OC-2. 二人目
……済みません、何か色々してたら遅れました。
「おー、発見っ」
正面から届いた聞いた事のない、だが知っている声に彼女はびくりと身体を震わせた。
男がいた。やはり知らない、だが確かに知っている。
――どくん、と胸が嫌な感じに鳴った。
何かこの場所にいてはいけない、“逃げなければ”などと言う突拍子もない考えが脳裏に思い浮かんだが、それが何故かは分からなかった。
ただ漠然と、何故目の前の男にこれほどまでの接近を許してしまったのか、それだけが彼女の脳裏に浮かんで、消えた。
「でもま、珍しいの見つけたなぁ」
「……」
「まさかお前まで現界してるとは思わなかったぞ、記外。――とは言っても? 今は遠くから観てるだけみたいだけど」
「……」
「流石は俺、――と言うよりもコレはアルアの手柄か、もしかして?」
アルアと言う言葉に、初めて男の隣に一人の少女がいる事に気がついた。正確には――男の存在より先にそちらに気がついていたのだが、そちらを気にする余裕が消し飛んでいた、と言うのが正しい。
赤い髪に赤い瞳の、赤い少女。その表情には何も浮かんでいないが、その存在には不思議と心惹かれるものがあった。
「ま、そんな事言っても理解出来てる筈もないだろうし。まずは自己紹介と行こうか。俺の名前は……そうだな、スズタケって通し名のしがない薬師だ。んでこっちがアルーシア。愛情をたっぷり込めてアルア、って呼んでやってくれ」
「……(こくん)」
「あ、でもアルアは渡さないからな? この子、俺のモノ。そこの所、ちゃんと覚えておくように」
「……(ふるふるふる)」
「……アルア、それはどう言う意味だ」
「……(じー)」
「あ、成程。照れてるだけか。なら仕方ない」
「……(ふるふる)」
「――みなかった事にしよう、うん」
「……(じー)」
――今のうちに逃げてしまえ、なんて考えが思い浮かぶが、身体が言う事を聞かなかった。何よりこの犯罪者(確定)の男の傍にあの赤い少女を置いておいてはいけない、理由も何もなく、そう思った。
「あ、それと今のうちに言っておくけど、逃げようとしても無駄だから。本命が見つかるまで似非使徒達見つけ次第、手当たり次第に永眠ってもらう事にしたから」
「ッ――誰が貴方なんかに!!」
「なんか、とか言われてもなぁ……」
「……(じー)」
「あ、うん。アルア、そんな心配しなくても大丈夫だから。俺、女の子には酷いことしないよー? ……逆に散々に酷い目に遭わせられてる気がしないでもないが」
「だ、大体貴方は……何者なんですかっ、それにそっちの子は……」
「うん? だから俺はさっきも名乗ったけど、スズタケって言う偽名? の薬師だって」
「……」
「ご注文とあらば恋の特効薬だって作って見せるぜっ!」
「は、はぁ……?」
「――と、余り冗談ばっかり言ってると本格的にアルアに嫌われちゃうんで、悪いが真面目な話に移らせてもらおう」
「……その、薬師のスズタケさんが私に何の用事なんですか?」
「ん~? まあ強いてあげる用事も無いかな? 敢えて言うならヤツに何を言われたのかを話せって事なんだけど……操られてるだけの子にそれを聞いてもなぁ。意味ないし」
「操られてる? ……私が?」
「自覚はないだろうけどな? ついでに言えば冥了と違って悪影響も一切ないし? 放っておいても良いっちゃ、良いんだけどな」
「……何を言ってるの、あなた? 頭おかしいヒト?」
「おかしいと言えば――おかしいかな? まあ、おかしくなけりゃやってられないってのもあるんだけどさー」
「――ッ、貴方みたいなヒトに付き合ってる時間なんてないわ。それじゃあ――」
「っと、君にはなくても俺の方にはあるんだ、残念ながら」
「っ、放してッ!!」
逃げようと――咄嗟に掴まれた腕を振り払った。
「……何かすっげぇショック。女の子に『放して』とか、思いっきりイヤそうに言われてしまった」
「……(こくん)」
「アルア、俺を慰めてくれるの?」
「……(ふるふる)」
「そうか……――って、慰めてくれないのかよっ!?」
「……(こくん)」
「最近、アルアがこうして意思表示をはっきりしてくれるようになってきたのは嬉しい限りなんだけど……何だかなぁ。とてつもなく心が寒い」
「……」
「誰も慰めてくれない――だが俺は諦めないっ!! 簡単に諦めるなんてそれこそバカのする事さっ!」
「……(じー)」
「……ゃ、別に俺の事を言ってるわけじゃないぞ?」
「……(こくん)」
「うん、別に俺がバカとか、そういう訳じゃないから」
「……???」
「――ま、なんにせよ落ち込むのは後にしよう」
気を取り直すように、それでいて気楽に、男がそれを口にした瞬間、
「――ぅ」
周囲の空気が一変した。
余りの気分の悪さに、思わず片膝をついて口元を押さえる。
向けられたコレが飛び切りの敵意だと言う事を、そんなモノ生まれて初めて向けられる彼女は知るはずもない。
何となく、漠然と思い浮かんだ。
自分はこのまま、目の前の男に殺されてしまうのか、と――
「や、だから別に殺しとかしないよ、俺?」
そんな事を言われても全く信用できるはずもなく、
「ま、信用できないとか、確かにその通りだけどなー。それでもなお俺は言おう、――俺を信じろっ!! ……と」
「無理」
「――て、何でそこでアルアが答えるの!? しかも返事が『無理』だしっ!!」
「無理」
「や! 二度も言わなくて良いから!! ……な、何だこのやる前からの敗北感はっっ」
「無理」
「……何故だろう。何となく俺も無理な気がしてきた。と言うより何が無理なんだ?」
「……貴方の顔、とか?」
「俺の顔って、そりゃ何――」
「……(こくん)」
「――アルアァァァァァ!!??」
「……っ(ぷ)」
あ、今あの子、少し笑った……?
