とある大会での一幕-22(幕間)
時間なんて――……と、3日連続(?)で叫んでみる。
◇◆◇
『……、』
空色の少女は、“聖遺物”リア・ファルは不意に停止した。
――正確に言うならば動かないではなく、動けない。
彼女の主である少年、クドウェルの姿は近くにはない。
この国――世界一の大国とも名高い軍事国家アルカッタの地下牢に無罪の罪で捕まっているからであり――だが本質的に言うならばそれは然程意味を持たない。例え世界一と言えども、それは所詮ヒトの世の事であり彼女ら“聖遺物”がその気になるのであればそれは何ら障害になりえない。その事実はつい先刻戦った、ヒトとして世界最強の少女の実力を鑑みれば明らかだった。
だから彼女がたった一人でこの場所にいるのは、主が捕まっているからなどではなく、他の理由あっての事である。
――本能的に。
もしも彼女らに本能などと言うモノが存在するのであれば、その表現が一番正しかっただろう。
虫の知らせとでも言うべき、このまま主の元へ留まってはいけない。それは“致命的”にいけない事であると言う……その少女の形をしたモノはイチも二もなく自らの魂の訴えに従った。
「こちらにいらっしゃいましたか。探しました」
その結果が、……コレ。
“聖遺物”リア・ファルの眼前に、メイドが立っていた。
どこかで見覚えがある筈の“白面”を被った、
――認識阻害
否、絶対に見たことがある筈なのに見覚えがない。
半ば、【この世の理に従う必要のない】“聖遺物”を相手にしてさえのこれほどの効果。
背筋には薄ら寒いものを感じながら、やはり“聖遺物”リア・ファルは動けない。
その女は、くすんだ銀髪にメイド服を着こなした“彼女”は、ただそこに立っているだけである。特別何かをしたと言う訳でなければ、何かをする素振りすらない。
けれど実際、“聖遺物”リア・ファルはその場から一歩として動けなかった。
「確か、リア・ファル様と仰いましたね、“聖遺物”の意思の方」
『そう、だ……です。我らの名は≪リア・ファル≫。汝らが“聖遺物”と呼ぶ、その意思……です』
「――成程」
『な、何が!? 何が成程なのか!?』
「リア・ファル様? 何をその様に“怯えて”いらっしゃるのですか?」
『お、怯え? 否、私は怯えてなんていない!』
「左様でございますか」
『さ、……左様だ!』
「……リア・ファル様」
『ななな、なに!?』
「いえ、一応自己申告させていただきましょうか。こちらだけが知りえているのはフェアではないと考えますので」
『ふぇ、ふぇあ? な、何が……?』
「只今の自己紹介、私には偽りの意志≪リア・ファル≫と聞こえました」
『そ、そうか』
「少しは安心出来ましたか?」
『うん……い、いや、何を言っているのか分からない!!』
「左様でございますか。――ああ、そう、それともう一つ、」
『?』
「もうひとつ、聞こえましたね。踊る道化≪リア・ファル≫、とも」
『……ぇ?』
「何かおかしなことでも、リア・ファル様?」
『――それは、変だ! 我らの名は一人一つしか聞こえないはずなのに――!!』
「……、成程。情報のご提供、ありがとうございます、踊る道化、偽りの意思、そして――運命を告げるモノ、≪リア・ファル≫様」
『ッッ!!』
「――おや? ……これは未だ忠告ですが、それほどまでにあからさまではその内取り返しのつかない事を知られてしまいますよ? リア・ファル様はバカ正直と言う名の欠点としか言えない“長所”を持つ旦那様とは、違うのですから」
『貴女、一体何者だ? ヒト……違う。妖精……も、違う。巨人、ではないし。龍種……とも、違う? なら神、いや使徒……いや、そのどちらとも、…………魔種、【厄災】?』
「――さて、どうなのでしょうね? 少なくとも“あのような”愚物と同列に扱われるのは、承諾しかねますと申しあげておきましょうか」
『あのような? 愚物? ……何の事?』
