とある大会での一幕-10(乙女の対話的なナニか)
密談は、基本的にレム君の都合の悪い事ばかりの内容です。
……くわばらくわばら。
「御久し振りに御座います、リリアン様」
「……、――貴女」
彼女が気付いた時に目の前にいたのは、半分怒りに――もう半分は“戦闘的好奇心”という己の悪癖に任せて、跳びかかっていた白面で顔を隠した男ではなかった。
目の前にいるのは見覚えのあるくすんだ銀髪の侍女。
一体何がどうなったのか、それが一番に思い浮かんだ事だった。
気を失って連れて来られたにせよ、強制的に転移されたにせよ、余りにも目の前の景色とつい先ほどまでの景色とが不連続過ぎた。
――いや、けれどそんな事は目の前の存在を考えれば実に些細な事に過ぎない。“彼女”が此処に居ると言う事は、即ち。
最後の思考を遮る様に、絶好のタイミングで“彼女”が口を開く。
「御気分の程は如何でしょうか、リリアン様」
「気分は悪くありませんわ。――死合いの邪魔をされたのは少々肩透かしではありますけど」
「それは大変失礼いたしました」
「全くですわ」
「ですがリリアン様、あの時点で既に決着はついておりました」
「つ、ついていませんわっ、私は負けてません!!」
「いいえ、これ以上ない程に、リリアン様の“弱点”をついての、かつ目立たず実力を見せず、考えうる限り最良の完全勝利かと」
「ぁ、あれはっ……ちょっと油断した、ではなく。兎に角私は負けてなんていません!!」
「この期に及んで言い訳は貴女様らしくありませんね、リリアン様。それとも――負けを認めればご自身の宣言通り、結婚しなければいけなくなるからでしょうか?」
――婿に取るならば私よりも強い殿方がっ。
一瞬、過去の自分の発言が思い浮かんで、すぐにかき消した。
「っっ、そ、そんな事はありません!!」
「その慌て様は図星ですね」
「ちち、ちがっ、」
「それでもまだお認めにならないのは、もしや心に決めた殿方でもいらっしゃるのですか?」
「――そのような御方など居りません!!!!」
「……おや、こちらも図星でしたか」
「だから違っ、――いえ、そもそもですねっ、貴女が此処にいると言う事は、つまりあの“白面”をつけた彼、いえあの方は、」
「誰が見ても怪しさ満点、馬子に衣装の旦那様ですね」
「――やはり!」
「と、リリアン様。何処へ行かれるつもりですか?」
「何処? そんなの決まってますわっ、今すぐレムの所へ行って、先程の勝負の続きをっ、」
「その様に仰られるのは分かっておりましたので、今こうして軟禁させて頂いております」
「軟禁……?」
「はい」
言われて初めて気付くが、今二人がいる部屋には出入り口は一つ、“彼女”の背後にあるドアしかなかった。
しかもご丁寧にもそれ以外の場所には結界が――魔法の類が苦手な少女にも分かる程の密度・強度、レベルのモノが張られていた。
「……成程。これは確かに態の良い軟禁ですわね」
「はい」
「……――ですが、正面から貴女を打ち倒すのであれば話は別でしょう?」
「そうですね。それも間違いではありません」
「ならっ――」
軽く拳を握り、
「それが可能ならば、ですが」
「っ」
何の気負いもない“彼女”の言葉に思わず二の足を踏んだ、踏んでしまった。
「おや?」
「……くっ」
「いえ、リリアン様? 余り、その様に構えないで下さいませ。私としてはただ一つ、ご提案をしたいと思っただけなのですから」
「……提案、ですって?」
「はい。提案で御座います。ですので、その様な剣呑な殺気を出すのはお止め下さいませ。でないと、」
「でない、と……?」
「大変な事になってしまうかもしれませんね?」
「大変な……ふふっ、良く言いますわねっ」
「いえ、それ程でも御座いません」
「……」
「それでご返答の方は如何でしょう、リリアン様?」
「一応、その提案を聞きましょか。ただし、もしその提案が気に入らなければ、貴女の言う“大変なこと”になりますけれど?」
