ゆめ
メイドさんとご主人様。
・・・・・・のーこめんとで。
「……は、ふぅ」
「? どうした、溜息なんて珍しい」
「――ぁ、旦那様」
「よっ、何だ、物憂げにして。ちょっとだけ恋しちゃってる乙女(?)とかに見えなくもなかったぞ」
「……それは旦那様の目が悪いのでしょう。――ふぅ」
「……ほ、本当にどうかしたのか? 何かあったのか? 発情期――は、確か違うし。別に気温とかもおかしい訳じゃない、体調は? 何処か不調な所とかないか?」
「いえ、特には御座いません。御心配して下さり、ありがとうございます、旦那様。それと私は別に発情期など御座いませんのであしからず。万年発情期盛りの旦那様では御座いま――……ふぅ」
「――、なあ、おい。真面目な話、本当に大丈夫か、お前?」
「はい。御心配をおかけして申し訳ございません、」
「いや、それは別に良いんだけどさ」
「ありがとうございます。ですが……“原因”は既にはっきりしておりますのでどうか私のことは心配なさらないで下さいませ」
「原因……分かってるのか?」
「はい」
「――ふむ、その上でお前は心配する必要はないと、そういう訳だな?」
「はい、旦那様」
「……」
「……」
「よし、分かった」
「ご理解いただけたようでなによりでございます。では旦那様、私の事は――、あの、旦那様?」
「ん?」
「その、この手は何で御座いましょう?」
「何だと思う?」
「ダンスのお誘いですか?」
「近い、けどおしいモノがあるな」
「はあ」
「と、言う訳でちょっくら行ってみようか~」
「あの、旦那様? 別に手を引いて頂かずとも、自分で歩けますが――」
「まあ、まあ」
「……旦那様?」
「だめ。手を離すって案は却下する。お前、逃げるし」
「いえ、旦那様から逃げようなどとは」
「いいや、絶対逃げるね。あれこれ理由つけて、取り敢えず俺から離れようとするはずだ。何か今のお前、微妙に俺の事避けてるっぽいし」
「旦那様を避けるなど、その様な事は決して」
「御座いません、とかちゃんと考えた上で俺の目を見て、“俺に対して”言える?」
「……」
「どうだ?」
「――言えません」
「だろ?」
「確かに今の私は、夢見心地が少々……でしたので、旦那様を避けていたかもしれません」
「夢見心地? それってもしかしてお前がさっき言ってた物憂げにしてた原因ってやつか?」
「ええ、はい。一応そうなります」
「一応、ねぇ。……つか、夢見心地が悪かったとか、その程度の理由であそこまで気落ちするなんて、お前一体どんな夢見たんだ?」
「旦那様が出て参りました」
「って、俺かよ!?」
「はい」
「つまりお前は俺が夢に出てきて夢見心地が最悪だったから、あんなに憂鬱だったと。そういう訳か!」
「いえ、私は夢見心地が悪かったなど、」
「あ、いや、でも待てよ? お前がそれだけイヤがる夢、しかもその原因が俺と言う事は――もしやこれは使える!?」
「私は夢見心地が悪いなど一切申し上げておりませんが、旦那様? ちゃんと聞いておりますか?」
「ああ、聞いてる聞いてる。そんなことよりも、だ」
「その反応から察して全く聞いていないと見受けましたが。……はい、何で御座いましょうか、旦那様」
「お前が見た夢ってどんな夢だ?」
「……そう尋ねて来られるだろうと思いました」
「うん、で、どんな夢だ?」
「あまり、その様に目を輝かせないで下さいませ。それほど大した夢では御座いませんよ?」
「大丈夫、分かってる。それにその辺は俺が判断するから、取り敢えずは今後の参考の為にもどんな夢だったのかを聞かせてくれ」
「……」
「ん? 駄目か?」
「いえ」
「――ふっ、そこまで躊躇うとは、何だか無性に聞きだしたくなってくるじゃないかっ!」
「……あの、旦那様」
「って、言う気になったのか?」
「はい、いえ元より旦那様が望まれるのであれば……ですがその前にご提案が一つあるのですが宜しいでしょうか?」
「ん? 提案……言ってみ」
「私がどのような夢を見たのかを話した後……一つだけ私の願いを聞き届けては頂けないでしょうか?」
「……お、お前の“お願い”か」
「いえ、大層なものでは御座いません」
「お前基準で大層じゃないって言われても、」
「予め話しておきますと、旦那様に私が見た夢の通りの行いを一度、なさってほしいのです」
「お前の夢の、を、俺が?」
「はい」
