Act XX. 始まりは――
少し、暗い? それともシリアス?
……うむむ?
“ど”のつく方の時間系列のお話です。レムとシャトゥが色々と暴走している、一方その頃のメイドさん、的な感じ?
「――、旦那様?」
ふと。“彼女”は声を漏らした。
だがその声に応えるものはいない。何か聞き耳を立てるように佇んでいた“彼女”だったが、しばらくして諦めたかのように吐息を浅く吐き出した。
「……ふぅ」
その物憂げな姿に、通り過ぎる幾人かの男性、女性問わず“彼女”を窺う様に足を止めていたが“彼女”自身はそんな周囲の様子を気に留める事はなかった。
物憂げ――とは言ってもあくまでその姿が、と言うだけであり、“彼女”の表情自体は一切の無表情、何も浮かべてはいないのだが。
一拍。
二拍。
三拍。
たっぷりそれだけ置いて。前触れ一切なしに“彼女”はそれを問いかけた。
「――で、私に何用で御座いましょうか?」
「用件は――言わねば分からないか?」
答えは正面から。“彼女”の目の前に赤髪赤瞳の男が一人、立っていた。
「――ステイル……いえ、貴方は何者ですか?」
「俺か? 俺は俺だ。過去現在未来永劫、俺以外の何物でもなく、それ以外には価値もなければ意味もない」
「……」
「だが、敢えて名乗るとするならば涙するイカサマ師……世界の風習に習いそう名乗っておくか。自分で言っておいて何だがふざけた名だがな」
「――立理の男神」
「そう呼ばれる事もある。だが理とは本来立てるものではなく既にそこにあるものだ。違うか?」
「……その神が、私に何の用です? それもそのような悪趣味な恰好までしておいて」
「この格好? ――ああ、この男が悪趣味だと言うのなら謝ろう。無論、謝意は微塵もないが」
「結構です。それよりもどのようなご用件かを早々にお聞かせ願いたいのですが?」
「ああ、そうだな。――お前を貰いに来たよ、龍の姫」
「――お断り致します。私は何人足りとも、旦那様以外の存在になど貰われる気は毛頭御座いません。それがたとえ神であろうとも」
「……ふむ、この男の記憶にある通りの返答だな」
「……――先程から、その男に何をしたのですか?」
「ん? ああ、“今”は少し眠ってもらっているだけだ。俺が動いている事を知られるのは色々と厄介事が付きまとうのでな」
「――私になら知られても良い、と?」
「いや。厳密にいえば誰に知られようと構わない。ただ厄介なだけだ」
「……」
「それにお前の“ご主人様”とやらも俺の事を嗅ぎまわっているようだしな」
「――」
「ああ、それと――『今ここで始末してしまえば嗅ぎまわることもなくなる』なんて事は考えない方が良い。この街の住人は元より、力を封印されているお前程度ではおれの相手にもならないぞ」
「――試してみましょうか?」
「止めておけ。無駄に死ぬだけだ」
「――」
「だが死にたい、と言うのであれば止めはしない。――来い。世界に巻いた破壊の種、どれほど育っているか俺が直々に見てやろう」
「――世の【厄災】よ」
「ああ。【燎原】以外で唯一神を害せる力……見せてみるが良い」
「――黒刃。コレで貴方を刈り獲ります」
「ほぅ、素晴らしい。自分の目で見るのは初めてだが――どうやら【厄災】の力を完全に己がモノとしているようだな。流石はこの世界の至宝、龍の姫と言ったところか」
「……そのようなもの、私は知りません」
「否定か。是、それもまた良し」
「――貴方の存在は旦那様の害悪となる。ならば排除も止む無し、」
「≪時間凍結≫」
「――」
「さて。コレは理だ。世界の中のお前と言う存在の時間を今、止めた。それでお前はどうする?」
「こうします」
真正面から、黒き衣をまとった手刀の一閃。
触れれば皆灰燼と化す必殺の一撃に。“彼女”の黒キ刃は相手に触れる寸前で消滅した。
「――世界の理に囚われない、か。それではこの世のモノならざる異端だな。成程、あの男の“仕業”か」
「ええ、旦那様の“お陰”です」
上段蹴りを一発。
それは過たず、相手の頭を刈り取った。
続けて、流れて行く身体を今度はま逆から蹴り上げる。インパクトは一発目の蹴りと全く同じ、その真逆の場所。
そうして直立に強制的に戻した相手の身体に、続けざまに、
「もう良い。……この程度か」
「っ」
何事もなく手を上げた男を、“彼女”は警戒するように距離を取り――少しだけ乱れていたスカートをさっと軽く整えた。
「常人ならば敵は無し、超人なれど敵は無し、と言ったところか。だが、温い。殺るならば一撃で決めて見せろ。この様に――≪遮断≫」
上げた手を、軽く、何でもないかの様に横に振った。
動作としてはただそれだけ。ただそれだけで。
「――ッ、貴方ッ!?」
「排除、あるいは殺すと言うのはこうすればいい。分かるか?」
其処は、地獄絵図になった。いや、正確にいえば地獄絵図にすらなり得ていないのかもしれない。
何故なら彼が手を振ったその一振りで、この街を賑わわせていた住人達が一斉に、建物ごと両断されて絶命したのだから。
「……神の傲慢、ですか」
「その通りだ。お前たちに一番分かりやすく言うならば、これこそが神の神たる所業だろう?」
「……成程。確かに、私はまだ甘すぎたようですね。貴方の様な輩相手には容赦なく、――消滅しましょう」
「ああ、それはいい。もう良い、結構だ」
「――」
「龍の姫、お前の実力の程は把握した。今回は――この程度が頃合いだ」
「――誰が、貴方を逃がすなど」
「厄介な女神が来る前に俺は退散しよう。――ああ、それと。お前を貰いに来たと言った、アレは冗談だ。お前程度、俺は要らん」
「逃げる気ですかっ」
「ああ、逃げるとも。そして“見逃す”んだ」
「っ」
「ではな。また次の機会に遭うとしよう、龍の姫」
「――」
珍しく、“彼女”が感情を浮かべて眼前を睨みつける。――其処には何者の姿もありはしない。
先程までいたはずの男の姿も、大気一つ震わせることなく其処には存在していない。まるで初めからそこには誰もいなかったように、だ。
「……、廃れても神は神、アレは流石に今のままの私では手に負えませんか。――ふぅ、最近ストレスがたまる事ばかりで困りますね。……早く旦那様を見つけ出さねば」
はて?
……特に何も考えていない。