Act XXX. ここであったが一日千秋
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「――うお!?」
「きゃうんっ♪」
「!??!!!!!」
街角で起こったそれは不幸な事故だった。あるいは神様の悪戯とでも言うべき……幸運(?)な出来事だったのかも知れな、くもないかもしれない。
ただまあ、率直に意見を言うのであれば。
全力で突っ走っていた赤い閃光ならぬ幼女と、これまたパンを口に咥えて全力で突っ走っていた奇特な男が見通しの悪い街角で出会えば互いに『ごっちんこ☆』と言うのは至極当たり前の結果だっただろう。
……もっとも二人の身長差から、幼女のタックルが急所への頭突きモドキになっていたりもしたが。
「わ、悪い。だ、……大丈夫だった――」
「うむ! 私は平気で今日もお肌つやつやなのです!」
「……」
「うむ?」
「――てめっ、シャトゥ、いきなり何しやがるっ!?」
「急に態度が変わりました!? これはもしや……恋の告白の前兆?」
「……おいテメェ、覚悟はできてるんだろうな、あぁん?」
「てめえは止めてください。そして『お・ま・えっ』て愛情深く呼んで?」
「――つか、ヒト様にぶつかっておいてどう言うつもりだ、シャトゥ?」
「あれは不幸な偶然でした。レムが白昼堂々、イケナイ所を私の顔に圧しつけて……玉・砕!」
「ほうほう、お前の言う“偶然”、ねぇ……?」
「それはつまり必然と言う!」
「そうだな、俺もそう思うぞ」
「つまり我らは一心同体!」
「もう一度死ぬか、おいこら」
「レム? いつになくワイルドっぽいのですがどうかしましたか?」
「あん? そりゃ、」
「さては遂に我の魅力に目が覚醒めましたね?」
「――ねえな」
「うむ! そんなばっさりなレムの潔さと容赦のなさに私の小さなおムネもきゅんきゅんのもめろめろですっ」
「で、んな事は心底どうでもいいからどう言うつもりか答えてもらおうか、シャトゥ?」
「うむ? 街角でパンを咥えた男の子とドッキュンぱったん出会うのはよくあることなので気にしないで下さい」
「全然っ、ねえよ!」
「まあまあ、そう硬いこと言わないでください、レム」
「全然硬いこと違うっ。と言うかシャトゥ、もう一度改めて聞くぞ? ――遂に来たかなんて一瞬でも思った俺のロマンスをどうしてくれるっ!?」
「ふっ、我が身体で支払います!」
「要らん」
「ふっ、私が身体で支払います!」
「だから、要らん」
「もうっ、レムってば欲張りな強欲さんなんですねっ」
「……なんでそうなる」
「昔々、私が生まれるよりもずっと昔、私は言いました。『貴方が落としたのは銀のシャトゥルヌーメですか? 金のシャトゥルヌーメですか? それともこちらの普通のシャトゥルヌーメですか?』」
「全部違う」
「『そうですか、正直者のレムにはシャトゥルヌーメを全部上げましょう』……ぽっ」
「返却は可か? いや、不可なら捨てるだけだが」
「と、言う訳でレムは三倍のシャトゥルヌーメを手に入れた!」
「全く意味が分からん」
「と言う事なので此処で会ったが一日千秋! 覚悟なのです、レム!」
「はん? ア? 何、お前、俺とやる気なの?」
「むしろレムが我を犯る気!」
「――帰っていいか?」
「ふふっ、今日は朝まで帰しません!」
「いや、朝までも何も、今は早朝だが?」
「夜まで寝かせません!」
「まあ、言われずとも夜まで二度寝する気はないけどな」
「レムはああ言えばこう言う! まるで口先だけのへたれなのです!」
「俺がへたれならシャトゥはあれだな、アレ。うん、あと十回ほど死んで出直してこい」
「今、私は凄く気がつきました!」
「あ? 何に気がついたって?」
「……間違えました。私は今、凄く木に頭突きました!」
「よし、勝手にやってろ」
「また間違えたの。そうじゃなくて、……私は今、凄く傷つきました!」
「あ、そ。勝手に傷ついてろ」
「レムなんてッ、レムなんて……アルアに言いつけてやるのですっ。うわああああ――」
「――いや、ちょっと待て、シャトゥ」
「うむ? はい、ちょっと待ちます。何でしょうか、レム? 我の準備ならもう万全ですが?」
