PickUp 2. かげ
……何か色々と終わっている気が。
というか、燎原の性格、何でこうなった???
「……」
ぼんやりと、ぼんやりと。
ふわふわしていて、まるで夢の中にいるような気持ち――否、現実の中にいるような、そんな――
「――アルーシア様?」
聞き覚えのある、一度聞いたら絶対に忘れないような、とても綺麗な音色。久しぶりみたいで、毎日聞いているはずの、彼女は――
「……シロちゃん?」
予想していた通り、とはちょっとだけ違う姿がそこには在って。
久しぶりに――果たしてもうどれほどぶりになるのか、自分の口から出た言葉が大気を震わせた。
こんなにも大気は重くて、こんなにも空気は美味しいモノだったのだ、なんて当たり前の事実を改めて実感する。
「――」
「? それとももしかして、クロちゃん?」
「――」
「……返事がない。まるで屍の様だ――だね?」
「――」
「……」
「――」
「折角ボケたのにツッコミがない……。寂しいよ」
「――、……アルーシア様?」
「うん、何度も言わなくてもちゃんと聞こえてるよ。えっと……」
「――アル、?」
「うん。……えと、灰色? それとも灰色?」
「……」
「あの~? 何だか呆けちゃってるみたいだけど、らしくないよ? 大丈夫?」
本当に。
一目で分かる程に“呆然とした”彼女の表情なんて、あの時以来の二度目かもしれない。
「……本当に、アル?」
「んと、確かに私の名前はアル……アルーシアだけど。何度も聞かれるともしかしたら私ってアルーシアじゃないのかも? なんて思ってきちゃうよ、いや、それはまあ確かに私は“アルーシア”じゃないけど」
「……」
「まあいいや。とにもかくにも、――久しぶり、でいいのかな?」
「……」
「それともこの場合は黄泉の国から蘇ってきちゃいました?」
「……」
「……、あの、何か反応ないと心配になってきちゃうんだけど」
「……――はい、久しぶり……えぇ、本当に久しぶりですね、アル」
「うん! ……とは言ってもこの身体ってわたしだけどわたしのじゃないんだけどね」
「――、成程。一つの身体に二つの精神、ですか」
流石、理解が早い。
ただ、もうちょっと複雑かも? だけど。
「ん~ちょっと違うかな? 二つじゃなくて三つだね」
「三つ?」
「うん、“アルーシア”とわたしと、それにリョーンさん」
「リョーン? ……何処かで聞いた名前の気がしますが、」
「あ~、もしかしたら【燎原】って言った方が早いのかも?」
「ああ、そういうことですか」
「うん、そう言う事。何かね、女神様が生き返らせてくれちゃったんだよ」
「――えぇ、はい。聞き及んでいます。女神シャトゥルヌーメですね」
「うん、そう。とは言っても――ッッ」
「アル!?」
「……大丈夫。ただちょっとだけ、」
成程、こう言う事なんだね。
私が私でなくなっちゃうような、世界に解けて消えていっちゃうみたいな、私が“死んだ”あの時と同じ感覚。出来れば二度と、味わいたくはないって思ってたんだけど。
「少しだけ? どこか痛いところがあるのですか? いえ、そんな事よりも、旦那様へ――」
「待って」
お願いだから、それは。
「それは、待って」
「――アル?」
「“わたし”のコトは、お願いだから誰にも言わないで――?」
「……、どういう事です、アル?」
「うん、正直に言うとね、やっぱり無理みたい。死んだヒトが生き返る、みたいなの。それこそ、【使徒】みたいな存在じゃないと、」
「――何処かしらに無理が?」
「……ん」
繋ぎ留めないと。
今この時を。今この瞬間、ここにいる“アルーシア”という存在を。
――アルーシア? もう無理です、一度、こちらに戻ってきて下さい、早くっ!
……そう、だね…………
「それはどう言った、――アル? 大丈夫、と聞くのも変だけれど、大丈夫?」
「――」
「……アル?」
「ごめ、――。兎に角、私のコトは、お願いだから言わない、で……」
――もう限界です!!
