ど-63. がんばります♪
もう全てが嫌になったよ…
「もう嫌だー!!!」
「唐突に何をお叫びになられておられるのですか、旦那様」
「全てが嫌になった。全てに嫌気が差した。具体的に言えば俺の待遇の改善を要請する!!」
「待遇の改善とは、また突拍子もない事を仰られます」
「全然突拍子なくないよっ。日頃の俺の待遇を思い出してみろよ!?…ほら、何か色々と一目瞭然だろ?」
「…はい。おっしゃられる通り、私めも甚く納得いたしました、旦那様」
「そうかっ、分かってくれたか」
「つまり旦那様はこの私の多少溢れすぎたかな、と考えられなくもない愛をそれでもまだ足りないと仰られるのですね。感激に言葉も出ないとはまさにこの事でしょう!!」
「言ってない。言ってないから、そんな事」
「つきましては旦那様には日頃の態度改善からお勧めいたしたいと存じ上げております」
「俺の言葉は無視なのね、そうなのですね。で、非常に聞きたくないが……やるとして、どこな辺から?」
「先ずは旦那様ご自身が所持していると筋違いにも妄信されているご自身の人としての権利の在りかを正しく認識していただく事でしょうか」
「いやあるから。普通に人としての権利持ってるから」
「…そうですか。旦那様がそこまでおっしゃられるのであれば、生温かい目を持ちまして旦那様の前のみではそのようにあるように振舞いましょう。何よりも、それが旦那様のお望みとあらば。……御労しや、旦那様」
「お労しって何ですか!?俺は人としての権利すら持ってないっての、だとして俺は何よ!?」
「旦那様は私の旦那様でありそれ以上もそれ以下の権利・利権・信条・理念・その他いっぱい詰まった何もかも、もございません」
「…、だが、お前の旦那様であると言う権利は残っているわけだ」
「はい。それは未来永劫、何処までも。たとえ何が在ろうとも」
「なら俺はお前の旦那様として待遇の改善を要請しても何らおかしなところはないって訳だ、訳だよな?うんって言えよ、いや頼むから言って下さいよ??」
「“うん”ちくはその程度でよろしいですか、旦那様?」
「…そうだね。君はそんな人だよね。でも一言だけ言わせてもらうなら、“うん”の意味ちげーよ!!!」
「そんな、私は実直に旦那様の願われるがまま、お望みを達成して見せましたと言うのに。それを旦那様は労いの御言葉一つなく、ただ罵られるだけなど。…いえ、それでも私はどこまでも旦那様についていきますとも。何故ならば旦那様が私の唯一の旦那様であるという事実はこの世の何人たりとも侵す事の出来ない真理なのですからっ!!」
「何か今日は無駄に張り切ってるね、お前」
「そんな事は御座いません。私はいつもどおりにふるまっているだけでございます」
「いつもどおり…いつもどおり、ね。確かにある意味ではいつもどおりなわけだが」
「しかし旦那様、おひとつ、質問をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「…何だ?」
「旦那様は何をそのように不満に思っていら――」
「お前がソレを言うの?ねえ、言っちゃうの!?」
「…確かに、私は旦那様が日々を心穏やかに過ごせる事を心の礎としており、そのように心砕き日々の行動を心掛けております。それで未だ旦那様のご不満に思われるところがありますれば、それは全ては私の不徳たるところ故でございましょう。旦那様がそう仰られるのも無理ない事」
「違う。根本から全てが違っている。…誰か、このイイ感じ?な捩れ具合を解いて下さいよっ!!」
「分かりました。旦那様がお望みであられるのでしたら私は今以上に業務に、そして旦那様のお世話に励むといたしましょう」
「いや、いいからっ」
「何を仰られますか、旦那様。そうですとも。旦那様に不満を抱かせるなど、私もまだまだ未熟であると言う事です。これよりはより一層、己の身を粉にするつもりで旦那様に尽くす所存でございます。つきましては旦那様にはこのような形で激励をいただけた事、感謝のほどもございません」
「…お願いします。頼むから張り切らないで。これ以上は必要ないからさ、本当に」
「いいえ。いいえっ!!私はこれまで旦那様の優しさに甘えておりました。それを今強く実感しております。旦那様の寛大さにこれ以上甘えるわけにはいきませんとも」
「…もう駄目なのか。この流れは俺如きには止められないのか。未来に……救いはないのかっ」
「――と、言う事ですので以降は多大にご期待くださって結構でございます。その期待の尽くにこの私の全力全身を以て応えて見せましょう」
「だからすなぁぁぁぁぁぁぁ…………………と、もういねぇ。な、何故だ?待遇改善を要請したのに、どうして俺はこうして震えて明日を待ってなきゃいけないんだ?どこで間違えた?どこで取り違えた、俺ー!?」
今日の一口メモ〜
ある意味『アリ地獄』か、と不意に思った。もがけばもがくほど苦しむ…。
でも物事には変化も必要ですよねぇ。
具体的に言うなら蟻地獄の中に水滴を一つ、とか。
…いみねぇ。
旦那様の今日の格言
「頑張っている奴が偉いとは限らない」
メイドさんの今日の戯言
「旦那様は頑張りが足りないと思われます」