ど-500. そして……
それから、それから――
「……ふぅ、よし!」
「如何なさいましたか、旦那様。またいつもの持病が発症されたのですか?」
「発症って何、てか俺は別に持病持ちじゃねえよ」
「いえ、旦那様の事ですから『ん~、何か色々あった様な気がする事もひと段落ついたし、久々に青い果実達の下見、もとい味見でもしてきちゃおっかな~』おんぷ。……とでもお考えになっておられるのかと思ったのですが、間違っておりましたでしょうか?」
「……」
「旦那様?」
「間違ってはない。色々とツッコミどころのある科白ではあったが、主旨としては間違ってない……のだが、このまま認めてしまうのは酷く負けを認めてしまう様な気がする」
「ご心配なさらぬ様。そのような事を気になさらずとも、十分に旦那様は完敗しきっております」
「そうだったのか!」
「はい……いえ、そんな事は御座いませんと世辞を言っておきます」
「世辞とか言ってたらその時点で意味がないよな!?」
「そこは旦那様……空気を読んで下さらないと」
「俺にどう、どんな空気を読めと!?」
「そうですね。たとえばこのようなモノは如何でしょうか」
「……わー、『俺はお前の事を愛してる』?」
「まあ」
「ゃ、本当に“読める”空気をわざわざ作らなくても良いと思う」
「芸は細かくして損は御座いませんから」
「まあ、それは確かにその通りではあるんだが。つか、それを無駄な労力と言う」
「旦那様の存在ほどでは御座いませんとも」
「……それはどういう意味かな?」
「旦那様の存在ほどでは御座いませんとも」
「……だから、それはどういう意味だと聞いている」
「旦那様の存在ほど無駄な労力では御座いませんとも」
「……ぐぅ」
「所で旦那様?」
「な、なんだよ」
「本当に向かわれるので?」
「向かう? 何に?」
「いえ。旦那様の事ですからそろそろ“隷属の刻印”を刻まれた方々を買いあさりに行かれる時期かと思ったのですが――間違っておりましたか?」
「いや、まあ……確かにそろそろ一度、奴隷たちを買いに行こうかなとは思ってたところだな」
「そして旦那様の毒牙にかかる女性の方々がまた増えるのですね」
「毒牙とか言うな。俺が酷い悪漢に聞こえる」
「……え?」
「いや、何?」
「今のお言葉、私は聞き間違えてしまったかもしれません。もう一度仰ってくださいませんか?」
「いや、……まるで俺が酷い悪漢の様に聞こえる?」
「……え?」
「いや、二度は良いから」
「旦那様はご自身が悪漢でないなどと思っておられたのですか?」
「いや、悪漢じゃないし?」
「女性に優しく振舞うふりをして毒牙に欠け、男性にはそもそも冷たくあしらう……まあ、それで悪漢では御座いませんか」
「お前の言い方は酷く誤解を生むと思う」
「それは聞く方々が誤解されることであって、必ずしも私の所為ではないと思いますが?」
「いや、お前がそういう風に誘導してるんだからお前の所為ではなくて他の誰の所為だと?」
「旦那様がいけないのですっ」
「俺の所為とか今まで全然関係ないし!?」
「まあ戯れはこの程度にして、此度はどの程度の金貨をご用意致しますか?」
「ん~、そうだな……取り敢えず二千くらい貰っとこうか」
「ではこちらに五百ありますので、どうぞ」
「俺は二千って言ったんだけどな?」
「ちなみに二千は国家予算並みの金額ですが?」
「それがどうした」
「国家予算と同額で“隷属の刻印”を刻まれた方々を買いあさるのですか」
「悪いか」
「いえ、それが旦那様らしいと言えば旦那様らしいですし。なにより皆、旦那様に貢がれたものです。それをどのように使おうと旦那様のご勝手。……それに旦那様のご決断に否と言うモノなどこの館には一人たりともおりません」
「まあ、ちなみに悪いとか言われても止める気ないけどな」
「“隷属の刻印”を刻まれた方々の稼いだお金を湯水のように使って好き勝手なされる、ひも同然の旦那様、いえむしろ旦那様同然のひもと言った方が宜しいでしょう」
「いや、何ソレ?」
「なんですか、このひも」
「酷っ!?」
「いえ、言い間違えました。この旦那様っ」
「今更遅いからね!? あと既に何を言おうとしてるか意味が全然分からないからね!?」
「取り敢えず旦那様、今回ご用意できるのはこの程度の金額でございます。色々と入用の事態が御座いましたので金額が目減りしてしまったのは申し訳ないのですが」
「ああ、いや、そう言うことか。なら仕方ない」
「まあそもそも金貨五百もあれば十分ではありますが」
「確かに」
「では旦那様、今すぐに御出立なされますか?」
「ん~、……いや、そうだな。今回は久しぶりに趣向でも凝らしてみようかなーなんて」
「趣向ですか?」
「そ」
「また趣味の悪い」
「いや、俺まだ何も言ってないんだが?」
「では旦那様がどのような趣向を凝らすのかを仰られた後にもう一度、今の言葉を申し上げる事に致します」
「いや、まだ趣味悪いと決まったわけじゃないから」
「そうですね。可能性だけならば旦那様を除いて等しく御座いますからね。それで、どのような趣向を凝らすとおっしゃれるので?」
「ふっ――趣味の悪い成金坊ちゃんなんてどうよ?」
「また趣味の悪い」
「いや、趣味悪いんだから……って、ああっ、しまった!!??」
「バカですね、旦那様は」
「や、まあ今のは……ついうっかり」
「ですが趣味の悪い成金坊ちゃまですか。旦那様そのままですね?」
「いや違うし! 俺の想像としてはだな、もっとこう、ぎとぎとしててぽっちゃりしてて、如何にも趣味が悪いです―って感じ満載でだな、」
「――ああ、成程。いつぞやの商人のようなものですか」
「そう! そんな感じ」
「では――魔法で変装を?」
「いや、何かカラオーヌが色々と作りたいってうずうずしてた気がするから、作らせてみようかな―と」
「ああ……それはカラオーヌ様もお喜びになるでしょう」
「だろ? 何か被服部の奴らも最近色々と鬱憤たまってるみたいだし、ここいらで気分さっぱりとさせておこうかなっと」
「はい、旦那様。ではその様に被服部の方々に申しつけてまいります」
「ああ」
「ご出立は……そうですね、三日後くらいで如何でしょうか?」
「三日……いや、それはいくらなんでも無理だろ。時間足りないだろ、流石に」
「ふふっ、さて如何でしょうね。……――旦那様ご自身からの言伝とあらばカラオーヌ様らも最上急に張りきられるのではないかと思うのですが?」
「まあ、取り敢えずはお前の言う通りでもいいけど。まあ遅れたら遅れたで良いから。そう気負わずにって事も言っておけよ?」
「はい、了承いたしました、旦那様。……逆効果だとは思いますが」
「ん?」
「いえ、何でも御座いません。では、私はこれで――」
「ああ。んじゃ、俺はそれまでゆっくりとさせてもらいますかっ」
「そうですね。久々の完全な休暇――ご満足いただけるまでごゆるりと庭弄りでも何でもなさっておられれば宜しいのでは?」
「おぉ、なんてパラダイスっ!? ――じゃあ早速!!!!」
「……少々、カラオーヌ様らに発破をかけておきますか。余りに暇を与え過ぎると、苛立ちますので」
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