とある大会での一幕-5(一回戦)
……駄目だ、こいつ。
「さて、一回戦のお相手は……」
「――ふっ、キミが僕のお相手かい?」
垂れた前髪をさっと掻き上げて、それは如何にも貴族のお坊ちゃま然とした男だった。
一見キザ男っぽく見えて、その実おバカにしか見えないとか何とか、そんな感じである。
「わーやるきなくした。かえる、おれいますぐかえるー」
「ふふんっ、この僕に恐れをなして帰ると言うのだね? ああ、それは仕方ないことだから、止めるつもりはないよ」
「うわ、何こいつ。益々やる気なくすんですけど?」
「怖がりな臆病ものは家に帰ってがくがくと震えていればいいさっ」
「――あん? なんつった、テメェ」
「おや、本当の事を言われて怒ったのかな? でもそれは仕方がない。それに、この僕に対して震えあがってしまうのは仕方のない事だ、」
「――ククク、面白いこと言ってるな、お前」
「……な、なんだ。急に寒気が?」
「よし。やる気がないのは仕方ないとして。良いさ、少しだけ遊んでやる。――掛かってこいよ?」
「な、何だね。急に態度が大きくなって……そうか、開き直ったのか。ふふっ、まあそれも僕を前にすれば当然のコトだけどね」
「御託はいいぞ。この俺が遊んでやるって言ってるんだ。遠慮せずにかかってこい」
「……不思議だね。まるでこの僕が馬鹿にされているようだ」
「こう言うバカには直接言った方がいいだろうしな……そうだよ、バカにしてるんだよ、愛すべきおバカ」
「何だとっ!? 何だかその台詞はキミにだけは言われたくない気がするぞ!!」
「……それはどういう意味だ」
「良し良いだろう。キミがそこまで言うのなら、この僕の華麗な剣舞を見せてあげようじゃないか!」
「いや、そんな事よりもさっきのセリフの意味――」
「せいっ!」
「っ!?」
ヒュ、と言う風切り音とともに、レイピアが白面の表面を僅かに滑って過ぎていく。
「あ、危……」
「おや、今のを良く避けたね?」
「いきなりってのはどういう了見だ、おい!?」
「ふふっ、仕合いは既に始まっているのだよ? 油断しているキミが悪い」
「それは……まあ確かにそうだけど」
「と、言う訳で大人しく沈んだ方がキミの為さっ、痛い目見たくなければな!」
「いや、まあ……」
「ふんっ!」
「――ふぅ」
「やっ!」
「――はぁ」
「とっ!!」
「――へふぅ?」
「しっ!!!!」
「――あばばばっ」
「くっ、何故だ、何故当らない!?」
「ぶっちゃけ、テメェの実力不足? まあ俺の得意分野が“避ける”事にあるってのもあるけどな」
「だっ、だがっ! そちらとて攻撃が当らねば――へぶしっ!?」
「や、手を出せなかったとかじゃなくて、手を出さなかっただけだから」
「ふぐ、……ふふふっ、どうやらまぐれで当ってしまったよ、ぅば!?」
「まぐれ当りじゃないし。つか態々拳で殴ってるんだから手加減してるって分かれよ、バカ」
「ふ、ふふ。この僕とした事が少々、油断してしまったようだね」
「いや、油断とかじゃなくて、単純な実力差――」
「だがまぐれあたりが三度も続くと思ったら大間違いさッ!」
「……、えいっ」
「ふぐわっ!!??」
「……相手にするのはまあ、それなりに面白いだが、歯ごたえなさすぎ。――もう少し本気出せよ、お前」
「……ふ、ふふ。キミも思ったより、中々やる――うご!?」
「や、もう御託はいいからさ」
「だっ、だがその程度ではまだまだ僕に、がはっ!?」
「……いい加減にしないと身体の方が持たなくなるぞ?」
「ぃ、……いいだろう。キミが中々やり手なのは分かったよ。良いだろう、僕も本気を出そうじゃないか」
