52.5. 愛のどれいのお告げ
……“予言の巫女”シンカさんの独白。現実逃避の最中、とも言う。
――来るよ来るよ、災いが来るよ
『……ぇ、これは何?』
――来るよ、災いが来るよ。海越えて、黒白を統べる災厄の魔王が来るよ
――イメージ
赤一面の世界。血の色、命の色、そしてこの世界の原初の色。
――イメージ
赤い世界にぽつりと一点の黒。全てを侵し、全てを穢す、異色のカタチ。
――イメージ
それは正確にはイメージではない。イメージできない事をイメージした、言葉で説明する事も叶わぬ何か。
――逃げろ逃げろ、今すぐそこから
『に、逃げるってどこに……』
――海は駄目、悪逆の魔王がやってくる。陸は駄目、彼の魔王からは逃げられない
『海も駄目、陸も駄目って、それじゃあ何処に逃げれば、』
――世界の果てまで?
『そ、そんな無茶なっ、それに私には“巫女”としての使命と義務がありますっ、逃げるなんて出来ないよ……』
――逃げろ逃げろ、世界の果てまで逃げろ逃げろ。じゃないと全てを塗りつぶす異界の魔王が迫ってくる。逃げろ逃げろ
『異界の魔王? 迫る? そもそも、それって一体、』
――イメージが繰り返される。
赤い中に一点の黒、そして何色でもない、何者でもない何かの存在。
それは、……ああ確かに。“異界”でありこの世界の色に染まらぬと言うのであれば、この世界の色で表せないのも道理かもしれない。
――逃げろ逃げろ、今すぐ逃げろ、じゃないとぱくり、もぐり、食べられてしまうよ
『た、たべ……?』
――むしゃむしゃ、ごっくん、ああ美味しかった? 大変だ、大変だ、逃げろ逃げろ、そこから逃げろ
『よ、要領を得ませんっ。もう少しだけ具体的に――』
――逃げろ、逃げろ、私の巫女、可愛い私の巫女、あいつになんて渡して……
◇◇◇
「――っ!?」
目が覚めた。
久しぶりに、もしかすると生まれて初めて、此処まで強烈な予知を見たかも知れない。
キーワードは“災い”“黒白を統べる災厄”“異界の魔王”……どれも碌な言葉ではない。つまり、それはこの国に何らかの危険が、それも飛び切りの危険が迫っていると言う事なんだろう。
「魔王、……魔王?」
魔王――と言う存在はかつて実在されたと言われている。伝承にも、勇者が魔王を打ち倒し、世の中に平和が戻った、なんて“おとぎ話”もあるけれど。
でも、少なくとも魔王が蘇った、あるいは出現した、なんて事を私は今まで聞いた事がない。つまり、多分“魔王”と言うのは何らかの危険を指しているだけなんだろう。
仮に“魔王“なんてものが存在するとすれば、それは――
「……邪神、フェイド?」
この海域をねぐらにしている、巨大な大蛇。
予言では海を越えて、なんて言っていたから多分、間違いない。飛び切りの災厄。
寝起きのものとは違う、嫌な冷や汗が流れた。
“お告げ”では『逃げろ』と言っていた。でもどこまで……世界の果て?
現実問題、それは無理だろう。私一人ならまだ、と思わなくもないけど、それじゃあ意味がない。私はこの国の“予言の巫女”なんだから。皆に吉兆を知らせて危険を回避させるための存在なのだから。
かと言って、魔王の襲来を告げる?
それも無理だろう。こんな小さな国じゃ、パニックになるだけだし、あの邪神フェイドに対して有効な手だてが打てるとは思えない。
「……姉さん、ならきっと違うんだろうな」
不意に口から洩れたのは、家出同然で出て行ったたった一人のお姉ちゃん。
その名声は私の所にも届いてくるほどだけど、今頃何処にいるのだろう?
――なんて。
◇◇◇
少し前、そんなお告げがあった事をふと思い出した。
確かに邪神フェイドはリリシィ共和国を襲撃してきたし、大変な事になった。それに“予言の巫女”は攫われて……て、私の事なんだけど。今、国は大変な事になってるんだろうなぁ、と思う。姉さんが上手くやっててくれればいいけど。
あ、そう言えば姉さんと言えば、あの時「男と幼女の二人組が来たら、男の方は即刻始末しろ」なんてこと言ってたよね?
それでエルシィが姉さんの言うとおり、二人組を連れてきて、だから男ん方は言われた通り、すぐ始末……国にやってきていきなり始末なんてそのヒトも可哀想だと思うけど、それも国の為。
……あれ? それで結局、どうなったんだっけ?
始末するはずだった男のヒト、邪神フェイドの襲来で、どうなったんだろ?
少し不謹慎だと思うけど、そのヒト、無事だといいのにな……。
「……?」
そう言えば私、今何をしてたんだっけ?
「……」
変態さんにキスされて……、え?
キ……ス……?
「――っっ!!??」
災難な子……なのかどうか、はてさてですが?