ど-542. 喜びは他者から見れば、変なもの
奇声を上げて、喜ぶ姿の何と珍妙なことか。
「ひゃっほぉ~うっっ!!」
「……ああ、旦那様が遂に日ごろにストレスに耐えきれなくなって○(ピー)してしまいましたか。お労しや、旦那様」
「いや、別に日頃のストレスが爆発とか、そう言うのじゃないぞ。決して」
「おや旦那様、正気に戻られましたか?」
「戻るもなにも俺は初めから正気だ」
「……まあ、それもそう、……ですね」
「? 何でそんな言いにくそうなんだよ?」
「いえ、日頃の旦那様より思い返してみますと、奇声を上げながら庭を爆走、あげくに珍妙なポーズを取るなど、一切変な行為ではありませんでしたね?」
「いや、それは十分変だからっ!!」
「?」
「いや何それ!? 何か『普段の旦那様そのものでは御座いませんか』的な視線!!」
「おかしな旦那様で御座いま……いえ、普段通りの旦那様ですね」
「何で今のとこ言いなおしてるの!?」
「御心配なく。旦那様は普段通りの変な旦那様ですのでどこもおかしな所など御座いません。ええ、御座いませんとも!!」
「“変”と言う事で普段通りだと肯定されるくらいだったら多少可笑しくても良いから“普通”と言ってもらいたい」
「御心配なさらずとも旦那様は普段どおりですとも」
「その、微妙に生温かい視線が非常に居心地悪いんだが?」
「左様でございますか。ではさげずみをお望みですか、それとも憐憫をお望みでしょうか?」
「慈愛がいい」
「真に残念ながら慈愛の精神は只今品切れで御座います」
「なら親愛」
「売り切れです」
「……恋慕、」
「取り寄せ中です」
「……」
「……」
「なら何が残ってるんだよ?」
「旦那様のニーズに合わせて各種取り揃えております。見下す、見下ろす、殺意っぽい感じのナニか、嫉妬に塗れた激情、他には――」
「いや待て待て待て」
「はい、何でございましょうか、旦那様?」
「それは全然、ニーズに応えてないと言うか、まともなものがないだろうがっ!!」
「そのような事は御座いません。しかと旦那様のご期待に応えているモノと自負しております」
「……」
「……」
「……ふぅ、も良いや。普段通りで頼む」
「普段通りで御座いますね。承知いたしました」
「……」
「……」
「……えっと」
「はい、旦那様☆」
「何、その妙にキラキラした感じの目? 良からぬ事を企んでるようにしか見えなくて不気味なんだが?」
「普段通りの私で御座いますが何か?」
「それは絶対違うと断言できる」
「そのような事は御座いません。私は常にこのように童の様に無垢な瞳で御座いますとも」
「……俺は、なんて返せばいいんだ、今の場合」
「肯定して下さいませ」
「無理。つーか、それは無茶だろ」
「それはそうと旦那様、先程はなぜあのような奇行に走っておられたのですか?」
「今、無茶苦茶無理やり話題を変えたな」
「そのような事は御座いませんとも」
「……、まあ良いか。それよりも、俺が奇行に走ってたとかそういう事実は一切ない」
「では先程の光景は私が旦那様に恋焦がれる余りに見てしまった幻影で御座いますか、そうですか」
「ああ、多分そうなんじゃね?」
「所で旦那様は『ひゃっほぉ~う!!』などと叫んで庭を爆走、傍目から見て実に奇怪な行動で御座いましたが何か、お喜びになるようなことでもあったのですか?」
「ああ、それか」
「はい」
「じ、実はだな、な、何と――」
「成程、三日後にアルーシア様と逢引の約束をなさったのですね?」
「そうなんだよ!! って、俺まだ何も言ってねえよっ、てか何でお前が知ってるんだよ!?」
「私が焚きつけてみましたので」
「うわー、何だろ、今一気にテンション下がったなー」
「そうなのですか? では残念なことではありますが、私が旦那様に変わりアルーシア様に約束の辞退を――」
「待て、待ちやがれ!!」
「はい、何でございましょうか、旦那様?」
