とある大会での一幕-9(三回戦)
強敵とかいて、おとめと呼ぶ。
「アーク、と言いましたね」
「……、……、……リリアン」
白面をつけて片手には剣をだらりと垂らした男と、対面するは見事な金髪をなびかせる見目麗しき少女。美少女、と言いなおしても良い。ただしその姿は『ちょっとお茶しに来ました』と言っても納得してしまうような軽装、と言うか普通の町娘が来ているような服装、しかも下はスカートである。
男が絶望した様に白面に片手を当ててその下で嘆息したのは、決して彼女の服装が戦闘に適していないとか、もっと率直にその恰好はありえないだろとか思った訳ではない。ましてや彼女の容姿に見惚れたからでもない。……ただ多少それらの感があったことは否めないのだが。
「貴方の実力は前の仕合いで拝見させていただきました。ですのでお互い――良い死合いをしましょう?」
「……なぜ気付かなかった、俺」
「? 如何したのかしら?」
「――ああ、いや、気にするな、むしろしないで下さいお願いします」
「??? よく分かりませんが……分かりましたわ」
「……はぁぁぁぁ、しかし参った」
「……どうかしまして? やる気がないのは前二試合と同じですが、何やら精細さを欠いていますわね」
「いや、これからの事を思うとかなり憂鬱で。……と言うか、姫さんがこんなところで何してるかね?」
「っ!?」
「ゃ、そんな驚かれても。“リリー”とか全然センスのかけらもない偽名使ってるみたいだけど、それだけだし。変装とか特にしてないし、そりゃ一目瞭然だろ」
「――貴方、私と何処かで会ったことがあったかしら?」
「いや、滅茶滅茶初対面。誰が何と言おうと何か引っかかるところがあろうと初対面。絶対初対面だ」
「……です、よね? 貴方の様な愉快なのは一度会ったら忘れないと思うのだけれど……」
「初対面相手に愉快とは随分な物言いだな」
「? ……おや、これは失礼しましたわ。淑女としてあるまじき発言でした」
「……誰が淑女だっ」
「私ですわ」
「聞こえたか、地獄耳め。つか、こんな武術大会に喜々として出場する淑女はいないと思うぞ?」
「此処にいますわ」
「んな胸張って言われても……と言うか、胸当てとかしないでいいのか?」
「心配して下さる事は痛み入りますが、防具など私には必要ありません。防具、そして武器はこの私の肉体一つで十分!」
「……年頃の娘さんに『武器は自分の肉体一つで十分』とか言われてもなぁ。むしろそう言うのは筋骨隆々のおっさんとか漢とか野郎なんかが言うべきセリフだと思うんだ、俺」
「ふふふっ、久しぶりに血が滾りますわ」
「盛り上がってるところ悪いけど、俺が胸当て必要かって聞いたのはそう言う意味じゃなくてだな、」
「?」
「戦闘中にその胸が揺れたり揺れたり、揺れたりして邪魔じゃないのかなって思っただけだ」
「……ゆれ?」
「そ。邪魔じゃないか?」
「……」
「まあ? そんな重力とか慣性とか色々なモノを無視してる輩もいる所にはいるってのは知ってるけど。主に身近で」
「……」
「ん? リリア――」
瞬間、男は吹き飛ばされていた。
あわや場外、と言うところで剣を地面に突き立てて――踏ん張る。あと半瞬反応が遅ければ確実に場外まで吹き飛ばされていた。
ちなみに今更になるが、今大会のルールはリングがあり、その中で試合を行うモノである。勝敗の決定法はは互いの戦闘不能あるいはどちらかが負けを認めること、もしくは場外の三種類である。
あと極力死なない殺さない様に、と言う事はあるがそれは参加者同士の暗黙の了解的なモノであり、対戦相手を殺してしまったからと言って何らかのペナルティが発生する事はない。流石に余りに“みえみえ”だったりするとその限りではないのだが。
「ちょ待、いきな、」
何とか耐えきって、文句を言おうと顔を上げた男の眼前にあったのは当る直前の踵落とし。
「――うおぉ!?」
ギリギリで半身を捻ってかわした直後、轟音が鳴り響いた。
「――」
「っ!!」
すいっ、とその気配もなく間合いの内の内――超近接戦闘の距離に身体を滑り込ませてきた彼女の姿に、決断を下したのは一瞬のことだった。
対処不可。
全く鮮やかな手際に、場外まで吹き飛ばされる自分を想像して男は全身の力を抜いた。せめて衝撃を分散させるように、との最後の悪足掻きである。
「破廉恥ですっ、助平ですっ、変態ですっ、恥を知りなさいっ!!!!」
「――?」
来たのは打撃でも斬撃でも衝撃でも無く――顔を真っ赤に染めた可憐な少女のドアップだった。
