PickUp 13. ゆめのあと
レム君の気まぐれで壊滅指させられたギルドの長の、ルークさん?のその後。
ハカポゥは、ど-208位に初めて出てきた悪魔の少女。……幼女?
半壊した元ギルド本部。
そこに男は座り呆けていた。――とは言ってもただ呆けていたわけではない。
“動けない”のだ。それもここ数日、ずっと。
「――おや?」
「っっ、だ、誰だ……!?」
それは男にとっては唐突であるのと同時に、救いでもあった。何せ動けないまま、かれこれ七日程何も口にしていないのだから。
何の前触れもなく、その女はそこに佇んでいた。くすんだ銀髪の、メイド服を着た絶世の美女。
彼女は男の方をゆっくりと振り向いて、実に白々しい動作で頭を下げた。
「奇遇な……と言う訳でも御座いませんが、お久しぶりに御座います、ルーク様」
「お、お前は――」
「それにしても奇妙な恰好をしておりますね。如何なさいましたか? ――いえ、想像はつきますが」
「くっ、まさかお前の差し金かっ!!」
「私の差し金? 異な事を仰られますね。まさかその様な事あろうはずが御座いません。私の差し金などと。……しかし清々しいまでにやられましたね、ルーク様」
「ぐっ……あ、あの男、今度会ったら」
「まさか“次”があると思いで?」
その一言に、ルークの身が強張る。
「――っっ!? まさか、」
「その通りです、ルーク様」
「く、くそっ、う、動けっ、この……」
懸命に身体を動かそうとするが、やはりここ数日と同じ、微塵も動く様子はなく。その様子は実に――
「――実に無様な姿で御座いますね。それが一時は栄華を極めた元ギルド長ですか」
「だ、……そもそも誰の所為だと――」
「御自身の所為では御座いませんか?」
「違うっ、あの男――レム・アイリアスの、」
「つまりはご自身の所為と言う事ですね」
「なぜそうなるっ!!」
「――貴方が余りにも旦那様を敵視し過ぎたためです。ご自身がリッパー様に振られた事を逆恨みしてあれほどまで露骨に敵意を示したから、だからこのような事になるのです」
「な、何の事だっ!!」
「旦那様に敵意を向けるなど。何と愚かな事をするのでしょうね?」
「っっ、あんな男など、」
「旦那様を悪く――」
「あんな男などリッパーに相応しくない!!」
「同意します」
「そうだろう!?」
「ええ、全く。実際の所、何故あそこまでリッパー様が旦那様の事を好いているのか私にも分かりませんし」
「だろう!?」
「不思議と、気がついた時にはリッパー様は旦那様にべったりだったのですよ。旦那様、さては怪しい薬でも使用したのでしょうか?」
「な、なんだとっ!?」
「私が常々不思議に思っている世界57不思議の一つです。――と、それはそうとルーク様?」
「何だっ!!」
「覚悟の程は――そろそろ如何で?」
女の一声に、また興奮しかけていた身体が急速に冷め、身動ぎすら出来ずルークは再び固まった。
「っっ」
「……」
「っっ、……、……?」
「と、実に滑稽な姿を見せて頂きありがとうございました、ルーク様」
「っは……?」
「と、少々憂さ晴らしにからかってみましたが、所詮旦那様でない者をからかった所で微塵も楽しくありませんでしたね。……ふぅ」
「な、……え?」
「別段、既に落ちぶれたルーク様に追い打ちを掛ける程私は暇では御座いませんので。態々そのような事の為にこちらに来るとでも思い上がっておられましたか、ルーク・サリウス様?」
「ッ――」
「旦那様の手がかりが何かあれば、と思いこちらに来たのですが――やはりもうもぬけの殻ですか。この破壊の仕方から、予想通りスィリィ様とご一緒されているようですが。……ハッ、旦那様も相変わらず」
「……」
「それはそうとして、このままギルドを崩壊させたまま――と言うのも少々拙いですか。旦那様がどう言うつもりかは分かりませんが、無用の混乱を起こすのは旦那様の本意ではないでしょうし。……それとも私の足止めの為にワザと、でしょうか?」
