OC-5. 五人目
・・・・・・なぜこうなった? 的なお話。
『登場人物』
リーゼロッテ・スティン・・・緑髪緑瞳のエルフの少女。
「――ご機嫌麗しく?」
ソレが目の前に現れたのは午後、丁度のんびりとティータイムを満喫している時だった。
緑髪緑眼の少女――その容姿は驚くほど整っている、わけではなく。平凡そのもの。十人が出会えば十人がそのまますれ違ってしまう程に周囲に溶け込んでいた。事実、ここまで接近されるまで気づく事が出来なかったのだから違いない。
服装にしてもゆったりとしたローブを着込んだ、魔法使いとしては一般的……とまでは言わないが違和感があるモノではない。つまり、何処にでもある服装と言えば良いだろう。
特徴があるとすればその耳、だろうか。小人族よりも少しだけ長く先細った、妖精族に見られる特徴の。だがそれも髪に隠れていて目立つと言う程ではない。
男は飲んでいた紅茶を一旦テーブルに置いて、視線をそちらに向けた。
「よう、随分と早いお着きだな?」
「そうでしょうか?」
その少女は、誰にでもヒト受けするであろう笑顔を張りつかせたまま。まるで逢瀬を約束していた相手であるように、男の対面に座った。
「――で、主からの返答は?」
「申し訳ございません。私は主には逢った事がない故、あのお方の行方は知りません」
「本当かねぇ……?」
「それはどちらかと言えば、貴方の方がよくご存じでしょう? ――我が主が態々私の事を気に掛けるようなお方か否か」
「……ま、そりゃ確かにその通りな訳だが。――あ、コッコ、紅茶一つ追加なー?」
偶然通りかかった支給の少女に――一定の時間毎に通りかかるのは偶然とは言わないかもしれないが――追加で注文をする。
その際に支給の少女から『その女誰ですか?』的な視線があったりなかったりしたのだが、それは取り敢えず気付かない、あるいは気付かない振りをした。
「――随分と馴染んでいるようですね? それとも貴方にとってはそちらの方が地、と言う事でしょうか」
「まあな」
肯定を、或いは否定ともとれるように男は頷く。
「でもどうしたんだ?」
「どうした、とは?」
「いや、俺としては態々お前が俺の前に現れるってのは思ってなかったんだが?」
男の問いかけに少女は張りつかせた笑み、その目だけを器用に楽しげに歪ませて、
「一度は記外を殺したヒトに興味を抱くのは変なことではないでしょう? 以前より一度、お目にかかりたいとは思っていたんですよ」
その答えに男は僅かに黙考し。少しだけ微笑みを浮かべて恰好を崩した。
「……お前、少し変わった?」
「変わった、と言えば変わったんでしょうね。少なくとも貴方の知る記外は私でない事だけは確かです」
「だろうな。少なくとも俺の知ってるのは今のお前みたいに喜怒哀楽が有るよう“見せかける”なんて事はしてなかたし」
「――」
「ましてや? 今みたいに敵意を向けることすらなかったんじゃないのか」
「そう、ですね。人形に感情は必要ない……それがあのお方のお考えですから」
「へどが出るな」
「貴方にとってはそうなのでしょうね。私にとっては――当時はどうでもよい事でした。或いは本当に感情が無かった、と言っても差支えないでしょう」
「――へぇ。本当に変わってるみたいだな。そこまで赤裸々に自分の事を語るなんて。一体どう言った心境の変化か聞いてみたい所ではあるな」
「心境の変化、とは少し違いますね」
「違う?」
「はい。今の私は厳密に言えば【記外】ではなく【記外】という使徒、そして私――リーゼロッテ・スティンというエルフの牝姿体が融合した存在ですから」
「……融合?」
「はい。文字通りの、根幹存在からの融合です。あのお方が仰るにはこれも一つの“実験”と言う事でしたが」
「――」
実験、その言葉に男の雰囲気が少しだけ、本当に少しだけ変わるが。周囲は誰も気がつかない。
気がついた二人、赤い髪の少女はちらりと一瞥しただけでオヤツの時間を再開して。残る一人の緑色の少女は、ここに来て初めて、本当に楽しそうにコロコロと笑みを浮かべた。
「貴方が気に掛けることでもないでしょうに。それに今の私はこの現状に満足しています。ですから貴方が気にする必要は何処にもない」
「……現状を気に入っていると?」
「ええ。他の使徒――【点睛】【冥了】【十色】はどう思っているのかは知りませんけど。と言うより、リーゼロッテは彼女らに会った事は無いんです。私がこの状況を理解できたのもつい最近の事ですからね」
「つい最近?」