その時は自分も覚悟を決めなければならない、と。
「それはよう御座いました。いえ、それならば恐らくはリリアン様の仰る大変な事にはならないでしょう」
「そうなの?」
「はい。リリアン様にとっても決して悪い事ではなく――何より貴女には拒絶する理由が何一つないのですから」
「……」
「……」
思考停止は一瞬。
“彼女”の断言が気に食わなくはあったが、それでも先を聞かないわけにはいかなかった。
「……聞きましょうか」
「はい。とは申しましても私の提案、と言うよりも要望でしょうか? は一つだけです。今大会が終わるまで旦那様の事は放置して下さい。それ以降ならば煮ようが焼こうが構いません」
「煮ようと焼こうと、ですか?」
「はい。何ならば婿に取り入れようと奮闘なさっても、私は一向に構いませんが?」
「婿――っ!?」
「おや、リリアン様、顔がお紅いですよ?」
「しょっ、少々先程の死合いの熱気が抜けきっていないだけですわッ」
「左様でございましたか。それは大変失礼いたしました」
「そうです、だからこれは決して照れてるとか恥ずかしがってるとかその時の事を想像したとか、そう言う事ではないのです、決して!」
「はい、存じております」
「……なら、良いのです」
「はい、リリアン様」
全て承知している、と言うような表情――とはいってもそれは気の所為であり、全くの無表情だったのだが――に何だか全てを見透かされているような気になって、僅かに視線を逸らして、彼女は場を仕切り直すことにした。
何だかこの流れは非常によくないモノの様に思えたのだ。
「んっ……コホンッ。――それで大会が終わるまで、とはどういう事なのです?」
「いえ、単に凛々しい? お姿の旦那様を出来るだけ長く私が拝見したいだけです」
「凛々しい……?」
「はい。旦那様にしては珍しく、今やる気になっておられますから。私が発破を掛けずに――ともなればこのような機会は滅多にないのです。良い機会ですので、リリアン様も本来の旦那様のお姿を見ておいた方が得ですよ? 大変なレアモノですので」
「……レアな、レムの姿?」
「はい」
「……」
「如何でしょうか? “今大会中”に手を出さないと約束して下さるのであれば、このように私としても不本意な事をしなくて済むのですが」
「そう、ですわね……」
「……」
「良いですわ。“大会中は”レムに手を出さないと約束しましょう。これもよい機会ですし、いえ良い機会と言うのはレムの事を見極める、いや見極めると言ってもそれは婿とかそういう事ではなくてですねっ、あくまでつわものと言うことであって!」
「私は何も申し上げておりませんが?」
「……」
「……」
「……何でもないですわ。聞かなかった事にして下さいな」
「はい、リリアン様」
「……」
「まあ、照れておられるのは分かりますが、」
「照れてません!」
「左様で。それは失礼いたしました。ですが時間も押しておりますし、参りましょうか。そろそろのはずですので」
「そろそろ?」
「はい。準決勝――旦那様の試合が、で御座います。……ご覧になられますよね?」
「ええ、そうね、そうですわね。……行きますわ」
「はい。では参りましょう。私が先導いたしますので、どうかその後に」
「ええ……」
と、先を行く“彼女”の背中を眺めて――ふと、思い出した事を彼女、リリアン・アルカッタは最後に口にした。
「私、本気の貴女とも戦ってみたいわ。大会後にどうかしら?」
先を行く“彼女”は振り返り、無表情のまま、微かに、少しだけ困ったような表情を浮かべて、軽く頭を下げて礼をした。
「――謹んで遠慮させていただきます」
「……そう」
その答えは予想できたことだ。だから“彼女”の返答はそれほど驚く事ではなく、ただ少しだけ、残念に思っただけだった。
――今は、
取り敢えずは、彼の戦姿を見るのが最優先。
◇◆◇
……あと、二回っ。
いつの間にやらもう準決勝。