「……お、俺は、」
「ああ、ルーク様? ――はい。これで旦那様が施したトラップ“旦那様捕縛君1,543号”は解除しましたので。どうぞ、何処へとなり去って下さって結構ですよ?」
「……っっ」
「――ああ、それと」
「な、何だっ!?」
「くれぐれも――えぇ、くれぐれも旦那様に仕返ししようなどと思わないよう、お願い致します。それでもなお仕返しをしたいと仰られるのでしたら、」
「……っ」
「どうぞ私にご相談くださいませ。最高の舞台と仕掛けをご用意致しましょう」
「なん、……だと?」
「精々旦那様を痛めつけ、――いえ。旦那様の“遊び相手”になって下さいませ、と申し上げました。理解できませんか?」
「――」
「そう言う訳ですので、御入用でしたらいつでも私をお呼びくださいませ、ルーク様。旦那様の為とあらば直ちに参上いたしましょう」
「……」
「――さて、と。やはりこのままギルドを放置しておくのも色々と拙いですし。……ああ、ちょうどいい人材がいましたね。――“開け、異界の扉”」
女の一声に、空間が裂けた。
それは普通ならばありえない光景。空間転移、とも違う。コレは――それより更に上、空間と空間を繋げるなど、それは伝説上でさえ滅多にお目にかかれない光景だった。
そして繋げられた空間から、ひょっこりと一人の少女が不思議そうに顔を出して、
「あー、おねぃちゃんだ!!」
「はい、ハカポゥ様。お久しぶりに御座います」
「うんっ! 久し……レムお兄ちゃんはいないの?」
「ええ、旦那様は不在ですので、どうかご安心くださいませ」
「そっか。なら安心だねっ」
「はい」
「えへへっ。それでおねぃちゃん、どうかしたの? わたしを喚んだのっておねぃちゃんだよね?」
「ええ。『ハカポゥの相談室』に少々お願いしたい『仕事』がありまして。引き受けて下さいますか?」
「うん、いいよー!!」
「では、軽くこのギルドを取り仕切って下さい」
「ギルド?」
「ええ、この――」
女が一拍、呼吸を置いて。
「ギルド、少々人材不足となっておりまして、ハカポゥ様にギルド長などをお願いしたいと思うのですが宜しいですか?」
二人が立っていたは襲撃前と全く同じ、ギルド長のいた部屋の中だった。
「わーっ、急にお部屋の中になったっ!」
「どうでしょう、ハカポゥ様?」
「うん、いいよー」
「はい、ありがとうございます。さしあたっては――そうですね、こちらのルーク様を手下につけますので、どうかご自由にこき使って差し上げて下さいませ」
「――はっ!? いや、ちょ、」
「了解だよっ」
「――ああ、それとルーク様? 予め申し上げておきますがこの子――ハカポゥ様は“強い”ですよ? 貴方にも分かりやすく申し上げるなら、ルーク様程度の実力であれば気がつかぬうちに真っ二つになっていますので、くれぐれもお気を付け下さいませ」
「っっ」
「では、ハカポゥ様、それにルーク様? こちらの事はすべて任せましたので、後の事は宜しくお願い致します。それとハカポゥ様? もし分からない事があればそちらのルーク様にお聞きいただければ宜しいかと思いますので。間違って殺してしまわぬ様気をつけて下さいませ」
「うん、分かった。気をつける」
「はい。では、私はこれで……」
と。
「――早く旦那様を見つけなければ」
「「っっ」」
その瞬間、自分たちに向けられた言葉でないにもかかわらず、確かに部屋の空気が数度下がったように、二人には感じられた。
優雅に一礼をして――残像も残さず女が姿を消した後に残ったのは、訳も分からず体が震えている少女と男が一人ずつ。
「まあ、いっか! ……えっと、それじゃあ宜しくお願いね、ルーク……おにぃちゃん?」
「あ、……あぁ」
――そうして、元ギルドが何者かの襲撃に遭い潰されてから数日、新生ギルドと新たなギルド長が決まったそうな。
ハカポゥちゃん、昇格。
そしてメイドさんの支配は次第に広まっていく。