八話 桃川 寧々
「ふー。間に合ったー。」
いやー。いきなり尿意が来たから焦ったよ。そう言えば宗輝くんの話の途中だったっけ。早く戻って続きを聞こうかな。
そんなことを考えながら曲がり角を曲がると…
「うわぁ!」
「きゃ!」
少し小柄な女の子にぶつかってしまった。女の子はプリントを持っていたらしく、ぶつかった衝撃で下にばらまかれてある。
「ご、ごめん!」
「い、いえ!こ、こちらこそごめんなさい!」
女の子がプリントを拾い始めるのを見て、僕も急いでプリントを拾い始める。僕のせいでこんなことになってしまったのだから、僕が集めるのが筋ってものだろう。
「あ、あの…。ありがとうございます!」
「いいって。僕のせいでこんなことになっちゃったんだしね。良かったら運ぶの手伝って上げるよ。」
「い、いえ!そんな、悪いです!」
アワアワとした態度が、小動物を連想させる。
「気にしなくていいよ。どこに運べばいいんだい?」
「あ、ありがとうございます。プリントは職員室です。」
女の子はペコリと、控えめに頭を下げた。
「「失礼しました。」」
プリントを届けた僕達は、職員室から出る。
「あ、ありがとうございました!」
「本当にいいって。気にしないでよ。」
さっきも思ったけど、この女の子は人見知りなのかな?
「あ、あの!お、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、うん。僕は2年C組の喜佐見 政宗。」
「わ、私は、1年B組の桃川 寧々です!」
改めて見ると、小柄な体型に、茶髪のボブカット、愛くるしい目が弱々しい小動物を連想させる。そう言った桃川さんの顔は真っ赤だ。
「桃川さん。ちょとジッとしてて。」
僕は自分の額と桃川さんの額をくっつける。うーん。熱がないな。まるで昨日の窓香みたいだ。
「ひゃぁっ!?き、きじゃみしぇんぱい!?か、顔が!?」
「?顔がどうかしたんだい?」
ん?よく見ると段々と更に顔が赤くなっていっている。
「わ、わたし…、わたし…!」
ドサッと音を立てて桃川さんが倒れる。
「!?も、桃川さん!?」
ど、どうしよう!見たところ桃川さんは気を失っているみたいだし!と、とにかく保健室に運ばないと!
僕は桃川さんを横にして両手で抱き上げ、急いで保健室に向かった。いわゆるお姫様抱っこだ。ファイヤーマンズキャリーの方が安定して運べるからいいのだが、それだと胸が…。と、とにかく僕は保健室に急いだ。
「失礼します!あの、先生!」
「!?ど、どうしました?」
僕が慌てて入ってきたため、保健室の先生は驚いたようだ。
「あの、この子が急に気を失って…。」
「それなら、ベッドに寝かせてあげて。様子を見てみるわ。」
先生に言われた通り、桃川さんをベッドに寝かせてあげる。
「うーん。見たところ特に気になるところはないんだけど…。この子が倒れた時のこと教えてくれない?」
「はい。顔が急に赤くなったので熱があるか確かめたんです。そしたら急に…。」
「よく温度計なんて持ってたわね。」
「え?いえ。温度計なんて使ってませんよ。」
「・・・え?じゃあどうやって…?」
「僕の額を桃川さんの額に当てたんです。」
「・・・」
あれ?なんで先生急に黙ったんだろう?
「そ…」
「そ?」
「それは先生に対しての当てつけぇぇぇぇぇ!」
「ちょ、せんせ…、ぐふっ!」
突然、先生が僕の襟を掴んで激しく揺らす。
「なによなによ!先生だってそういうことされてみたいわよ!なのに…、なのに!そもそもそんな相手がいないのよ!もうすぐ30歳なのに、未だに彼氏なんて出来たこともないのよ!高校生の時なんて教師になりたくて勉強!勉強!勉強!そのお陰で教師にはなれはしたけど未だに独身なのよ!私の青春を返してよー!」
「先生!ストップ!ストップ!」
ヤバイ。吐きそう…。というか青春を返せと言われても僕には無理ですよ!
「青春のバーカバーカ!先生泣いてやるんだからー!」
そう言って先生は保健室から走って出て行った。というか先生。既に泣いてませんでした?
「うぅ…。」
「桃川さん!気がついた?」
「・・・先輩?」
桃川さんは気づいたばかりで目が半開きだ。
「あれ?私…、!?」
またしても桃川さんの顔がみるみる赤くなっていく。
「しぇ、しぇんぱい!しゃ、しゃっきのあれは一体!?」
「さっき?」
うーん。何のことだろう?
「あの…、しょの…、オデコとオデコ、こっつんって…。」
オデコ?
「あー。もしかして熱がないか確かめた時?」
「え?熱…?」
「うん。だって桃川さん、ものすごく顔が赤くなってたからさ。」
「そ、そうですよね!お熱を確かめただけですもんね!」
「そう言えば、今も顔が赤いけど大丈夫?」
「は、はい!じぇんじぇんへいきでしゅ!」
うーん。本人が大丈夫って言っているから大丈夫なのかな?
「一応、5時間目は休んでおこう。またいきなり気を失ったら大変だからね。」
「ー」
「?何か言った?」
「!?な、何でもありません!」
あれ?確かに桃川さんが何か呟いていたように見えたんだけどな。
「それじゃあ僕は教室に戻るよ。」
「・・・はい。」
僕はそう言って保健室を出て行った。その時に桃川さんが寂しそうな顔をしていたような気がした。