OC-7. 七人目
街に向かってる二人組、みたいな感じ。
レム君はお休みです。
「……おい」
「ん~?」
とある街へと向かう街道。そこに二つの人影があった。
一方は長身の男。それは見るものが見れば一目でわかるだろう、黒髪黒目の鬼人だった。
片手に握られた抜き身の刀、しかも禍々しい気を放っている刀身すらも黒一色の妖刀に、男の全身から常時放たれているのはそれ以上に禍々しい気配。
対してもう一方は未だ少女――見るものによっては幼女と発言しかねない程の残念な体型の、緑髪緑目の女だった。
隣の男から発せられる気に気づかない訳は無いだろうが、ソレを微塵も気に留めず、彼女は鼻歌すら口ずさんでいた。超・ご機嫌である。
「何だ、あの街は。魔法に疎い俺でも分かるレベルだぞ、アレは」
「う~ん、そだねぇ。何か傍目にも分かる程に混沌としてるよね、アレ」
二人の視線の先に見えるのは、ステフィアと呼ばれている街だった。遠目で見る限り、それは何の変哲もない街である。火の手が上がったり、空気が淀んでいたりなどしない、正常過ぎる程に正常な、ただの有り触れた街の様相でしかない。
それでも二人はこう断言する、――あの街は普通ではない、と。
「混沌と言うレベルか? と言うより、あそこに住んでいるバカ共は大丈夫なのか?」
「あ、キスケ兄、もしかしてあの街のヒト達の事、心配してる?」
「違う。純粋な興味だ」
「またまた~、無理しちゃ嫌だよ、キスケ兄。むふふ~、心配してるんでしょ? でしょでしょ?」
鼻歌を歌うレベルから、一層の含み笑いを込めて男の方を見る少女。
それに対して、男は絶対的な殺意を少女一人に向けることで応えた。
「――殺すぞ、スヘミア」
常人ならば間違いなく心身消失しているだろうレベルの殺気。達人であれ、身がすくんでもおかしくはない。
だがその少女は、それだけの殺気を受けてなお、笑みを崩さない。ただ可愛らしく舌を出して『ちょっとだけ反省』みたいな態度だけの仕草を見せただけだった。
「っとと。それは怖い怖い。あんまりキスケ兄の事虐めちゃうのも可哀想だし、今日はこのくらいにしておくよ。ね、だからキスケ兄も機嫌直して」
「――、ふん、まあ良い」
やはり不機嫌そうにしながら――それでもあっさりと殺気を収める男。
それを見て少女は本当に、心から嬉しそうに笑みに花咲かせた。
「あはは、でも本当にキスケ兄も“元に戻った”ね」
「元に――だと?」
「うん♪」
「俺は元になんて戻っていない。勘違いするなよ、スヘミア」
「ううん? 元に戻ってるよ、キスケ兄。元の優しい、キスケ兄にね」
「ふん、この漆黒の髪と目でも、か?」
「うん。たとえ【厄災】だとしても、キスケ兄はキスケ兄だし。それに――」
うぷぷっ、と堪え切れず少女が笑う。
その少女に男はまたも殺意で以て応えたが、やはりどこ吹く風。少女の笑いを止める事は叶わなかった。逆に男の方が苦々しい表情を浮かべる始末だった。
「お姉ちゃんの“教育”が随分と効いてるみたいだね~?」
「――アレは教育などと言う生易しいものでは、断じてない」
「だよねぇ。お姉ちゃん、本気になるとおっかないし?」
「……お前はアレの本気を見た事があるのか?」
「んー、……まあ一度だけ? 違う意味での“本気”なら何度か見た事あるんだけどね」
「違う意味での本気、か」
「そうそう。大体、レム兄様を追っかけてる時のお姉ちゃんとか、レム兄様をしばいてる時のお姉ちゃん、アレも一応は“本気”だし?」
「――ああ、本気であることには変わりないだろうが、な」
独白の様に呟きながら男はその光景に憐れみを浮かべ――る事など断じてなく、むしろ嘲笑を以て想像の中で叫んでいる“奴”に『ざまぁ』と呟いた。
全くの想像とは言え、それで多少は苛立ちが収まるのを感じる。
そんな男の隣では、少女もほぼ同様の事を想い浮かべていたらしく苦笑と、――彼女は絶対に認めないであろうが――ほんのりと頬を色付かせて悦楽の表情を浮かべていた。
「それにしても――」
男が改めて街へと視線を向ける。その視線は殺意ではない、敵意でもない、だが真っすぐな――凛としたものだった。隣の少女が言う、“かつて”の男が纏っていたソレに限りなく近いモノ。そして彼女の実姉が亡くなってから、男が決して見せなくなっていた表情。
「アレは本当に“何”だ? ――スヘミア、お前なら分かるんじゃないのか?」
「んー? 私も詳しくは分からないよ? まあ、ラライちゃんが先に到着してるみたいだね」
「――灼眼か」
「うん。それにスィリィ……冰頂も近くに、と言うよりもこっちに向かってきてるみたいだし。点睛にとっても懐かしい感じがするね、あの街からは」
「懐かしい――?」
「うん、とはいっても私じゃなくって、点睛の方の懐かしいだけどね。――多分、キスケ兄も分かってるよね?」
「……冥了、か」
「そ」
と、二人が歩いている街道の脇、茂みの中から何かが飛び出て――
「【厄災】の魔物どもも集まってきているようだな」
男の片腕が微かに霞んだ――かに見えた次の瞬間には、男と少女の背後には身体を真っ二つにされて息絶えた漆黒のオオカミの死体が転がっていた。
「うん、そうみたいだね。ソレにこの感じ――もしかして、記外もいたり?」
「記外――使徒かッ!?」
「うん。点睛の同僚~。まあ? 点睛が言うには冥了みたいに悪い子じゃないって言ってるんだけど?」
「――使徒の時点で俺にとっては殺す対象だ」
「……私も一応、点睛を名乗ってるけど?」
「――ふんっ」
機嫌悪そうに、少女から視線を逸らす男の様子に――彼女は心から、嬉しそうに微笑んだ。
「まあ色々と混沌としてるっぽいのは確かだし、こうして何故か私も、惹かれてるみたいにあの街に向かってるしね。――まあそんなのが無くてもレム兄様がいるんなら寄ってたと思うけど」
「……どちらにしろ面白そうな事が起きている訳だな」
「キスケ兄にとってはそうかもね。きっと近々、凄い事が起きると思うよ。それが解るかどうかは別としてね?」
「――望む所だ」
「ま、何にせよ……私としては早くレム兄に会いたいかな? またどんな女のヒト達をはべらしてるんだろうね~? ……一発殴っちゃおう、絶対」
「――良い様だ」
男は意地悪気にほくそ笑み、少女もまた、心底楽しそうに笑っていた。
街までの道のりは、あと少し。
…ほほほ。
いや、この後書きには全くの意味ないですが。