「……何考えてるんだ、お前? つか、いや、それは願ったり叶ったりだから別に良いけどよ、」
「――言質、とりましたからね?」
「? あ、ああ。それは別に構わないんだが。と言うか、本人嫌な事を態々してもらうって、お前そんな趣味あったっけ?」
「少なくとも私に旦那様の様な被虐的嗜好は一切御座いません」
「だよな。お前、どちらかと言えば嗜虐的嗜好だし」
「いえ、その様な事も断じて御座いません」
「いや、それは無いだろ。つか自分の日頃の行いを省みてから言いやがれ」
「……」
「どうだ、どう考えてもお前は嗜虐、」
「はい、私にはそのような嗜好は一切御座いませんが、それが何か?」
「――コイツ、マジだ!?」
「それはそうと旦那様、念の為に再度確認させて頂きますが、確かに先の約束、しましたからね?」
「? ああ、お前の夢見た通りに俺が、ってやつだろ? 分かったって。と言うより一々そんなこと聞いてくるなんて、やっぱり今のお前、少し変だぞ?」
「変…………――と、言うならば、今の私は確かに少々、変なのかもしれませんね」
「ああ。だからこう言う時は細かい事をぐだぐだと考えずに、何もかも忘れてぱっと遊んだり身体動かしたりするのが一番良いんだよ」
「――ああ、向かっている場所は訓練場で御座いますか」
「そ。取り敢えず身体動かすのが一番手っ取り早いだろ?」
「旦那様と楽しくピクニック、と言う選択肢も御座いますが?」
「え、いや、ないだろ?」
「ないのですか?」
「そりゃ、ほら、ピクニックには色々と準備とかその辺りが必要だろ?」
「何も準備せずに、と言うのもまた一興かと存じ上げます」
「あー、まあそれはそうなんだけどな。取り敢えず今はお前の憂さ晴らしをさせようってのが第一目的な訳だからな。って事はやっぱり身体動かす方が手っ取り早いだろ?」
「……そういう事にしておきましょうか。何より今の私は気分最上ですし――それはそうと旦那様? “軽い”運動のお相手は当然旦那様がなさって下さるのですよね?」
「……身体能力の九割減、魔法その他一切の魔力使用禁止、使用武器は剣のみ、という条件で良いならお相手しよう」
「はい、ありがとうございます、旦那様」
「つか、この条件で勝率が五分五分とかやってられねぇよ」
「いえ、確か勝率は六分四分で私が勝っていたはずですが?」
「……だっけ?」
「はい」
「うっわー、俺、負けてたのか、そうなのか。……すっげぇショックだ」
「それは旦那様も手を抜いておられるからでしょうに」
「……俺、至極真面目に取り組んでおりますが?」
「ご謙遜を」
「いや、謙遜でも何でもなく、」
「旦那様はどちらかと言えばカウンタータイプの戦い方が主流で御座いましょう?」
「……まあ」
「ならば私に正面から斬りかかってくる時点でそれは本気ではないでしょうに」
「いや、だから俺はちゃんと本気で」
「ですが“勝つ”気は御座いません」
「……」
「旦那様は剣を振うのを楽しんでおられますからね。そのお相手として私が選ばれるのであれば、それは非常に嬉しい限りに御座います」
「……どんな事を言われようがアレは俺の本気だ。それに間違いは無い」
「はい。旦那様が本気――と言う事は初めから一切疑ってなどおりません」
「……――っと。それはそうと、おい」
「はい、旦那様?」
「危うく話の流れで忘れる所だったが、ほら、話せ。お前の夢の話。いつの間にやらうやむやにしようとか、そんな事はさせないからな」
「うやむやなど……――例え神ならぬ旦那様に指図されようともそんな事は御座いません」
「そうか。それは良い覚悟だ。で、じゃあ話してもらおうか、お前の夢の話を」
「はい。そうですね……ですがその前に一つ、宜しいでしょうか?」
「何だ? 今更さっきの約束はやっぱりやめるとか?」
「――それは在り得ません。そうではなく、」
「ではなく?」
「私が夢の内容を話す間、旦那様は一切の口を挟まないようお願いしたいのですが、宜しいでしょうか」
「ん? ああ、分かったぞ。話の輿を折られたら嫌だもんな」
「はい」
「ん。それはちゃんと分かった。さあ、だから早く話してもらおうか」
「はい。では――……そう、アレは“珍しく”私が寝坊して、旦那様が先に起床されている時の情景でした」
「いや、俺がお前より早く起きてるとか、そんなこと今まで一度でもあったか?」
「……旦那様?」
「あ、ああ、悪い。そう言えばそうだったな、話の輿を折らない、っと。悪い悪い」