「いや、初めからそうしてろよって話なんだが――つか、本気を出すならちゃんと“奥の手”まで出しきれよ? じゃないと悔いが残るぞ?」
「――ふっ、良いだろうっ。そこまで言うのならキミに見せようじゃないか。まさか、一回戦からこの手を使うとは思わなかったんだけどね」
「ああ、そうしとけそうしとけ。んで以て俺はそれを正面から完膚なきまでに、それはもう恰好良く打ち破って見せるから」
「ふっ、雰囲気にそぐわず中々言うじゃないか、キミ。それならば――僕も男として全力を以てキミの決意に応えようじゃないか」
「ああ。――俺はいつでもいいぜ?」
「では。……――参らせてもらおう」
「お? 雰囲気変わった?」
「……後悔は、しないで貰おうか。この僕を本気にさせたんだからな」
「そっちこそ。俺に遊んでもらえるんだから感謝してほしいくらいだな」
「ふふっ、そうだね。僕のこれに耐えきれたなら――感謝し上げようじゃないか」
「ああ、残念。なら、無理だ」
「ほぅ、それは、」
「お前が今から出そうとしてるそれが終わった時、てめえはもう立ってねえよ」
「言うね。ならそれを証明してもらおうか」
「後でテメェの吠え面を楽しみにしてるさ」
「――」
「さ、来い。前言通り軽く遊んでやるよ」
ちょいちょい、と。挑発まがいに指を立てて、片手に垂れて持っていた剣を軽く構えた――その瞬間。
目の前に立っていたキザ男(?)の姿が消えた。
【刹那の炎獄】
――周囲に炎が奔る。魔法の香りを僅かに漂わせる斬撃の嵐。糸よりも細く、それは目に見える程の太さもない。だがソレは確かに周り全てを、逃げ道をふさぐように宙を、前方以外の周囲全てを取り囲む。
ソレは斬撃だった。目にも止まらない程の速さの、残像と力の残滓がその場に残り、逃げ道を塞ぐ檻となる。
「――へぇ」
想像していたよりも“僅かに”実力が上だったその姿に、瞬間的に僅かに唇が釣り上がり。
前方、唯一残っていた正面の逃げ道から――それ以上最速の刺突が来た。
逃げ道なし、逃げ道なし、逃げ道なし。
けれど、それは全く問題ない。“逃げ道“など初めから求めてはいない。
前に出た。
「――」
キザ男(?)が僅かに驚きの表情を浮かべるのが見えて――
「レッツ、ダンシング――」
「――な、」
周囲を囲んでいた赤い炎の残滓、そして今その瞬間にも突き刺さろうとしていた刺突、それが届くより先、完全に相殺された。
魔力を持って成したその攻撃を、速度のみの斬撃で相殺――否、上回る。
「斬撃ってのはこうするんだ――よ」
「っぃ」
それがキザ男(?)が意識を失う前に聞いた言葉だった。
「まあ、俺に勝とうなんて、片腹痛いんな。まだまだ精進しろって事だ」
互いに背を向けあったままでの決着――ばたりと身体を倒したのは、“白面”をつけた男の方だった。
「い――てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 痛いっ、痛い痛すぎるっ!?」
腹――何故かナイフが深々と突き刺さった腹部を抑えて、地面に這いつくばって盛大に転げ回る。
「しょ、勝者――チャイナック・フルベッル!!」
キザ男(?)の名前を声高らかに叫ぶ、審判のヒト。
傍目から見えればレイピアを綺麗に振り切ったまま、立ち尽くしているキザ男(?)と、腹部に大きな怪我を負った仮面の男を見れば勝敗は明らかだろう。……男の腹部に突き刺さったナイフが一体どこから出現したかなんてコトは置いておくとして。
それから少し後、キザ男(?)が立ったまま気絶していることが確認されて、判定が入れ替わった。
◇◆◇
……ふむ?