AC. ヤハシュ
何か変だったので、補足?
待ち合わせの場所――そこに相手の姿を見つけて、少しだけ駆け足で向かった。
「あ、待った?」
「ううん、それほどでもないわよ。大体、未だ約束の時間じゃないしね?」
「そっか、なら良かった」
もしかして遅れたのかな? なんて一瞬思ったから、そうじゃないのなら、良かった。
でも――
「どうかした? 私の顔に何かついてる? あ、それとも髪が変とか?」
「あ、いや。別に普段通りのコッコだけど、」
「そっか。…………よかった」
「?」
あれ、コッコ、今一瞬だけ不思議な表情してたような……?
「ならどうして私の事をじっと見てたの?」
「あー、うん。つくづく思うんだけど、どうしてあのハゲからこんな子が生まれるのかなって考えてただけ」
「ハゲ……ああ、お父さん?」
「うん、そのハゲ」
「つくづくお母さんに似て良かったと思ってるわ」
「全くその通りだと思う」
「うん。――で、どうかしたの? またお父さんに何か言われた?」
「あ、いや、今日は別にあのハゲに何か言われたとか、そういう訳じゃないんだけど……」
「けど? と、言う事は何かあったの?」
「あったと言うか、無かった事にしたいと言うべきか、」
「?」
「えっと……ほら、最近噂になってるじゃない?」
「噂?」
「ほら、街の娘っ子達を誑かしまわってる、鬼畜な性犯罪者」
「ああ、うん、いるね。その噂なら私も聞いた事あるわ」
「で、ね。その性犯罪者を捕まえに行けって、ハゲに言われて――」
「だ、大丈夫なの!?」
急に立ち上がって、私を心配してくれているコッコの様子を嬉しく思う。思う、けど……あれはなぁ。心配とか、そういうのとは何か無縁っぽいし。
第一、コッコだって――
「あ、うん、まあ、私はこの通り無事だから。コッコ、少し落ち着いて」
「……――そうね。ヤシュハ、いつも通り無駄に元気そうだものね」
「何ソレ、私に喧嘩売ってるわけ?」
「いいえ、違うわよ? 第一喧嘩なんて野蛮な事で、か弱い女の子の私がヤハシュに勝てるとも思わないし?」
「やっぱり喧嘩売ってる?」
「違うわよ、ヤハシュは強くて恰好良くって、元気で実直でちょっとだけバカそうで、」
「――ねえ?」
「あ、ううん。兎に角、ヤハシュは強いから大丈夫よね、って言いたかっただけよっ」
「強い……私そんなに強いかな?」
「強いと思うよ? お父さんも褒めてるし」
「あのハゲが?」
「うん、あのハゲが」
「……ハゲに褒められてもなぁ」
とは言っても、あのハゲに勝てた事、今まで一度もないんだけど。
あの顔(疲れ果てた中年顔)、あの体型(お腹がかなりぽっちゃりのぼよよん)で私よりも早いし強いしとか、未だにあり得ないと思う。伊達で私の上司じゃない、と言う事なんだろうけれども。
「ヤハシュは筋が良い、イジメ甲斐があるって、お父さんいつも喜んでるよ?」
「――よし、あのハゲ、今度絶対ボコる」
「程々にね?」
「分かってる」
じゃないと書類整理とか、面倒な仕事が私にも回ってくる事になりそうだし。そういうのはあのハゲに全部押し付けておけばいいんだ。
「その時にちょっと、嫌なものを見てね」
「嫌なもの? なに、それ」
「うん、まあ……その性犯罪者なんだけど、あのハゲと何か急に意気投合しだして」
「……え、お父さんと意気投合?」
「そう、あのハゲと意気投合してた。それがもう、私には入りたくない空気でさ……あ、思い出しただけで寒気がしてきた」
「大丈夫?」
「まあ、……思い出さなければ」
「そんな記憶さっさと忘れちゃった方がいいわよ」
「全くその通り、」
なんだけど……ちょっと、いや、かなり気になることがあってもう一度コッコの顔を見る。
「うん? なによ、ヤシュハ」
「それはそうとね、コッコ」
「だから、なに?」
「最近、何だか機嫌がよさそうじゃない? 何かいい事でもあったりする?」
「ん~、そう見える?」
「見える」
機嫌が悪い時なんてあのハゲ譲りの怒気を振りまいてて、そんな時のコッコは私でも近づきたくないし。
そういう意味で今のコッコはもうニコニコだった。
いつもなら、私より先に憑いていたら何か一言くらい言ってくるのに。……本当に何かあったのか?
