とある大会での一幕-1
戦いのぉ~、鐘が~なっりひっびくぅ~
……って感じで一つ。
「どうだ? 似合ってる?」
「はい、大変良くお似合いで御座いますよ、旦那様」
とある街、とある宿屋の、とある一部屋の一角。そこに奇妙かどうか問われれば奇妙としか言いようがない男女一組がいた。
端的に言えばくすんだ銀髪の絶世の美女――ただしメイド服、と顔をのぞき穴一つない真っ白な仮面で覆い隠した剣士風の男、である。
「……感情が籠ってないな」
「そう仰られましても……」
「お前はっ、それで本当に似合ってると思ってるのかっ!」
「――それが旦那様のリクエストと言うのでしたら、是非も御座いません」
――と、女が急に頬を赤く染めたかと思うと、絶妙としか言いようのない具合に視線を逸らした――ように見せかけて、ちらりちらりと男の姿を盗み見だした。
「大変、良く似合っていて……恰好いいですよ、旦那様?」
「……」
「だ、旦那様?」
「……びみょー」
「折角旦那様が望まれるままに振る舞ったと言うのに、全く我儘な旦那様は何をお望みなのですか」
「つか、ああもあからさまに態度変えられてもなぁって話だ。もっと場の空気読め、空気」
「そ、そんなっ!? まさか旦那様にそのような事を言われてしまうとは!!!!」
「ふふんっ、言ってやったゼ☆」
「……正直ショックで一日ばかり寝込みたい所ではありますが――」
「ゃ、そんなにか?」
「……はい、それはもう。非常に大きな精神的打撃を被りました。旦那様も中々、やるようになって参りましたね。……私に鍛えられたからでしょうか?」
「……そんなつもりは一切なかったんだけどなぁー」
「ですが……だからと言って休んでいるわけにはまいりません。折角の旦那様の晴れ舞台なのですから」
「いや、晴れ舞台ってほどでもないぞ? まあ久しぶりにこうして武道大会に出るわけだけど」
「しかし旦那様は今回も偽名に、そのお姿なのですね?」
「まあ……というか誰かさんの所為で絶賛全国指名手配中だからなっ、素ででると途端に足が出るんだよっ! 特にスフィアとかアルカッタとか……最近は何故かマイファとかラントリッタとかも、怖くてしつこい追手が直ぐにかかるですよっ!!」
「それは大変ですね、旦那様」
「他人事みたいに言うなよ!? 大体全部お前の所為だろ、俺が指名手配されてるのって!」
「……、ええ、そうですね。今、少々思い返してみましたが、100%ねつ造、冤罪から始まっておりますね、旦那様の犯罪者履歴は」
「それ履歴と違うからっ!!」
「……しかし旦那様、よりにもよって変装に用いるのがソレ――“白面”ですか」
「ふふんっ、我ながら良い趣味してるぜ。それに今回の大会は盛り上がるだろうなー。何と言ってもあの伝説の? W.R.第一位、白面(?)が出てきてるんだからなっ!」
「登録名は確か……“アーク”、ですか」
「ん? 何か問題があるか?」
「いえ。旦那様でしたら何の問題も御座いません。そうですよね?」
「いや俺に聞かれても……まあ、問題はないと思うけど? つか“アーク”とかって聞いて解る奴なんて草々居ねえよ」
「かつて、繁栄を誇った龍種の王名――聖櫃、ですか。まあ確かに、長寿の妖精族や、龍種の生き残りなどでもない限りなんとも思わない事は確かでしょうね」
「ああ。まあ知ってたら知ってたで? 白面についての面白い憶測が飛び交って、それはそれで愉快な事になるだろうけどな。噂は本当だった、“白面”は龍種の生き残り――とかってやつ。全く、誰が最初に言いだしたんだろうな、コレ」
「旦那様ではないのですか?」
「んにゃ。少なくとも俺じゃないぞ?」
「おや、そうなのですか?」
