


今まであまり軍のことやスカンピラーの話と縁がなかったのだろう。

初出撃でスカンピラー3体撃破とか、歴代のエースでもしてない途方もない偉業なんだけど、まぁさえ上がってないから好感触。

そう思い、グレイは違う話題に話を振ることにした。


「ところで、新聞を見て随分驚かれたみたいですけど」

「あぁ…知り合いが写ってて」

「へぇ」


彼女が新聞を落としたのは、ラックから取って見始めてすぐのことだった。

開かれていない新聞となると、1面か最後の面に限られる。


「まさか、ジュリア様とか」


そう声をかけると、クリスはピキン!と凍ってしまった。

しまったと、顔に出ている。


「…あのね、マイヤー3曹。同期から言われるの不快かもしれないですけど、顔に出すぎですよ」

「はい…」


やっちまった〜という顔のあとにしゅんとした顔になるクリスに、グレイはおもわずニヤっとしてしまった。

こんなに表情豊かなのに、なんで仕事中はあぁも無表情かな、おもしろ!

とりあえずフォローのために言葉を繋ぐ。


「えーと、仕事中は大丈夫ですよ。ポーカーフェイス決まってます」

「あぁ〜…緊張してるんで…」


ついに耐えきれなくなって、声に出して笑ってしまった。

ゆるい、ゆるすぎる!

クリスはそれをヒデェといいたげに見ているので余計におもしろい。

必死に笑いの虫をおさめて、グレイは質問を投げてみることにする。

随分フレンドリーだし、顔に出やすいから今のうちに、だ。


新聞の一面を見てみると、この度王子に気に入られたジュリアと呼ばれる貴族の娘が王子と婚約したらしい。

3ヶ月後に結婚式をするとのことで、紙面から華やかな印象を受けた。

ーーしかし、である。

王子はまだ婚約者どころか、親しい女性もいなかったはずだ。

いきなりすぎではないか。

それはともかく。


「いい話ですよね」


王のあともこれで安泰だ。

21にもなってまだ妃がいない王子に国中がちょっぴり不安を感じていたので、少しでも明るくなるといい。

そう思って声をかけたのだが、クリスの顔は暗い。


「そう、ですね」

「あまり嬉しくない?まさか王子狙、」

「絶対ないです」


強く拒否された。

ゆるい声が張り詰めたのに驚く。

王子は顔がいいから、女性に人気なんだけど…違うのかな。

いやこの雰囲気そんなんじゃないよな。


「あ…あの、不敬になりますか」

「え?」


俯いてしまったクリスから、蚊のなくような声が届く。


「あの程度で不敬なら国民全員不敬になりますよ。ダメなものはダメって言えないとね」


そう言うと、目に見えて安心したようにクリスがため息をつく。

ということは、不敬を疑われそうなことを少なくとも王子には抱いているのか。

本当、どういうことだろう。


「あっ」


さらに問い詰めるために誘導をかけようとしたとき、昼休憩終了前のベルが鳴る。


「そ、それでは失礼します!」


ピャッと、クリスは去っていった。

獲物を逃したような気分になり、自分でも不思議に思う。

グレイはニヤリと笑った。



そしてそれからのち、度々グレイは奇襲をしかけ、クリスをおしゃべりという名の誘導尋問にかけ、じわじわと話を聞き出していく。

この時期にはお互いがトップエースとなり、出撃も被ることが多いため、随分砕けた付き合いを始めていたため、随分と絡むのが容易になってきた。

しかし貴族や王族を知っている様子などが大変怪しいため、クロだと判断すれば上層部に突き出す予定だったのだが、それは大きく狂ったのは、入隊して1年半でのことである。


「へ…?」

「やっぱ忘れて」

「いやいやいや、信じるからちょっと待って!整理させて」


クリスがグレイだからとついに話したのは、クリスと王太子妃ジュリアのとんでもないつながりだった。


「異世界…異世界とはまた、すごいのが飛び出てきたなぁ」

「ジュリア様はさておき、私には違和感あるでしょ?」


だからしつこいんだよねと半目で見てくるクリスは、随分顔に表情を出さなくなってはいるが、2人の時や隊にいる非番時は相変わらず豊かである。

これもグレイの誘導尋問の賜物なので感謝してほしいし、責めないでほしい。


「…まぁね。出自不明で元浮浪者、常識も欠けてるのに教養があるなんてチグハグだし」

「だよねぇ…」


現在海から首都へ向かってきているスカンピラーの迎撃作戦確認のためといって借りた第4会議室に、クリスの声が響く。

広いわりに2人しかいないのは、クリスが内緒話をしたいといったため。

いつも通りちゃちゃっとクリスとグレイが連携して撃破するだけなので、これといって作戦は実はないけど、他に聞かれたくない話なので防御機構のあるここをグレイの権限で借りている。


「で?あの日びっくりしてたのは?」

「うわっマジで王子落としやがったよってのと、えーと、これ不敬じゃないって先いっとくね。王子マジ死ねっていう…」

「不敬以外のなにものでもないじゃん?」

「おねがい通報しないでデンニウム中尉〜」

「はいはい」


クリス曰く。

異世界のチキュウなる星で、クリスとジュリアは幼馴染だった。

ある日2人でいるときに、この世界に召喚されたという。

そしてジュリアはすぐ王子に見初められ、筆頭魔術師は王子とジュリアの交わりでこの国からスカンピラーが駆逐されると言う。

ジュリアには聖なる力があるとかなんとか。

一方なんの力もない、召喚に巻き込まれただけというクリスは、ジュリアにうまいこと陥れられ、手切れ金を渡されたのち城下に放り出され、紆余曲折を経て兵士になったという。

王子とジュリアどころか、王宮の人間たちがノリノリでクリスにこの仕打ちを働いたという。

あっ王子とジュリア様がNo.1クソだわー不敬ごめんなさいねーあと王宮腐ってらー。

ところで。


「…交わりってなに?」

「それはまだ内緒。ほんとかどうかわかんないし」

「えー」

「あと絶対異世界のこと漏らさないで。もれなく私が処刑される」

「あいよ」


変に打ち切られて、それからのらりくらりと7年近くかわされ続けた話。

これで最後だからいいじゃん、おれクリスのことずっとバラしてないし。

そう言うと、ついにクリスは口を開いた。


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