とある大会での一幕-21(事後処理・さん)
時間なんて嫌いだー!!
◇◆◇
武術大会が大混乱の内に終了を迎えてから――未だ半日と過ぎない程のほんの少し後。他方ではアルカッタの宝物庫――事実上、スフィア王国と双璧を並べて難攻不落と言われる場所――へとある侵入者が密入したのと同時刻。
「――さて、困りましたね。どうしたものでしょうか」
微塵も困った様子を見せず、そのくすんだ銀髪の美女はそううそぶいた。
実際それほど困ってもいないのだが、だからと言って全く困ってない……と言う訳でもなかった。
目下悩みの種は二つ――
一つはこの事態、ある程度の不安や喧騒は収まったものの、それでも未だ不安不満を下火に持った住人達を如何にして満足がいくように収めるか。
もう一つは、彼女自身中々の出来であるとそれなりに満足を覚えている、とある重犯罪人の似顔絵付き手配書の扱いをどうするか。
そのどちらもとても重要な、かつどう転ばせても良い懸案である。
取り敢えず、
「【リトライ】――そして私は撰び給うた」
手配書に手を当てて、それを数百枚程“複写”する。
続いてその手配書の束を無造作に空へと放り投げて、――手配書らは自分たちの行き場が分かっているかのように、一枚として同じ方へと向かわず、風に乗ってひらひらと飛んでいった。
「さて、残りは――」
と、半身をずらしてソレを避ける。
間入れず放たれる連撃を残像を残して全て避け。つい先ほどまで何事もなかったかのように彼女へと向けて礼をした。
「御久し振りに御座います、クリステル様」
「――ちっ、リリアンの姐さんもだけど、相変わらず反則的な動きをするわね」
「それは侮辱ですね? ありがとうございます、クリステル様」
「……」
クリステル・リュートリアム――W.R.第六位の女傑である。とはいっても見た目は女傑とはほど遠い、その辺りで商売でもしていそうな街娘に見えなくもないのだが。
そんな彼女の獲物は細身の刺突剣、レイピアであったが、その切っ先はくすんだ銀髪の美女へと向けられたまま、しかし一度として彼女の肌どころか服に触れる事もなかった。
「それで如何なされたのでしょうか、クリステル様? 用件は――“リリアン様と同様”であるとの見当はついておりますが、念の為にお尋ねしておきましょう」
「いや、そこまで分かってるなら聞く必要もないでしょう」
「ですが万が一という可能性は御座います」
「……貴女相手に口で勝てるとは思ってないんだ。だから単刀直入に聞くよ」
「はい、如何しましたか?」
「――あの男は何処にいる? 貴女が此処にいるって事は、どうせすぐ近くにいるんでしょ?」
「おや、お気づきになられなかったのですか?」
「気付く? 何の事?」
「旦那様ならば今大会に出場なさっておられましたよ? 名前を“アーク”と言う、“白面”を被った怪しさ満点の御方です」
「――っ、あの!!」
「……クリステル様にも気付かれなかった、と言う事は旦那様の変装もそれなりに様になっていると言う事なのでしょうか?」
「いや! でもそれはおかしいよ!!」
「おかしい? そもそもあのようなバカげた恰好をするモノなど旦那様をおいては他に――そうですね、リトル様くらいしかおられないかと思いますが?」
「リトル? それ誰?」
「マイファという小国の、王子様で御座います。御存じありませんか?」
「マイファ……、ああ、あの十二の美姫がいるって声高い、…………て、もしかして“また”?」
「また、とはどのような事でしょうか、と問い返させていただきます」
「風の噂に聞いたんだけど、マイファの国の美姫全員を虜にした――もう死ねばいいのにってほどにこの世界で一番幸運? 不幸な男がいるって言う、それもしかしなくても、」
「まあ、その殿方も大変そうで御座いますね」
「いや、だからその、」
「ええ、実に大変そうで御座います」
「……」
「大変そうだと――そうは思いませんか、クリステル様?」
