裏ストーリー1話 寧々視点
授業終了のチャイムが鳴り響く。それと同時に昼休みは始まる。
「桃川さん。今の授業で配ったプリント。回収して後で職員室に持ってきてくれますか。」
国語の授業担当の若い女の先生が寧々に話しかけてくる。
「はい。」
寧々が頼まれたのは、彼女がクラス委員長だからだ。よく周りからの推薦でクラス委員長を任される人が多いが、寧々は自分から進んでクラス委員長になったのだ。理由はある一つの苦手を早く克服出来るのではと思ってのことだ。その理由というのが…
「桃川さん。はいプリント。」
「は、はい!」
う〜ぅ。やっぱり男の子と上手く話せないよ…。
寧々は女子小、女子中出身で、男にあまり耐性がないのだ。そのため、面と向かって話すと上手く話せなくなるのだ。
なんとかプリントを集め終えた(主に男子に苦戦)寧々は、直ぐに職員室に向かった。
「はぁ…。」
男の子と上手く話せない自分に対してため息が出る。そもそも、この苦手を克服しようと思ったのはお父さんのためを思ってなのだ。小さい頃から男の子と接したことがなく、お父さんは仕事が忙しく、月に1度しか家に帰ってこれなくて、元々人見知りだった寧々としては男とまともに話せなくなっていったのだ。そしてそれは、肉親であるお父さんも例外ではなかった。お父さんが寧々に話しかけても、寧々は壁に身を隠しながら会話をしたり、お母さんの後ろに隠れながら会話したりと、そのお陰でお父さんは精神的なダメージをくらっていき、寧々が中学二年生の冬に、ついにお父さんは泣いてしまったのだ。その姿をみた寧々は、お父さんとちゃんと話せるようにとこの学園に来て、男への耐性をつけようとしていたのだ。
(それなのに…。)
まだ入学して2日目なのだが、男への耐性がつくとは到底思えなくなってきてるのだ。
と、そんなことを考えていたせいで前をあまり見ておらず、横から出てきた男の人にぶつかってしまったのだ。
「うわぁ!」
「きゃ!」
その衝撃で持っていたプリントをばらまいてしまった。
「ご、ごめん!」
「い、いえ!こ、こちらこそごめんなさい!」
寧々は落としたプリントを拾い始めたが、目の前の男の人も一緒に拾ってくれる。自分の不注意のせいでこんなことになっているのに手伝ってくれるなんて、寧々は申し訳ない気持ちになる。
「あ、あの…。ありがとうございます!」
下に落ちたプリントを拾い終わり、手伝ってくれた男の人にお礼を言う。
「いいって。僕のせいでこんなことになっちゃったんだしね。良かったら運ぶの手伝ってあげるよ。」
「い、いえ!そんな、悪いです!」
プリントを拾うことだけでなく、運ぶことまで手伝ってもらうなんて、さすがにそこまでしてもらうのは悪いだろう。
「気にしなくていいよ。どこに運べばいいんだい?」
「あ、ありがとうございます。プリントは職員室です。」
きっとこの人は何を言っても手伝ってくれるのだろう。そう思い、寧々は礼を言うことしか出来なかった。
「「失礼しました。」」
プリントを届けた寧々達は職員室から出る。
「あ、ありがとうございました!」
直ぐに礼を言わなくてはと思い、寧々は男の人に礼を言う。
「本当にいいって。気にしないでよ。」
あ、そうだ。名前…。
まだ名前を聞いていなかったことを思い出した。恥ずかしけど、勇気を出して聞いてみる。
「あ、あの!お、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、うん。僕は2年C組の喜佐見 政宗。」
「わ、私は、1年B組の桃川 寧々です!」
自己紹介を終える頃には顔が熱くなっているのを感じた。きっと今の自分の顔は真っ赤なんだろう。
「桃川さん。ちょっとジッとしてて。」
そう言った喜佐見先輩は、いきなり顔を近づけ、私と先輩のおデコをくっつけた。
「ひゃぁ!?き、きじゃみしぇんぱい!?か、顔が!?」
あまりに動揺し過ぎて上手く舌が回らない。しかし、寧々本人はそのことに気づいていない。目の前にある先輩の顔で頭の中はいっぱいいっぱいなのだ。
「?顔がどうかしたんだい?」
「わ、わたし…、わたし…!」
なんだかだんだん景色が白くなってくる。しかしそれは一瞬の出来事で、直ぐに黒に塗りつぶすされる。そのことを理解した頃には寧々は気絶していた。
「うぅ…。」
気づくと寧々はベッドの上にいた。
「桃川さん!気がついた?」
「・・・先輩?」
あれ?なんで目の前に先輩がいるのだろう。目覚めたばかりで頭が回らない。
「あれ?私…!?」
寧々はさっきあったことを思い出した。するとまたしても顔がみるみる熱くなっていく。
「しぇ、しぇんぱい!しゃ、しゃっきのあれは一体!?」
こちらもまた、動揺し過ぎて舌が回らない。
「さっき?」
「あの…、しょの…、おデコとおデコ、こっつんって…。」
もはや言葉が幼い子供のようになっている。しかし、これまた本人はそのことに気づいていない。
「あー。もしかして熱がないか確かめた時?」
「え?熱…?」
どういうことなのだろう。
「うん。だって桃川さん、ものすごく顔が赤くなってたからさ。」
「そ、そうですよね!お熱を確かめただけですもんね!」
なんだか勘違いしていた自分が恥ずかし。何と勘違いしていたかってそれは…、ってやっぱりなし!いまのなしー!
「そう言えば、今も顔が赤いけど大丈夫?」
「は、はい!じぇんじぇんへいきでしゅ!」
ってわたし、今すっごく舌が回ってなかったよね!?ど、どうしよう!恥ずかしいよー!
「一応、5時間目は休んでおこう。またいきなり気を失ったら大変だからね。」
「・・・それは先輩のせいですよー…。」
寧々はボソリとそう呟いた。
「?何か言った?」
「!?な、何でもありません!」
うーぅ。もしかして今の口に出てた?もー!わたしのバカ!
「それじゃあ僕は教室に戻るよ。」
「・・・はい。」
そう言った先輩は、直ぐに保健室から出ていった。なんだろう…。なぜか少し寂しい気分…。
「あれ?なんかわたし、忘れているような…。」
その頃。寧々の机には弁当箱が一つの置いてあったのだった。