いや、それ以上は考えない、考えたくない。
――っていう、こんなタイミングに限っての事だった。
「お、そこにいるのはコッコ、と……」
「あ、レムさん、こんにちわっ」
「おう、こんにちわ、コッコ。今日も可愛いぞ」
「え、そ、そうですか……?」
「うん、可愛い、可愛い」
「……え、えへ♪」
……おかしい、私の目の前にいるのはコッコのはずなのに、コッコじゃない誰かがいる。
頬がちょっと染まっていて、大人しく縮こまっているコッコなんて、コッコじゃない。私が気がつかない、いつの間に入れ替わったのだろうか? そして本物のコッコは何処に?
「えっと、あとそっちのは確か」
――なんて、現実逃避は止めておこう、うん。
「ヤハシュだ」
「ああ、うん、そう、ヤハシュ。ヤハシュもついさっきぶりだな」
「そうだな、犯罪者」
「え、ヤハシュ、何言ってるの?」
「いや、だからコレが件の性犯罪者」
「やだ、ヤハシュったら。レムさんは犯罪者じゃなくて、紳士よ?」
「紳士……!? コレがか?」
「ええ」
「聞いて驚け見てびっくりっ、俺は――変態と言う名の紳士だ!」
多分、それは生まれてこの方、一番すんなりと胸に入り込んできた言葉だったと思う。
「……、ああ、非常に納得した。確かにコレは紳士なようだ」
「でしょう?」
「ああ、間違いなくコッコが正しい。今回は私が間違っていた」
「うんうん、だからレムさんは紳士なのよ」
何だろうか、コッコの言っている紳士と私の言いたい紳士にすれ違いがあるような気がする……気にするのは止めよう。
「それはそうとよく無事だったな、犯ざ……レム」
ちゃんと言いなおしたのだから、コッコ、お願いだから睨むのを止めてほしい。
「無事? 何のことだ?」
「よくあのハゲから逃げだせたな、と言っている」
「ハゲ? ああ、あの――」
「お父さんッッ!! なんて事を!!!!!」
あ、コッコが怒った。
「マイ・フレンドのことか?」
「え、お父さんと友達なんですか、レムさんっ!?」
……コッコ、それは少しだけ変わり身が早過ぎだと思う。
「ふっ、彼の事はまるで我が事のように分かるんだ。まあ、何も言わずとも分かりあえる関係ってやつかな?」
「そ、そうなんですか~、…………お父さんも偶には役に立つのね」
「――うん、“その辺り”の部分とかが実に共感できると思いました、まる」
「え? 今何か言いました、レムさん?」
「いや、何も?」
「そ、そうですかー」
お願いだから、こんなところでも私を置いてけぼりにして展開が進んでいくのは止めてほしい。
と言うよりも二人ともの呟き声がバッチリ聞こえていた私はこの場合、どうすればいいのだろうか?
「……」
何もしない事にしよう。やっぱり第一印象の通り、この目の前の性犯罪者には関わらないのが一番だろうと言う結論になった。
――さて。
何か乙女っぽく目を輝かせているコッコと、哀愁漂う感じに独り言を呟いているレムを横目に…………現実逃避でもしようか。
「……はぁ」
レム君はいつも通りのレムでしかないのである、まる