「……くっ、心理戦とは中々やるなッ、だが日頃散々誰かさんに舐られてる俺のタフさを舐めるなよ」
「いえ、別に心理戦とかはしてませんから」
「……」
「……はあ?」
「……と、兎に角っ、俺に見つかったのが運の尽きだっ!!」
「……犯すの?」
「ひっ!?」
「――って、アルーシアさん!? 何唐突に変な事を言っちゃってくれてますか!?」
「……(じー)」
「だからないない。そんな事はないって。……アルア、ゴメンな。昨日はちょっとアルアの事を放っておいちゃって、だから少しだけ拗ねちゃってるんだよな、そうだよな? 別に機嫌悪いとかじゃなくて思った事を口に出してるだけとか、そういうのじゃないよな? ……ないよな??」
胸元を隠しつつ、改まって男の顔を見た。
――成程、やはりみたい事のない顔だった。そしてやはり、……何となく犯罪者に走っていそうで、それでいて度胸がないからやはり走っていないようなそんな顔な気がした。
要するに、
「――誰だ、俺の事へたれとか抜かしてやがるのはっ!!??」
と、言う事なのだ。
「……(じー)」
「いや、俺じゃないよ!? 俺へたれとかじゃ、断じてないよ!? よよよ、夜になったら男は全員オオカミだぞ、がおーっ」
「……(じー)」
「ゴメン、今のは嘘吐きました。いや、俺がへたれじゃないっつーのはその通りなんだけどな? 俺だってやる時はやりますよ、ちゃんと」
「……(じー)」
「なっ、アルアはちゃんと知ってるよなっ!」
「……(じー)」
「ふっ、そしてアルアにさえ分かっていてもらえば俺に怖いものなど何もないっ!!」
「……(ふるふるふる)」
「――逆に言えばアルアに分かってもらえなかったらその時点で全部終わりとか、そんな事がある気がしないでもないが、気にしないでおこう」
「……(じー)」
「俺に見えるのは期待のこもったアルアの眼差しだけさっ!」
「……(ふるふる)」
少なくとも目の前で繰り広げられている男と少女のやり取りからは、どうしようもない緊張感の無さしか伝わってはこなかった。
――だと言うのに。
目の前で繰り広げられているのが実にたわいのない、ばかばかしい程のやり取りだと言うのに。背中に伝わる冷汗は一体何だと言うのか。
今までの様子から考えて、男は赤い少女には決して手を出さないだろう――そう判断をつける。
何より、この男は“昔からそうだった”。
男と少女が戯れているこの隙に……。
気付かれぬように後ろに半歩だけ後退った、その瞬間。男が実にさり気なしに、こちらを見た。
やる気のなさそうな、だが何処かまっすぐで、こちらの全てを見透かされているような、そんな透明な色の瞳。“欲望”なんかの類も透けて見えてきそうだが、今はそれはそれでおいておくとして。
男は街中で立ち話をするように、口にした。
「――ま、なんにせよ本体に伝えておけ。ヤツにさっさと俺の前に出てこいって――伝言だ」
確かに自分に向けられたその言葉を気づかなかった事にして、男に背を向けて。
「――?」
意識が遠のいた。
◇◆◇
「――っと」
地面へ倒れかけた少女を咄嗟に受け止める。
「……この子は切り離したか」
「……(じー)」
「ん? ああ、大丈夫だって。記外自体は悪い奴じゃないしな。この子は何ともないよ。ただちょっと、いきなり繋がってるモノが切れたからショックで気を失っただけだろうさ」
「……(こくん)」
「ま、一度切り捨てたコマを再利用するほど記外も間抜けじゃないだろうし――これでこの子は巻き込まれずに済む、かな?」
「……(じー)」
「ああ、うん。最悪、この子が根暗の玩具にされる事はなくなったって言うことだよ、アルア」
「……(こくん)」
「さて、それじゃあ――……宿のベッド、まだ有ったかな?」
「……?」
「アルア、何を不思議な顔を?」
「……(じー)」
「うん? まっ、当然この子もお持ち帰りに決まってるじゃないかっ!!」
「……」
「いや、このまま道の真ん中で放っておくわけにもいかないし? いやいや、言い訳とかじゃないよ、全然?」
「……」
「――しっかし、何でかね? 何でこうも神どもが手をつけたりする子って、可愛い子が多いんだ? なあ、アルア、その辺りってヤツらの趣味なのかな?」
「……?」
「って、アルアにこんなこと聞いても仕方ないか。ゴメン、今のは効かなかった事にしてくれ」
「……(こくん)」
「よし、じゃあ荷物も出来ちゃったし、ひとまず宿に帰るかー。……ごめん、アルア。ご飯はもう少し後でな?」
「………………(こくん)」
今日、もう一度更新するつもり…………出来たらいいなぁ。
・・・・・・とかおもってましたけど、劇場版の方を書いて力尽きました。