ど-493. 飴の使い方
日常なんて、所詮こんなモノ。
「――もう嫌だぁぁぁぁぁ」
「おや旦那様、限界ですか?」
「もう嫌! これ以上無理! 限界、つかやってられねぇ!!」
「旦那様、昔の方の言葉にこのようなモノがあるのをご存知ですか、」
「嫌だよ! テメェのそう言う切り出し方は後に碌なの続かないから!!」
「そう仰らずに。曰く、『弱音が吐ける内はまだ大丈夫』との事です」
「……まあ、確かにそうではあるが」
「つまり愚痴を言う内は旦那様も存外限界ではないと、」
「そんな事はないです」
「いえ、旦那様でしたら大丈夫であると私は信じて、」
「信じなくていいです」
「……」
「もう限界です」
「さて、こちらの懸案についてなのですが――」
「もう限界だって言ってるだろうがぁぁぁぁ!!!! こちとらもう限界なんじゃ、無理なんだよてかいい加減休憩取らせろよどれだけ連続でこんなところに閉じこもってると思ってるんだよってかそれならそれでせめてもう少しましな飯を用意するとか俺に対する優しさはないのかっ!?」
「旦那様の料理担当はファイ様ですので。要求ないし改善案のご提示等は直接ファイ様の方へ仰って下さいませ」
「何これ!? 一室に軟禁して比較的単純な書類整理ばかりを睡眠時間削ってまで延々とやらせて、しかも食わせる飯はコレ何の毒? ――って一体どういう拷問だよ!?」
「拷問も何も、今おっしゃられたのは旦那様の何の変哲もない一日の過ごし方そのものでは御座いませんか」
「いやっ、俺の一日の過ごし方は花壇の世話して、花の世話して、土いじりしてっ、残った時間でほんのちょっとだけ薬の調合実験をする――って言うのが良いんだよぉぉぉ!!!!」
「それは無理なので早々にご断念下さいませ」
「即答!?」
「と、言いますか、それでは旦那様は一日中、憎きあの花々の世話をして過ごすと言う事ではありませんか」
「当然だ!」
「……何が当然なのかは理解するための精神力に欠けるので理解しませんが、その様な事は例え誰が許したとしても私が断固として許しません」
「何でだよ!?」
「花壇にかまけると旦那様は私の相手をしてくれなくなるではありませんか」
「んと……えと、そう、だったか?」
「はい。私が何をしようとしても『あっちに行け』の一点張りで、旦那様のお傍に近づく事すら叶いません」
「えーと?」
「ですので、一日中旦那様が花壇に通いづめていると言うのに賛同するわけにはまいりません」
「なら――」
「それはそれとして、そろそろ仕事を再開いたしましょうか、旦那様」
「だからもう嫌だよ!? 何のためにあるのか分からない、でもやたらと細かい数字ばっかりの予算の計算とか、どうでもいい……つかマジでどうでもいい『部屋の~が汚れてて……』とか言う類の懸案事項の対策考えるとかハンコ打つとか、いい加減もう嫌だよ!?」
「ご心配なく。旦那様が力尽きる一歩手前まで重要書類の類は取ってありますので」
「それ何が大丈夫!? つか力尽きる一歩手前とか、先ず間違えると思うのですが!?」
「そして繰り返しエンドレス作業」
「だからその拷問は何だと言いたい!!」
「旦那様の、日常風景?」
「んな日常は嫌だ!!」
「……もう、困った旦那様ですね。仕方ないので、夕食までの時間はご自由になさってくださってもよろしいですよ?」
「え、マジで!?」
「はい。でないと旦那様、また逃亡しそうな雰囲気でしたので」
「……確かに。これ以上仕事続けろとか言われてたら、間違いなく逃げだしてたな」
「本気で旦那様に逃げ出された場合は色々と手間ですからね。それくらいならば手頃なところで飴と言う名の一見褒美にも似た束縛を与えておいた方が得策であると判断致しました」
「それは本人の目の前で言う事と違うと思う!!」
「事実ですし、隠す必要性も感じません」
「……とっ、兎に角。夕食までは俺の好きにしても良いんだなっ!? 今更撤回するとか言っても遅いからな!?」
「はい、旦那様。どうぞご自由に。旦那様が望まれるのでしたら、私や他のモノの監視の目を遠ざけておくことも出来ますが? そちらは如何致します?」
「それは……まあ他の奴らのは結構な手間だから、取り敢えずお前の監視が外れてくれればそれでいい。つかお前もこの機会に自分の好きなことでもしてろよ? ――俺の観察とか以外で」
「はい、旦那様。ご期待に添えるかどうかは断言いたしかねますが、その様に」
「ああ。――と、言う訳で俺は早速マイラバー達の所に向かわせてもらうとしようっ!! では去らばだ、うははははっ♪」
「……少々早まったでしょうか。しかし、あの花たちを指して“マイラバー”とは旦那様も……本当に、どうしようもないお方」
色々とエンドレスです。