とある大会での一幕-12(決勝戦・いち)
……不思議だ。何故かシリアスっぽい雰囲気が続かない。
何故だろう?
決勝戦。
だが舞台の上には一人――先の試合で勝ち残ったクドウェルと言う少年の姿しかなかった。対戦相手であるはずの“白面”をつけた男、アークの姿はそこにはない。
此処に来るまでにそれなりに緊張していたクドウェルは対戦相手の姿が見えない事に若干の不安と、盛大な安堵をおぼえていた。
何せ自分の秘密を一目で見破った相手である。緊張しない方がおかしいし、居ないと言うのであればそれに越した事はない。
余談だが――。
この世には“聖遺物”なるモノが存在する。何処から現れたのか、なぜ存在するのか、一体“誰”の遺物だと言うのか、一切が不明の代物。
“聖遺物“に対してはっきりしているのは、ソレは“死”を呼び“死”を好むと言う事。聖遺物の存在が確認される大抵の場合は大量虐殺の現場であり――そこには最終的に“聖遺物”以外何も残らない。
けれど一方で、“聖遺物”とはあくまで“物”だ。つまりは使い手が存在する。最も頭には“一時的な”あるいは“一度限りの”と言う言葉がつくし、“聖遺物”を使えばその使用者はほぼ間違いなく死に至るのだが。
ただ若干の例外としてスフィア王国の国宝とされている不敗の楯≪グレイプニル≫の存在などが挙げられるが、ソレは本当に例外中の例外である。
基本的に“聖遺物”とは“死”を呼び“死”に呼ばれるモノであり、“聖遺物”を好ましく思うモノなどこの世界にはほとんどいない。むしろ忌々しい、恐れ憎むべきモノとあらわした方が正しい。
――故にその使い手も当然忌み嫌われている。それこそ見つけ次第に殺しても罪にならないくらいに、である。
だがクドウェルの安堵は長くは続かなかった。
足元で己の影、闇が蠢いた――そう違和感を覚えた次の瞬間には“白面”をつけた全身黒尽くめの男がクドウェルの背後に、いた。
「――背中ががら空きだぞ、少年」
「っ!?」
慌てて、弾かれた様に距離を取るクドウェル。
それを往々と観察して、クドウェルが最大の警戒態勢を取ったのを見届けてから、男は“白面”の下でニヤリと唇を釣り上げた。
「真打、登場!」
「い、生きてたんですか」
「ふははははっ、この世に闇、欲望、絶望のある限り、俺は何処にでも現れよう!」
「……は?」
「そして世界は混とんに覆われ、小人たちは絶望に打ちひしがれるっ、それが俺の何よりの糧となるのだっ!!」
「……えっと」
「さあ、盛大な宴を始めようじゃないかっ、“聖遺物”使い」
「っ!!」
男が言い終えた――瞬間。
男の足元、影から大量の木々が溢れだして二人を、そして舞台全体を包み込んだ。
それは“白面”の男が現れてからほんの僅かな間の事で、その間に何かしらの行動を取ったのはたった一人だけだった。
◇◆◇
「……何をなさっておられるのでしょうか、あの旦那様は」
「――恰好良い、素敵ですわ」
「……、リリアン様?」
「やはりここは私も登場しーんに必須のきめぽ~ずと言うモノを会得……」
「――リリアン様」
「はっ!? あ、いえ、今のは別にレムが素敵などと言ったのではなくっ」
「いえ、他所の趣味趣向にとやかく言う気は御座いませんのでどうか落ち着き下さいませ、リリアン様」
「そ、そそそ、……そうですわね」
「しかしながら旦那様も何をふざけておら、――リリアン様、お手を」
「? どうかしまして?」
「説明は後ほど。旦那様を見失わぬうちに、お早く」
「――分かりましたわ」
そうして、くすんだ銀髪のメイドが差し出した手をリリアンが取った、その直後。
――始めようじゃないかっ、“聖遺物“使い
リリアン本人ですら知覚できない程の速さでお姫様抱っこ――この場合正に“お姫様”抱っこである――をして、くすんだ銀髪のメイドは軽やかに、増殖を続ける木々の中へと跳んだ。
◇◆◇
「っ!? ここは……」
見渡す限り――森が続いていた。ただ立っている二人の周囲だけが、クドウェルと“白面”をつけた男のの舞台であるかの様に拓けていた。
「さあ、おあつらえ向きの舞台を用意してやったんだ。包み隠さず全力で踊ろうじゃないか、聖遺物使い」
「あな、……お前は、一体何が目的なんだ?」
「目的?」
「……」
「目的ねぇ……。神を殺し尽くす事――なんて言ったらお前は信じるかな?」