「――いえ。では続きを話しますが……私がまどろみの中幸せに眠っていると旦那様がこそこそと現れて、私を起こして下さるのです」
「叩き起こすのか?」
「……旦那様」
「あ、ああ!? と言うか、お前の話にツッコミ要素があり過ぎるのが悪いと思うんだが」
「そのような事は御座いません。それにお願いですから、黙ってお聴きになって下さいませ。これからが良い所なのですから」
「ああ、分かった、悪かった。今度こそお前の話が終わるまで俺は喋らないから、続きを頼む」
「はい。では――」
◇◇◇
まどろむ私の意識の中、声が聞こえた。
「――朝だぞ」
その声は澄み渡り、優しく囁くように私の頭の中に響いてきて。
そしてそれをとても幸福に感じるのです――ああ、あのヒトの声がする、と。
その声がもっと聞きたくて、私は少しだけ起きるのを躊躇いました。……ええ、少しだけ寝ぼけていたのでしょう。
「……やれやれ、仕方のない奴だな、ホント」
仕方のない――私もそう思いますが、それでもあともう少しだけ、このまどろみに身を委ねて居たいと言う想いの方が勝っているのか、起きる気にはなりませんでした。
それに。
耳に届いた苦笑に何処かあのヒトの優しさが感じられたから。
「ほら、お寝坊さん、もう起きる時間だぞ? それに何時までも夢の中にいちゃ、時間がもったいないだろう?」
「……ん」
優しく揺すられる身体。
起きなくては、と言う思いと起きるのが勿体ない、という二つの思いがせめぎ合う。
「――全く。こうして見れば寝顔はホント可愛い……いや、綺麗? 穏やかなものなのにな。何か何処となく幸せそうにしてるし。ほら、今どんな夢見てるんだ?」
頬が優しく、何かに押される。
あのヒトの指が突いているのだ……と思うと少しくすぐったくて、それ以上に嬉しさを感じてしまった。
「? また随分と幸せそうにして……一体どんな夢を見てるんだか」
当然、貴方の夢を――と想うが口には出ない。吐息とだけなって私の口から漏れた。だって私は、まだ夢の中にいるのですから。
「ずっと眺めてたい気もするけど……ほら、いつまでも夢の中ばかりにいないで。起きてくれよ。じゃないと俺の方が寂しいだろう?」
寂しい――その言葉に胸が少しだけ痛んで。やっと、起きる意思の方がまどろみの幸せに勝った。
それでも私は未だ幸せに浸かったまま、少しだけ寝ぼけているのだけれど。
「……旦那様、お早うございます」
「ああ、お早う。ほら、良い朝だぞ。今日も一日、良い天気だ」
「……それはそうでしょう?」
「まあ、結界で守られてるしな。そう言われれば確かにその通りな訳だが、折角の朝なんだから、爽やかな朝、とか気分が良い方がいいだろ?」
「はい、それはそうですね」
とは言っても、まどろみの中あのヒトに優しく起こされて――それ以上の幸せな朝なんて、……一つくらいしか思いつきはしないのだけれど。
その一つは……
「ん? 俺の顔見てどうした?」
「……いえ」
思わずじっと顔を見つめてしまっていたみたいで、少しだけ恥かしい気持ちと、それ以上にあのヒトの声に含まれている優しい響きに嬉しくて俯いてしまった。
「言ってくれなきゃ分からないぞ?」
「……」
「、ああ、そう言えばお目覚めのキスを忘れてたな」
「キス……? 旦那様、何を言って――」
少しだけ、何か企むような、意地悪な響きを含んだ声。
理由を考えるつもりもない、何か期待するように一度だけ高鳴った胸と。あのヒトの言葉の意味が分からない困惑。
そっと頬に添えられた手に避けることは出来ず――拒絶するなんて選択肢は初めから存在しなかった。
耳元の髪を優しく穏やかに梳いてくれる手を少しだけくすぐったく思いながら、顔を上げ――
優しい温もりが永遠とも言える刹那の間だけ、私の唇に触れて、離れて行ってしまった。
「……ぁ」
「――おはよう。お目覚めは如何だ?」
「……」
余りの幸せ酔いに、自然と今触れたあのヒトの口元に視線が行ってしまって。
「ん? もしかして一度じゃ足りなかったか?」
なんて言葉に。
全力であのヒトから視線を逸らして、未だ温もりが残っている気がした唇に手を当てた。
「っっ」
「どうした? 今日のお前、何だか変だぞ?」
「へ――っ」
――変なのは旦那様の方ですっ。
その言葉は、私の口から出る事は無かった。
両手を掴まれて、さっきまで寝ていたベッドに押し倒されていたから。
……押し倒す? 誰に?