◇◆◇
「アルーシア、大丈夫ですか?」
「……、うん、何とか」
「無理はしてないですか?」
「ちょっとだけしてるかもだけど、これくらいなら何とか……大丈夫」
「でも……ごめんなさい。やっぱり私が先に行くべきでした」
「……どうして?」
「だって、今アルーシアは、」
「大丈夫。私はまだ消えてないし、それにもう一度あの子に逢えた――うん、それだけでも十分に嬉しいよ」
「……そう、ですか」
「それはそうとリョーンさん? 今のは、一体何がどうなっちゃってたの? 何だか私自身が世界の中に解けて消えていっちゃうみたいな、そんな感じがしたんだけど……?」
「――鋭いですね、アルーシアは。それで正しいと思います」
「と、言う事は」
「恐らく、いえ間違いなくアレが“生き返った”代償とでも言うべきものなのでしょうね。――“今を正そうとする世界の復元力”と言ったところでしょうか」
「復元力、かぁ……うん、そんな感じかも」
「ですが、少しだけなら“世界の復元力”にも耐えられそうですし………これなら何とかなりそうです」
「……アレが何とかなるの?」
「アルーシア、私を誰だと思ってるんですか?」
「……リョーンさん?」
「はい。しかしそれは世をしのぶ仮の姿ッ。その真実はッ――」
「えと、ゾンビさん?」
「――アルーシアまでそんなこと言うんですかッッ!!??」
「ゃ、ヤダなぁ。ちょっとした冗談だよ。……うん、冗談」
「……本当に?」
「う、うん。本当に。……ごめん、リョーンさんがそこまで気にしてたとは思ってな方よ」
「……いえ。でも、これがウマシカというやつなんですね。うぅ……」
「ウマシカ……バカ?」
「何ですか、アルーシアッ、藪から棒に!! そりゃ女神様にも『貴女、どうしてそんなにおっちょこちょいなの?』と言われる程におっちょこちょいなのかもしれませんけどっ、バカじゃないです、伊達に長生きだってしてないんです!!」
「いや、今リョーンさんが自分で馬鹿って言ったから……」
「言ってません! そんなこと一言だって言ってませんよ! 何ですかっ、ヒトが真面目に話してる時にそんなっ――まさかこれが世に言う『きゃ♪ あのヒトの影響を受けちゃったの☆』ですかっっ!?」
「……何、ソレ?」
「しっ、知らないんですかっ!? ラブラブな、らぶらぶによる、ラブラブの為の好き合った者同士の相互干渉の絶対法則ですよ! ……本当に知らないんですか!?」
「……なにそれ?」
「む~、アルーシアばかりズルイ……いえ、知らないのなら良いんです。良いんですよ?」
「……何か気になるんだけど。話を元に戻そうよ。それでリョーンさんなら“世界の復元力”? を何とか出来そうって言うの、本当なの?」
「え? はい、それは本当ですよ?」
「軽っ!?」
「そもそもですよ? アルーシア、私の本分を言ってみて下さい」
「ん~……ボケなヒト?」
「違います。使徒【燎原】――て、私の事ですけど。力の本質的には“世界真理の破壊”です」
「初耳だよ、それ」
「え、本当ですか?」
「うん」
「……、まあとにかく、私の力、『最強』とも呼ばれてるんですけど、」
「凄く似合わないよね?」
「全くです。兎に角、その私こと【燎原】の力で“世界の復元力”が働くのを止めてしまえばいいわけです。それで万事オッケー、解決ですよ!!」
「それじゃあ――!」
「とは言っても本来の私の力があればですけどねっ!」
「……」
「……」
「……ちなみに今のリョーンさんの力じゃ、」
「無理ですね。何と言っても【使徒】なのに一度完全完璧に消滅しかけましたから。こんなの私だけですよ? えへんっ」
「ゃ、威張る事じゃないと思うけど」
「……、それもそうですね」
「でも今のリョーンさんには無理でも、本当の力? を取り戻したら大丈夫なんだよね?」
「はい。それは間違いなく。何と言っても私、『最強』ですから。……まあ問題があるとすればどうやって元の力を取り戻すかなんですけどね」
「……取り敢えずは前途多難そうだね」
「全くです。でも希望がないよりはいいと思いますよ?」
「それもそうだねっ。何とかなる、私たちが存在して無かったことに比べれば、まだどうとでもなるよねっ!」
「はい、その意気ですよ、アルーシア!」
「うん、それじゃあ――」
「と、言う事なので今度は私がちょっとだけ“アルーシア”の身体を借りてみます!」
「えと……うん、私だけじゃ不公平だもんね。でもちゃんとほどほどにね?」
「分かってますよ。ドヂは踏みません。それじゃ、ちょっと行ってきますね?」
「うん」
――でも、そっかぁ。わたし、そうなんだ。
先はまだ遠いけど……“遠い”だけ。道が“無い”訳じゃなくて、ただ“遠い”だけなんだ。それならいつか、きっと――
「堂々と逢える日が、きっと来るよね?」
大好きな、あのヒトに。
◇◆◇
「アル!? ――気絶、……しているだけですか?」
「――」
「……余り、心配させないで下さい。私が心配するのは旦那様お一人だけで十分なのですから」
「――」
「それではアル、……アルーシア様、このような場所で寝ていてはお風邪を召してしまいますので、寝室にお運びいたしますね。良いですか?」
「――」
「と。返答がある筈がないのですがね。まあ何にしても……少しだけ、浮かれているのですかね、私は?」
「――」
「さて、如何なものか。……ではアルーシア様、失礼いたします」
「――」
「では参りましょうか」
「――(ちょ、こんな状況で私にどうしろと!? というよりも下手に動けない雰囲気なのはどうして!? というより久し振りの娑婆の空気の感動は何処に!?)」
残念なヒト、そのいち~、女神シャトゥルヌーメ
その二、使徒【燎原】
その三、男神クゥワトロビェ
……あれ、凄く偉い御方たち(のはず)ばかりに残念な性格が多いのは何故だろう?
まあ、世の中なんて結局はこんなモノですか。