「残念ですが、リア・ファル様。これ以上は口を噤ませていただきます」
『……』
「その様に見つめられても無駄ですよ? 私は旦那様の様に幼女に見つめられたからと言って言葉を零してしまう特種癖は持ち合わせておりませんので」
『……何、それ?』
「さて? 旦那様曰く『幼いころのトラウマの一つだ』との事ですが、判断は保留にしております」
『……そう』
「はい。それで、リア・ファル様?」
『な、なななななんだ!?』
「ですからその様に怖がられずとも、私は何もしませんよ?」
『こ、ここっっ、怖がってなんていない!』
「左様でございましたね。ではリア・ファル様。改めて、私がこちらへ貴女を訪ねてきた理由なのですが、」
『……』
「――」
『……』
「――」
『……』
「――」
『……ゴクリ』
「貴女を消します」
次の瞬間のリア・ファルの行動は早かった。そして同時に完璧だった。
――ただし、そのどちらもが“普通ならば”であるが。
周囲へ不可視の結界を発動。周りへ被害を広めぬように――つまりは、被害を一点に絞るために。
攻撃で空間全てを埋め尽くす。初めから当てられないと分かっているのならば、空間ごと破壊してしまえばいい。
判断は半瞬、行動は一瞬の内で終了していた。
そしてその結果は、
「――などと言うのは冗談ですよ、リア・ファル様」
それこそが正に、冗談のような光景だった。
彼女の、まぎれもない全力の“数万撃”を受けて――確かに受けたはずなのに、その女は何事もなかったかのように平然と佇んでいた。
実際に埃一つどころか揺らいですらいない彼女のエプロンドレスだけをみるのなら、本当に何もなかったと勘違いしてしまいそうになる。それほどまでに、“まるで何事もなかった”。
リア・ファルに視えたのは、最初の一動作だけ。
彼女が微かに揺らめき、最初の一撃を相殺しようとするように僅かに手を引いて――それだけだ。次の瞬間には彼女は何事もなく、今と同じように平然と佇んでいた。
なんだこの化物は、と思う。
自分を……“聖遺物”を差し置いて化物など笑い話にもならないが――苦笑いさえ浮かんできてはくれない。
「私の用件は、貴女の主は誰か、と言う事を聞きに来ただけです」
『わ、わた……?』
情けない事に、それ以上は口が回らない。口に見えるだけのこの肉体など所詮偽りだと、そのはずなのに。
「ええ、リア・ファル様――貴女の“主”は誰ですか?」
『ある、……主は、クドちゃんに決まっている。私の主はクドちゃん以外にいない』
「それは本当に“主”で? “使用者”ではなく?」
『何が言いたいの? 私が、クドちゃんを裏切るとでも?』
「いえ。私が聞きたいのは、果たして貴女が旦那様の害になるかどうかという事で――それ以外は何をしようとも私の知外の事ですので」
『……』
「それで御答えは?」
『貴女の“旦那様”なんて、私は知らない。けれど、その“旦那様”とやらがクドちゃんの敵にならないと言うのなら、私はその“旦那様”の敵じゃない。……それに貴女とは戦いたくない』
「戦う? 何の事でしょう?」
『……戦いにもならないとそう言いたいのか?』
「さて? 私にはリア・ファル様が何を仰っておられるのか、理解しようとしておりませんが」
『……』
「それに旦那様がクドウェル様の味方である限り、リア・ファル様が旦那様に牙剥く事はないとそう仰って下さったのであれば、私はそれ以上の事はなにも問いません、――ああ、いえ」
『な、なんだ?』
「最後に一つだけ――リア・ファル様はチートクライと言う名を知っておりますか?」
『? それは三柱が一柱、男神チートクライじゃないのか?』
「――、いえ、ありがとうございました。リア・ファル様」
彼女は一つ、深々と頭を下げて礼をして。
現れた時と同様、瞬きを一つした間に消えていた。
『……世の中は、広い。うん』
◇◆◇
……いっつぁ、ぱ~らだいすぅ!!
まだ残暑が続くなぁ。