「ああ。まあ大方、伝説の~って所から龍種に結び付けただけだろうさ――っと、そろそろ出かけた方がいい時間だな」
「そうですね。今から会場に向かえばちょうどよいころ合いに到着できるかと」
「んじゃ、行くか。剣は……まあ適当にこれでいいか」
「おや? ――旦那様、ご自身の愛剣ではなくてよろしいのですか?」
「ああ。まあアレはちょっとな―。取り敢えずはこれでいいさ」
「その、何処にでもありそうな大量生産品の“てつのつるぎ”でですか?」
「ああ。それに達人は獲物を選ばず、っても言うしなっ」
「……三流の癖に」
「おまっ、いくらなんでもそれは酷い侮辱だぞ!? 超一流とか言う気はないけど、せめて1.5流くらいにはしておいてくれよっ!!」
「1.5流……なんとも微妙で御座いますね」
「言うな。一流までは達して無いってことくらいはちゃんと自覚してるんだ」
「左様でございますか。しかし侮辱と言われましても、やはりご自身に天賦の才と呼べるほどのモノがない事は承知しておりましょう?」
「ま、まあ……ラライとかとやり合えば流石にどうしようもないだろうが。それでも十合程は打ちあえる自信はあるぞ、俺。つかそれで十分じゃね?」
「――“常人”相手では、確かに」
「……言うな。何処かのパーフェクト誰かさんとは出来が違うんだよ。つか、剣を始めて握った日の内に俺に打ち勝てるようになるとか、お前の方が可笑しいんじゃねえの?」
「そうですね。私は大変有能ですので」
「……くっ、余計な事を思い出したら何だか悔しくなってきたぞ」
「お相手、致しましょうか、旦那様?」
「――いや、止めておく。お前とやり合う事になったりしたら、本気、出したくなりそうだし」
「私はそれでも構いませんが? 寧ろ真面目な旦那様を御拝見出来るまたとない機会、喜んでお引き受けいたします」
「だから止めておくって。そもそも今回の趣旨が違うし。お前とやり合って無駄に体力使う気はねえよ」
「おや、無駄に体力とは……もしや私に勝つおつもりなのですか、三流剣士の旦那様」
「――お前、いくらなんでも俺を舐め過ぎじゃねえか?」
「そのような事はないと思いますが?」
「――」
「さあ、旦那様。私はいつでも準備万端ですので、どうぞ掛かってきて下さいませ?」
「――……、ふぅぅぅぅ。だから、今回はお前とやり合う気はないって」
「挑発にも乗って下さらない……という事でしたら今回の所は素直に諦める事にします」
「ああ、そうしてくれ」
「はい。旦那様の凛々しいお姿が見られるだけでも僥倖ですので、そちらの方で満足しておきます」
「まあ、負ける気はないけど凛々しいとも限らないぞ?」
「そうなのですか?」
「いや、――だって相手が弱すぎたら話にならねえだろう?」
「……本日は、もしくはもうじき嵐が来るのでしょうか。旦那様がいつになく強気でおられます」
「――ま、久しぶりのコトだし、血が滾ってるのかもな」
「左様でございますか」
「ああ」
「――所で旦那様?」
「ん?」
「そろそろお急ぎになられませんと、大会の開始時間まで間に合うのですか? 外の方々の流れが次第に失せて参りましたが。それに遠くで聞こえるあの爆音は、確か大会開始の合図であったと記憶しているのですが」
「――」
「このままでは旦那様、待たずして反則負けになってしまいませんか?」
「――ゃべっ」
「旦那様、なんでしたら私がお連れ――……もういませんね。旦那様も随分と慌て者――と、言う事は今回は本当にあの旦那様がそれなりに本気と言う事ですか。……、……、…………ふふっ、それは本当に楽しみですね」
◇◆◇
……やんにゃ~! やんにゅ~!!