「はい。少し――とは言っても長寿種の感覚で少し前の事ですが、その時に感じたあのお方と女神シャトゥルヌーメの力のぶつかり合い、その時に少しだけ、思い出しました」
「少しだけ、って事は全部じゃないのか? いや、そもそも今も全部分かってるわけじゃない?」
「そうですね。そうかもしれません。そういう意味でも貴方に会えば少しは何か分かるかも、と思った事を否定はしません」
「その割にはあのクズがボロ出してから、それなりに時間が経ってると思うが?」
「貴方の傍に居た“彼女”が邪魔でしたから。“彼女”の監視がなくなるのを待っていました」
「……あー、なる」
「そういう訳で、今が好機と思ったんです。貴方に先制を期された時は驚きましたけどね」
「……ふむ。で、何か思い出せたか?」
「いえ、残念ながら何も。一度自分を殺した相手だと言うのに、貴方に対しては不思議と憎しみすら湧き出て来ないのが少しだけ不思議ではありますが」
「……憎んではいない、と?」
「不思議ですよね? ――まあ、殺された私と今の私が完全な別存在、と言うことなのかもしれませんが。或いは単なる前世の記憶、程度なのかもしれませんね」
「前世の記憶だったら『記外』の力は使えてねえよ」
「そうですね」
少女はころころと笑い、それからまたヒト受けする笑みを張りつかせた。
「――で、お前が、」
「私の事はリーゼロッテ、と呼んでくれればいいですよ」
「そか。俺の事はレムって呼んでくれればいいぞ」
「はい、レム」
「んで、リーゼロッテ」
「何でしょう?」
「リーゼロッテが態々俺に会いに来た理由ってのは、自分の事で何か思い出せるかもしれないから、って事で良いのか?」
「そうですね。後は今の私の事を貴方に伝えて置きたかった、と言うのも有りますが」
「ふーん。……と、言う事はリーゼロッテの用事はもう済んだ、って思っても良いのか?」
「そう、ですね。……まあ、一応は」
「そかそか。――じゃあ用事も済んだ所で。改めて聞くけど、今後の事をリーゼロッテとしてはどう考えてるんだ?」
「どうとは?」
「今後の生き方とかその辺り。遊んだり、気楽に暮らしたり、俺の愛じ」
「ないですね」
「……最後まで言わせろよ」
「ないですね」
「……そですか」
「……――まぁ、今は“まだ”、ですが」
「――?」
「いえ、何でも……そうですね。あのお方には既に“捨て”られていますし。今まで通りのんびりと生きて行こうかと」
「そか。なら俺から言う事は特にないな」
「そうですか。――では、」
「――?」
次の瞬間。
少女の恰好が“へにゃり”と崩れた。今まで張りつかせていた笑顔や好意、雰囲気そのものが全て“へにゃり”となる。
「この子可愛いですね燎原でしょう燎原ですよねいえ絶対燎原ですよこの子、でもなんですかこの可愛さはもう反則じゃないんですか卑怯ですよ非道ですよ鬼畜ですよ、この子を一人占めして貴方は何様のつもりなんですか、一目見た瞬間嫉妬で殺そうかと本気で考えましたよええ、本当に。――ねえ、名前は何で言うのかな?」
ちなみに言葉の大半は男に向けて、最後の一言だけはオヤツをもぐもぐしていた赤い少女に対しての問いである。
「……アルア」
「そっか、アルアちゃんて言うんだー。偉いねー、可愛いねー、どれ、お姉さんが撫でてあげよう、ほらほら~♪」
「……や!」
「――何この子!? ちょっとかわいすぎるんだけどッ!? はぁはぁはぁ――!!」
そこに今までの落ち着いた、目立たないようで万人にヒト受けするような少女の面影は微塵も残ってはいなかった。
――幼女趣味である。
「って、怪し過ぎるわボケェェ!!!!」
「――失礼。少しだけ取り乱してしまいました。今のは忘れて下さい」
「……や、無理だろ? と言うか、言葉だけ取り繕っても表情がヤバいから。そこも一応取り繕っとけよ」
「おっと」
「……目が未だヤバいぞ~?」
「――これでどうでしょう」
「……まー、一応は大丈夫だな。一応見た目だけは愛嬌が良い女の子に見えるぞ」
「ふぅ、危ない危ない」
「――ゃ、危ないも何も既に色々と終わってるから。……まあアルアが可愛いって事は全力で同意するが」
「――でしょう!?」
「ふっ、遂に俺にも理解しあえる同志が出来たか!」
「『アルちゃん同盟』と名付けましょう」
「お、なんかそれっぽくていいな、それ!」
「……!(ふるふるふる)」
全力で赤い少女が首を横に振ってたりしたが、……二人は見て見ぬふりを決めた。
この瞬間が後世に語られる……なんてことがあったりなかったり? 『アルーシア同盟』の始まりの瞬間だったそうな。