ど-494. 酔狂
そんな、酔狂な
「はっ!?」
「如何なさいました、旦那様?」
「何か……夢から覚めた気分だぜ」
「左様でございますか」
「ああ。何か、突然前が開いたって言うか、世界が啓けた? いや、やっぱり夢から覚めたっていう表現が一番的確か」
「それはきっとまだ旦那様が夢の中なのですね。早く起きて下さいませ」
「いやいや、違うだろ。と言うか俺、別に寝てなかったし」
「そうですね。起きながらに寝言を仰られるとは旦那様も意外とウィットに富んでいらっしゃる」
「あくまで寝言とか夢の中の出来事にするつもりか、お前は」
「断じて、その様な事は。ただ単に、旦那様が仰られる事はもう少し現実を見ましょうね的な内容のモノが多いと申し上げているに過ぎません」
「俺はしっかりと現実を見ているぞ」
「そうで御座いますね。それでいてあの発言の数々なのですから救われません」
「……いや、そこまで言われる程、俺酷い発言とかしてきてない、よな?」
「思い返してみて、どうなのですか? やはり酷い発言などがありますよね」
「だから何でお前はそこで断言を……」
「もう旦那様の頭は何の手の施しようも御座いません」
「そんな酷くないよ!? と言うか、お前に散々こけ落とされる程に、俺って酷くないと思うんだけどなぁ……?」
「そうですね。実際のところ私が旦那様に申し上げる事の八割が真実を元にした捏造……になるかならないかギリギリの本当の事ですから。もしかするとそこまで酷くはないのかもしれません」
「だろうっ!? そうだ……って、それじゃあ結局お前は本当のことしか言ってないって事にならないか?」
「至極当り前の前提を何を今更気がついたと言うような表情をされておいでなのでしょうか、この旦那様は」
「いや気がついたと言うか、今気がついたし……」
「それは良かったですね。これでまた一つ賢くなれましたよ?」
「……何故だろう、バカにされてる気しかしねぇ」
「バカにしかしておりませんので」
「やっぱりか!」
「旦那様のご酔眼、恐れ入ります」
「……何故だろう、バカにされてるよな、俺って」
「はい、事実バカにしております」
「やっぱりか!」
「その事態を見抜く旦那様のご酔眼、感服いたします」
「……何でかな――って、コレじゃあ繰り返しじゃねえかっ!?」
「そんなっ、旦那様が気付かれるなんてっ!?」
「……ゃ、それはそんなに驚く所か?」
「今が驚き時と、少々張り切ってみました」
「絶対、張りきるところ間違ってるから、それは」
「そんな事は御座いません。なぜならば旦那様と共にいるときこそが私が張りきる時であり、つまりは今まさにその時なのです」
「傍迷惑なので止めろ」
「……何と御無体な」
「いいな?」
「……はい、分かりました――と、旦那様を欺くためにここは一時的に同意しておくことにします」
「と言うかお前、全然欺く気ないだろ?」
「そのような事は御座いませんとも。旦那様であるならばこのように真正面から曝露したとしても騙しとおせそうな気がいたします」
「いや普通に無理だから、それ」
「そうとも限りません。旦那様ならば私の言葉にもしや裏があるのでは? と捻くれ捻じれて疑ってかかり、騙される可能性が否定できませんので」
「……ひ、否定できない」
「そうでしょうとも」
「でもよ、そう言うのを本人の前で堂々と言うのは、色々と間違ってると思うんだ、やっぱりさ」
「それだけ旦那様の事を信頼している証拠、と言うことですね」
「……そう言われると、何も返せなくなるわけだが」
「――ですが旦那様?」
「ん? 何だよ、何か改まった様に……」
「目が覚めるように、と先程仰られましたが、何もお変わりないように見受けられますが?」
「……、……いやいや、そんな事はないぞっ」
「旦那様、今少々の間があった様に思うのですが、もしやご自分の発言を忘れておられた、などと言う事は御座いませんよね?」
「当り前だ」
「ちなみに旦那様は見栄を張る時や嘘を言う時程言葉が滑らかに出る癖が御座います」
「そんな癖ねえよ!?」
「あ、あと加えてツッコミを入れる時もですね」
「いや、だからそんな癖は俺にはありませんよーって話で、」
「癖とは本人の気付き難いモノと言います」
「それを否定は出来んが……でもしかしだな、」
「ですが実際、旦那様がご自身の発言の内容を忘れていたのは確かでしょう?」
「そんな事は――」
「ない、とは言わせませんよ? 旦那様の嘘など見分けるのは造作も御座いません。そして敢えて騙される事も造作も御座いません」
「……最後の捕って加えた言葉がとても気になるのだが?」
「過ぎたことです」
「今の発言で余計に気になってきたのですが!?」
「……」
「あと気まずそうに微妙に、と言うか絶妙に視線を逸らすのも止めてもらえませんかねぇ!?」
「いえ、そんな事は御座いますよ?」
「なら視線を――って、あるのかよ、いやまあ嘘は言ってないわけだが、……」
「所で旦那様、今更このような事をお聞きして無駄なのは百も承知しておりますが、――目が覚めるような、とはどのようなことかあったのですか?」
「……ん~」
「旦那様?」
「いや、分からんと言うか微妙に言葉にしづらいと言うか……何と言えばいいのか分からないんだが、兎に角あの瞬間は何か目が覚めたような気分だったんだよ」
「――何か旦那様の隠された第六感的なモノが?」
「いや、そう言うのは俺にはない……と思うんだが、」
「ではいつも通りの、旦那様の突拍子のない戯言の類ですか。ならば安心いたしました」
「……その安心のされ方は微妙に納得できないモノがあるんだが……まあ、戯言の類っつーことになるのか?」
「そうですね。ですが念のため、近辺の周囲の警戒レベルを上げるのと――各勢力の動向を今一度探っておきます」
「いや、んな慎重になるようなことでもないはずだけど……」
「いえ、旦那様の第六感的な超常的直観はある意味においては非常に当てになりますので――念に念を入れるに越したことは御座いません」
「……まあ、お前がそうするって言うのなら止める気はさらさらないけど」
「それに、旦那様? 仮に無駄になるとしても、それはそれで良いではありませんか。それは間違いなく、旦那様が望まれた通りこの世界がいまだ緩やかな争いの中にある、言いかえれば平和であると言う事の何よりの証明なのですから」
「――む? んー、まあそれは、確かに」
「では旦那様、少々行って参ります。私がいないからと言って、べそをかかないで下さいませ?」
「言ってろ」
「……では、」
「ああ。まあお前の事だから心配をするつもりはないが……まあ無理はするなよ? 相手が相手だ」
「重々承知しております」
「なら、よし。じゃあ満足するまで――行って来い」
「はい、旦那様。行って参ります」
……随分と遅くなりました。
朝の時間が取れないと、この時間まで満足な時間がとりにくいのです。
……はふぅ