「神様? そんなモノはとっくに滅んでいるはずだ」
「そうだな。言い方は間違ってるが“神”は一度死んだ。ああ、それは間違いない」
「……何が言いたい?」
「いや、これ以上は別に何も? 俺は俺の目的を言っただけだし、それをどう受け取るかは全部お前次第だよ、聖遺物使い」
「っ」
「ま、今の目的は別にあるけどなっ。取り敢えずは、そうだな……――本気で来い、じゃないと死ぬぞ」
“白面”の男が軽く手を挙げた――それに応えるように、クドウェルの足元から生えた木々がドーム状に彼を捕まえようとする。
「くっ!?」
上に跳んで逃げたクドウェルを更に木々が追い、迫る。
「っっ」
あと一歩で捕まる、と言うところで、“何もない空中を蹴って”、クドウェルは真横へと跳んでそれを避けた。
「何だ、そりゃ」
「っっ、くそっ!?」
「ほら、だからそんな小出しに使う必要ないって。此処は誰の目もないんだからお前が持ってるソレ、存分に使っても良いんだぞ?」
「――何をっ!!」
「言ったはずだぞ、じゃないと死ぬぞ、って」
「っ!?」
今まで辛うじて避けていたクドウェルの片足を、遂に気の一本が捕え、宙釣りにする。そして彼へと殺到する木、木、木の槍。
いや、数が多すぎるて“面”になってしまっているそれらは木の槍と言うよりも既に樹木の処女と呼んだ方が的確だ。
――そんなモノは避けようがない。
そしてクドウェルへと樹木の処女が迫る中、不意に何処からともなく空色の少女が“出現”した。
『……』
両手を広げて、まるでクドウェルの盾になる様に樹木の処女の前へと立ち塞がり、
『逢いたかった、姉さんっ!!』
『妹よ!!』
「「は?」」
ぽぅんっ、と効果音(?)を出して突如樹木の処女の前に出現した緑の少女と、――良く見ればそれに瓜二つな空色の少女が互いにひしりと抱き合っていた。
『健やかそうでなによりです、賢明なる私の妹』
『姉さんもお元気そうで何よりです』
『何か困った事はありませんか?』
『うん、今の主が暴力的で全然ご飯をくれなくって冷たくて酷い鬼畜と言う以外は困ってないです』
『まあ! それはなんて可哀想な妹!』
『姉さん!!』
「妹!!」
再び、ひしりと抱き合う二人(?)。
「「……、は?」」
そしてついていけないのは残されている二人の野郎である。
いつの間にか足に絡まっていた木は消え失せて、地面に座り込みながら呆然とその様子を見上げているクドウェルと、『そーきたか、そー来るのか、くそっ』なんて事を呟いている“白面”の男。
『それで、姉さんはどうなんですか? 主に何かひどいコトされてません?』
『――そんな、とんでもない! クドちゃんは私にとっても良くしてくれています。何と言っても三食昼寝つき!』
『三食昼寝!?』
『三食昼寝!!』
『何て素晴らしい!』
『クドちゃんは素晴らしい主なんです!』
『それに比べて私の主は……美味しいけどケチで暴力的でご飯もくれない、昼寝の時間はたっぷりあるけど、ご飯くれない悪逆漢』
『妹よ、ここはもう下剋上しかないと姉が進言します』
『下剋上!』
『下剋上!』
『三食昼寝を我が手に!』
『目指せ、五食昼寝付き!』
『ならば私は七食昼寝付き!』
『なら、なら、私は十食昼寝付き!』
『ならならなら、私は二十食昼寝付き!』
『なら私も――、と思いましたが二十食以上はお昼寝時間がなくなりそうなので二十食昼寝付きで』
『二十食昼寝付き!』
『二十食昼寝付き!』
――と、緑の少女と空色の少女、二人の視線が同時に“白面”の男へと向いた。
『その為に下剋上を……』
『手伝います、可愛い私の妹』
『でも姉さんには姉さんの戦いが……』
『大丈夫、クドちゃんは優しいので、二十食昼寝付きも認めてくれます』
『おぉ、なんてすばらしい主!』
『クドちゃんは素晴らしいのです!!』
『クドちゃん素敵!』
『と、言う訳で私の心配は無用です、可愛い妹。そして、さあ今こそ夢を手に入れる時!』
『下剋上!』
『下剋上!』
『覚悟、主!』
『覚悟!』
「……えー」
何故か息をぴったり揃えて襲い掛かってくる緑色+空色少女ズに、“白面”の男は如何にもやる気のない溜息を吐いて、
「――さ、これで驚くほどそっちが有利になったぞ。どう動く、聖遺物使いクン?」
仮面の下で愉快そうに、唇を釣り上げた。
◇◆◇
ちなみにレム君は未だにクドウェルくんの名前を覚えてなかったり。