「……そう、だね。うん、大変そうだね」
「ええ、全く。……ああ、そうでした。クリステル様、こちらをどうぞ」
「? 手配――」
「なんでも今回の武術大会を滅茶苦茶にした凶悪犯だそうです。おまけにクリステル様の経歴に傷をつけた劣悪漢でもありますね。どうかくれぐれも、お気を付け下さいませ?」
「て、これレムじゃない」
「他人の空似では御座いませんか?」
「いや、名前もちゃんと書いてあるし。“レム・ザ・ガールズリッパー”て。……何、コレ。がーるずりっ、女狩り?」
「クリステル様の実力は存じ上げておりますが、くれぐれも注意して下さいませ?」
「あ、いや、うん。それは分かってるつもり、だけど――」
「それは大変宜しゅうございました」
「――じゃ、なくて! あの男は!? 近くにいるんじゃないの?」
「近くにいたとして――如何なさるおつもりなのですか?」
「当然細切れにする!」
「まあ、それは大変ですね」
「だからっ、かくまっているのなら素直にあの男を出しなさいっ!!」
「……残念なことですが、誠に残念なことですが。只今旦那様はこの場を 留守にしておりまして。お連れする事はそう簡単にはいきそうもありません」
「留守? それは――ッッ!!??」
勢いよく振り返り――そこにいたのはたった一人の少女。ただし、ヒトとして世界最強の、と言う但し書きがつくが。
「……あら、そこにいるのはクリステル……いい所にいますわね」
「……リリアンの姐さん」
「丁度いいですわ。身体の火照りが中途半端で収まりませんの。貴女に相手をしてもらいましょう?」
「……全っっっ力で! 遠慮します」
「そう? なら――」
と、視線を動かした先、つい先ほどまでいたはずのくすんだ銀髪メイド美女の姿はそこにはない。
「――、やっぱりあなたに相手を願いましょうか。クリステル・リュートリアム、相手にとって不足なし、ですわ」
「嫌だ!! そんなお金にならない事!!」
「あら? なら私を満足させてくれれば、金貨五千払いますわ」
「……」
「いかが?」
「――やっぱり嫌! 姐さんと戦うリスクとリターンが合ってないものっ、それならあの男を探してた方が何倍もマシ――」
「……あの男?」
「そう! 懸賞首、レム・ザ・ガールズリッパー! あいつを探して捕まえる方が……」
「――そう言えば、私もレムを探してたんでしたわ。つい、忘れて……ああ、いえ、そう、“誤魔化されて”いましたわね」
「っ、ならリリアンの姐さんも私と戦ってるよりも、」
「風の独り言ですが、旦那様はアルカッタ方面へと逃亡されたようですね。――ええ、あくまで風の独り言ですが」
と、自称“風の独り言”が二人の間に割って届いた。
周囲を見回せど――やはり誰の姿もありはしない。ただ“風の独り言”が届いただけである。
「「――アルカッタか」」
そして少女二人はお互いに見つめ――そして同時に頷き合った。
握手をして、無言のうちに暗黙の共同戦線を張る。まあ標的を見つけた後は――早い者勝ちなのは当然の事である。
「「……」」
どちらが出しぬけるか――そもそも本当にアレを見つけ出せるのかと言う問題もあるが。
お互いに、二人の少女はほぼ同時に、弾けるようにその場から動きだした。
――そして。
二人の少女が居なくなってしばらく。そこに音もなく一つの仮面が転がり落ちた。白い、ただ白い、何の突起もないそれは正に“白面”であり――
ソレを拾い上げる手があった。
「“白面”を一度壊した報いですね。精々逃げ回って下さいませ、旦那様。……狙い目としてはやはり、あの二人に追われて疲れ果てたころ合いが一番でしょうね。――ふふっ」
くすんだ銀髪の、メイド服を着たその女は傷一つない“白面”を手の中で弄んで、静かに――白面を己の顔に被った。
「さて、もう一働き――詰めを行いますか」
◇◆◇
まだ大丈夫、まだ大丈夫、一時間遅れなんてその日のうちだよ……と、自分を勇気づけて見ている昨日今日、このごろです。
うん、頑張ろう。