「生憎俺の方の準備は永遠に準備中だ。じゃ、なくて。今聞き捨てならない事を言ったな」
「いえ、聞き捨ててくれていいのです」
「断る。――で、シャトゥ。俺には今、アルアがどうって言ってるように聞こえたんだが?」
「うむ? 我の下僕二号ちゃん?」
「……んー?」
「レム?」
「――よし。事と次第、アルアに吹き込んだことの内容如何によってはただで済むと思うな?」
「それ知ってます。タダより高いものはない、と言う奴ですねっ」
「違う。……と言うかシャトゥ、白状してもらおうか。俺のアルアに何か変な事吹き込んだり……当然、してないよなぁ?」
「うむ? いつにも増してレムが怖い気がしますけど……我はくじけないっ」
「ん?」
「そして再び! ここで逢ったが一日千秋の想いっ。覚悟するのです、レム!」
「覚悟? 覚悟するならシャトゥ、お前の方――」
「先手必負! 必堕のぉぉ、『プレイカー』!」
「ちっ、何度も同じ手に――」
「説明します。プレイカーとは、……ちょっと言い間違えただけなの。てへり」
「……、こっちこそ先手必勝!」
「なんの、遅いのですっ。必堕のぉぉぉぉぉ、『あにばぁさりぃ、――へ』くしゅんッ」
「っ」
「……ぁぅ。拙いのです拙いのです拙いのです?」
「――ん?」
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、我の身体から溢れだすっ、このぱわーはっ!」
「……」
「なんだとぉ~力が逆流している、だとぉぉ!!! ……何かむずむずむずするのぉ~」
「……」
「――今こそっ、神の後光でこの世を統べる! 何を言いますかっ、私は女神なんかじゃありません!」
「……」
「あ、その、久しぶり……ですね? いえ、そんなことはないのです?」
「……」
「――元気、でしたか、異界の堕と、……はっ、私の中の何かが目覚める予感?」
「……」
「私は見ての通りで……――我はいつでも元気満タンシャトゥちゃんなのです!!」
「……」
「さっきから私の中で話しかける女神は誰ですかっ、……シャトゥルヌーメ? いえ、シャトゥルヌーメは私なのです」
「……」
「――と、レムを油断させた所で必堕のっ、『あにばぁさりぃ、ヘブンッ』」
「な、」
「――レム、捕獲完了なの」
「甘いっ!」
「うむ? 流石はレムなのです。時間の進み方が違うと言う精神汚染とシャトゥルヌーメ地獄の部屋から抜け出してくるとはっ、……楽しんでくれましたか?」
「一瞬、新世界が見えたな」
「うむ! これでレムも我の虜――」
「ないな」
「……うむ? おかしいのです」
「ふんっ、俺があの程度の洗脳やら精神汚染やらある種の拷問に近いだろ? 的なもので参ると思ってもらっちゃ困るな」
「流石はレムなのです。仕方ないので私は素直に諦めてレムに貞操を奪われましょう。……どきどき」
「いらん。そんなどうでもいい事よりも、アルアのことについて教えてもらおうか、シャトゥ」
「うむ? アルア? アルアは……置いてけぼり?」
「――は? と言うか、シャトゥ。まさかアルアが地上に降りてきてるとか、そう言う冗談みたいなこと言わないよな?」
「私の下僕ならば私につき従うのは当然のコトっ」
「――シャトゥ、お前とのお遊びはここまでだ」
「酷いですっ、私とはお遊びだったのですねっ」
「ああ」
「うむ!」
「シャトゥ、アルアの居る場所を今すぐ吐け。さもないと――」
「さもないと? ……わくわく」
「一生お前の事を無視する」
「――我に続けっ!」
「よし、素直なのはいいコトだな、シャトゥ」
「当然なのですっ」
『あにばぁさりぃ、ヘブンッ』
シャトゥ、108の必堕技の一つ。必ずオチる技、と書いて必堕技。正しい発音は『アニバーサリー・ヘブン』で、『シャドー・アンカー』の上位技である。
時間の流れとか、精神感応度とかが色々と違う異空間(蔑称、時と精神とシャトゥの部屋)に相手を拉致監禁する技。何か修行とかに使うと便利らしい。一日以上入っていると出られなくなるとか、そう言う設定はない。
ちなみに異空間内部ではシャトゥの影絵と延々と遊び続けなくてはいけない(と言うのはレム談)至福の時間が待っている。
シャトゥはまだまだ、レベルが足りない。