――あのヒトに???
掴まれた両手はまるで空間ごと固定されたみたいに動かない。足は足であのヒトの両足に抑えつけられていて、少しも動かせなかった。もう完全に、組み伏せられた状態。
すぐ近くに迫ったあのヒトの顔が……何か、強く熱い意思の様な感情が籠った瞳が真っすぐと私に向けられていて。
「――どうした?」
「どうしたと、その……旦那様?」
「ん?」
「旦那様の方こそ、へンッッ」
……また、唇を塞がれた。
「変なのはお前の方。そんな顔真っ赤にして、思いっきり目を潤ませといてさ。何? こんな朝っぱらから俺に襲ってほしいの? お誘いな訳? 俺は全然構わないぞ?」
「は、いえ、……その?」
目の前の旦那様は、本当に本物のあのヒトなんだろうか?
そんな一瞬の疑念は、ただまっすぐ向けられる熱の籠った瞳の前には少しも意味を成さず。
「ふっ……ほんと、仕方のない奴だな」
何処となく意地悪な響きの声と一緒に、あっさりと私の事を離してくれた。
……その温もりが離れて行くのを名残惜しく思う私は間違いだろうか?
「――ぁ」
「ん? 何、やっぱり今の続きをしてほしいとか?」
「……違います」
「そうだよな。こんな朝っぱらから。ホント、仕方ない奴だよ、お前」
「……仕方のないのは旦那様の方です」
「クククッ」
意地の悪い笑い方。
でもそんなあのヒトも、そんなあのヒトだからこそ、私は――
また唐突に、キスされた。
「ほら、これで機嫌直せ。朝っぱらからそんなんじゃ、今日一日も嫌になっちゃうだろ?」
「……はい、そうですね」
「それで、――機嫌は直った?」
「――」
分かっているくせに。態々聞いてくるなんて本当に意地の悪い……。
黙ったまま視線を逸らして、それでも一応頷いて――気晴らしにボディーブローを一発、“全力で”叩き込んでおいた。
「よかった。お前の機嫌が悪いんじゃ、俺の一日だって最悪な日になっちまうしな」
それでもあのヒトは何事もなかったかのように――……“壁に叩きつけられた体勢のまま”優しく笑みを向けてくれていて。
「――旦那様、直ちに朝食のご用意を致しますので、少々お待ち下さいませ」
気持ちを少しだけ切り替えた。
……正確には、切り替えようとした。
「ふっ、そんな事もあろうかとっ、既に朝食は俺がつくってある! お前は身支度が済んだら食堂に来てくれればいいよ」
よっ――という掛け声とともにめり込んだ身体を壁から剥がして、向けてくるいつも通りの朗らかな笑みに。
「……はい、旦那様」
そう言えば身支度もまだだったと、少々と言えない程に着崩れていた寝巻――バージョンのメイド服――をさっと元に戻した。
でも恥ずかしい姿を見られてしまったと、自意識過剰と分かってはいるけれど胸元を少しだけ腕で隠して、そんな私をあのヒトは苦笑するように笑ってくれた。
◇◇◇
「――いやいや、待てっ、いい加減少し待て、イヤ少しと言わず大いに待て!!!!」
「黙ってください。何ですか旦那様、黙らせますよ。これから“次第に”盛り上がっていく所なの口を挟まないで下さいませ。黙らせますよ」
「し、次第にって……こ、これ以上をどう盛り上がると?」
「それはこれから語らせて頂きますので、どうかご心配なさらぬよう。旦那様にはしっかりと、“実践”出来るように覚えていただかねばなりませんからね。一度で無理と仰られるのであれば、何度でもお聞かせいたします」
「……」
「ああ、御心配なされずとも“濡れ場”も御座います」
「――誰もそんな事を心配しちゃいねえ!!!」
「既に御承知済み、と。それは失礼いたしました」
「承知もしてないよ!?」
「では、続きをお話ししましょうか。まだ夢の内容の一割も話していないのですから」
「これでまだ一割未満!?」
「――そう、あれは非常に鮮明な夢で御座いました。ほぼ丸一日の情景ですので、期待していて下さいませ」
「い、一日……!?」
「――ああ、それと旦那様? 先程の“約束”、夢々お忘れなきよう」
「!?」
「では、続きを――」
語るメイドと、ホールドされて逃げられないご主人様。
いつの間に、二人の周りには奴隷達が集まっていたそうな。