「それとこれとは話が別だ。アルアとの約束は何が何でも守る、コレは絶対だ」
「はい、存じております」
「その上で聞くが……お前、何か企んでないよな?」
「さて、企むとはどのような事でしょうか?」
「む? なんとも無難な返しを……そうだな、例えば俺とアルアにこっそりついてくる、とか?」
「それは実に無意味な行為ですね。態々ついていかずとも旦那様とアルーシア様の行動を逐一見張ることは可能で御座います。もっともそんな不粋な事は致しませんが」
「うわー、信用ならねー。てか、まあそうか。なら覗き見、とか」
「私は旦那様の様な悪癖を持ち合せてはおりません」
「俺も覗きなんてした事ねえよ!?」
「そうですね。旦那様は覗くと言わず真正面から堂々と、例えば女性の着替えなどをご覧になられますから。覗きなどと言った小犯罪的な事を行う事は御座いませんか」
「……何か微妙に貶されてる気もするが、まあそうだ。俺は覗きなんてしませんー」
「私も同じに御座います。別段、何かを企んでいると言う事は御座いません。ただ純粋に、旦那様に楽しんでいただければ宜しいと、そう思ったまでの事で御座います」
「……本当に?」
「はい。嘘と思うならばこの私の澄み切った目をご覧くださいませ」
「澄み切った、ねぇ……」
「――」
「――」
「うん、さっぱり、お前が何考えてるのか分からん」
「本当に、私は旦那様に楽しんでいただければ、と思っているだけで御座います」
「……」
「そう言えば旦那様、話は全く変わりますが、今までの話とは一切関係ない事なのですが“最後の晩餐”と言う言葉を旦那様はご存知でしょうか?」
「……ああ」
「そうですか。いえ、ただ単に尋ねてみたかっただけですので、旦那様はお気になさらずに」
「ああ。気にしないとも。お前が何を言おうと何を企んでいようと俺は一切気にしないとも!!」
「はい」
「兎に角! 事の発端やその後の展開がどうであれ、アルアとのデートと言う事実に間違いはないんだ! 俺はその時を全力で楽しむのみ!!」
「それでこそ、その前向きな姿勢こそ私の旦那様で御座います」
「決戦は三日後だ!! ――おい、それまでに粗方の仕事を片付けるから、ジャンジャン持ってこいっ。今の俺なら何でもござれ、不可能だって可能にして見せるぜ!!」
「はい、旦那様。それでは遠慮なく、仕事を持って参りますのでどうか音を吐かれぬ様、」
「愚・問!」
「――左様で御座いますか。では旦那様、少々お待ち下さいませ」
「ああっ。この気持が冷めないうちに――超特急で頼むぜ!」
「はい。……――根本的に旦那様を乗せるのは実に簡単なのですが、さて、それではどうしましょうかね……」
-とある少女たちの今-
「……遭難したわ」
「ちょ、スィリィ!?」
「まあこんな事もあるわよね」
「こんな事もある、で済まさないでよ!?」
「だ、大丈夫よ、アイネ。きっと何とかなるわ」
「……本当に?」
「え、ええ。何となく、そんな感じがするし。――何となくも来て吉がもうそろそろの気もしてるのよねぇ?」
「目的地?」
「あ、いや、それが何処かは、良く分からないんだけどね」
「……ふーん、それで、やっぱりそこにレムさんが居たりするの?」
「――なっ、何でそこでレム何かが出てくるのよ!?」
「えー、だって、ねぇ?」
「だって、な、何よ?」
「スィリィが此処まで真剣になるのって、レムさんの事くらいしか私見たことないし」
「そんな事はないわよ!!」
「うん、そうだね。取り敢えずそう言う子田尾にしておくね? 春まっ盛りのスィリィ」
「……張るまっ盛りなのはアイネの方でしょ?」
「うん、そうとも言う♪」
「……べ、別に羨ましくなんてないわよ! ほら、アレフ! いつまでへばってるのよっ、さっさと出発するわよ!!」
「ちょ、スィリィ~、レムさんに逢えないからってアレフに当るのは止めてよっ」
「ゥ、うるさい、うるさいっ!! 良いから早く行くのよ!!」
基本的に、平和? 只今遭難ちゅー。