「大体ですっ、神聖な死合いの最中にそんな……ふっ、ふしだらな事を考えるなんてもっての他ですわよッッ!!」
「あ、あー……」
そう言えば目の前の少女は見かけによらず――いや、この場合は“性格に寄らず”“見た目通りに”初心で奥手であったのだと。
――……男はある種の感慨に耽りながらもその羞恥か怒りか、あるいはその両方で頬を真っ赤に染めた美少女を――美少女の姿を堪能、する間は与えられなかった。
「それに――私の名を気安く呼ぶのを貴方に許した覚えは、ないわ」
ゾッとするほど――何の違和感もなく続けられた言葉。
と、同時に超至近距離からの拳打。常人ならば気がついた時には放ち終わっているソレは正に神速と呼ぶに相応しい。あくまで相手が“常人”であるならば、ではあるが。
「っっ、あぶ……」
少なくとも男は“常人”の域ではないのか、男が手にした鋼の剣が拳打を止めていた――かに見えたのも一瞬の事。男が手にしていた剣が、内部から弾け飛び四散した。
「……ゃ、あり得ないだろ」
「――今のを防げるなんて、どうやら近年稀に見る“当り”の様ですわね、貴方」
にこりと微笑むその表情が童女の様で目の前の少女がいっそう可愛らしく見える、ではなくて。
「あんなの生身で喰らったら死んでるっつーのっ」
「でも、貴方は防ぎましたわ」
「そりゃまあ、防ぐだろ」
「そうですわね――ですが、余り調子には乗らないで下さいな?」
「はい?」
「私を好きにしたいのならば私に勝ってからになさい、と言う事ですわっ」
再び打ち出された拳を半分程になった剣で受けるも、同じように剣が弾け飛んで、男の手に残ったのは柄の部分だけ。
「いや、好きに云々は別に……」
「私に魅力がないと仰るつもりっ!?」
「や、つか『私に勝ったら、私の全部をあ・げ・る☆』なんて事を軽々しく言わない方がいいぞ?」
「な――」
「ほら、仮にも美人なんだから」
「なななななななな、そっ、そんな事は言ってませんわっ!! 私は私を好きにしたいのならば勝ってからに――」
「それ、同じ意味だから」
「――」
「まあ? W.R.ランカーに勝てる輩なんてそういるわけじゃなし、別にそんな事を豪語してても問題ないかもしれないけどな」
「――」
「……ん?」
「っ、この――破廉恥漢、がっっ!!!!」
「っお!?」
顔面に向けて真っすぐ放たれた拳を、咄嗟に残った柄で受け止める――それ自体は成功したが、刀身同様やはり柄も跡形もなく吹き飛んだ。
「どっ、何処まで私をバカにすれば済むんですのっ!?」
「……いや、バカにする気は全然ないんだが」
「なら先程から一体何なんですか、貴方はっ!!」
「先程からも何も……そう言えば顔、滅茶近いのな?」
「――は?」
「だから、顔。もう少しでも唇を突き出したら触れるんじゃね? てくらい近いな」
「――ぇ?」
「どれ、ちょっと試してみるか。――ん~」
「んにゃ!?!?」
白面で顔を覆い隠しておきながら唇もなにもあったモノではないのだが、本人としては唇を突く出している感じである。
対する少女の動作は素早かった、と言うか残像すら発生した。
顔を真っ赤にしたまま壁際まで後退り、何かを言おうとしているのか口を開くが、ソレが言葉にならないらしい。何度か口を開いては、閉じていた。
「ぁ」
「……」
「ほら、ちょっと落ち着いて。深呼吸でもしてみたらどうだ?」
「っっ、――ふっ、はぁぁぁぁぁぁぁ……、」
大きく息を吐いて、それで少し落ち着いたのか、顔が真っ赤なまま少女はわなわなとふるえる指先を男へと向けて――
「……えー、リリー選手、場外によりアーク選手の勝利です」
何処か戸惑ったような、そんな審判の声が二人の間に割り込んだ。
「……、え?」
「よし、勝った!」
「ちょ、ま――待ちなさいっ、今のは――」
「おや珍しい。“神聖”な勝負にケチをつける気か?」
「あ、いえ、それは……ですが――っ!」
「ふはははは、やっぱり今の俺は一味三味も違うな。楽勝だぜッ」
「いっ、今のは卑怯ですわっ」
「卑怯でも勝ちは勝ちだろ? てか、自爆したのはそっち」
「~~っ、ですがこのような結果、納得しかねますわっ――」
言うが早いか、轟音を――大地を踏み砕いた轟音を残して少女の姿が掻き消えた。
「っ!?」
反射的に、男は振り返って――、
「……、……、……?」
そのまま、消えたまま少女が現れる事はなかった。
◇◆◇
ずのープレイの勝利です?