ど-492. いつの間にか……
……ふむ?
「――ふっ、俺たちも随分と遠くまで来てしまったものだな……」
「唐突に何をほざいていらっしゃるのでしょうか、この常にタガが外れている旦那様は。いい加減タガと言う名の閂、もとい洗脳しましょうか?」
「洗脳言うなよ!? ……マジでされそうで怖いじゃないか」
「旦那様がお望みでしたら、幼女好き、熟女好き、少女好き、その他口に出すのも謀られるような――男色……はお勧めしませんが、如何様でもご要望にお応えする所存に御座いますが?」
「いや要らないから、マジで」
「そうですか。ですが、とは言いましても旦那様でしたら私程度が考えうる程度の変態補正など既に完璧にマスターしておりますね。今更ながら差し出がましい真似をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「俺、全然わかんないよ。お前が言ってる変態補正とか、俺、全然、想像もつかないよ」
「そうですね。取り敢えず旦那様の塵芥如何にも及ばないプライドを尊重して、表面上はそのように同意しておくとしましょう」
「……表面上とか、取り敢えずとか、本人の前でそう言う事言ったらいろんなモノが台無しだと思うんだが?」
「心配ありません。旦那様ですから」
「俺だとどうして心配いらないのかと問いたい」
「旦那様と私は以心伝心、つまりは口に出そうと出すまいと思いは互いに通じ合っていると、」
「いや、まあ確かに? お前が態々言わなくても、『ああ、どうせこんなこと思ってるんだろうなぁ』程度は分かるつもりではあるけど、」
「照れます」
「いや自分で言い出しておいて照れるなよ、しかも本気で」
「ですが照れるモノは照れます」
「まあ……別に良いけど。それよりも、だ。仮に互いに以心伝心っぽい間柄だとしても、だ。口に出すのと出さないのとじゃそこには大きな隔たりがある」
「そうでしょうか?」
「例えば、だ。そう、仮に例えば万が一にまあこの場合例として仕方なく! 俺がお前を好きだと口に出して告白するのとしないのとじゃ大きく違うと思わないか?」
「違いますね」
「だろう? と、言う訳でお前が俺の事をどのあたりの変態だとか思ってたとして、それを俺が分かっちゃいるとしても直接口に出されるのと出されないのとじゃ大きく違う訳だ」
「はい、重々承知いたしました、この変態」
「――お前、今の俺の言葉聞いてました!?」
「勿論で御座います。私が旦那様のお言葉を一片たりとも聞き逃すはずがないではありませんか」
「……あれ、おかしいな? 会話が成立してるっぽいのにしてない気がするよ?」
「その様な事はありませんとも。旦那様曰く、旦那様にも認めたくない事実を認めてもらえるように言葉にしますと、まあ故意です。恋とも言います」
「繰り返した意味が分からん。というか故意か……そうか、故意か」
「はい。らぶらぶです」
「? お前が何を言いたいのか今一分かってない気もするが、うんじゃあ取り敢えず、お前のその悪意にも似た絶対の好意はもうどうにかしようなー?」
「私のライフワークです」
「……ゃ、そこ胸張って言うトコ違うから。あとやっぱり絶対何としても、その辺りは改善していこうと思う」
「旦那様の調教の腕の見せ所ですねっ」
「……そゆこと、本人から言われると何と言うか、ヤル気が激減と言うか何やってももはや無駄なんじゃね? とか思ってしまうのは如何なものだろう?」
「では旦那様がやる気を出せるように、私も何とか奮闘してみましょうか?」
「止めて。つかお前に何かされると俺にとって悪化する以外の未来が見えてこない」
「そんな……私は常に旦那様の為に、旦那様の事のみを考えて行動しておりますのに。そのような事を言われてしまうのは全く心外でも何でもありません」
「って、心外じゃないのかよ!?」
「むしろ狙い通り?」
「ですよねー?」
「はい」
「……でもさ、元に戻すが正直な話、本当に遠くまで来ちまったよな、俺ら」
「はい。昔はあんなに可愛らしかった旦那様も今では見る影も御座いません」
「それはむしろお前の方だと思う。昔はあんなに素直で可愛かったのに……と。どちらかと言えば俺は昔のままだし」
「そうですね。旦那様は昔に比べれば……大いに丸くなられましたね」
「まあお前らとであった当初が一番俺の荒れてた時期だった、っつーのもあるけどな」
「そうなのですか?」
「まあな」
「では他の方々が知らない旦那様を、私だけが独り占めと言う訳ですね」
「そう言えなくもない……か? まあそんなに独り占めしたからってどうなんだって話ではあるけどよ」
「……そう言えるのは本人のみ、ですがね」
「?」
「いえ、何でも御座いません、旦那様。旦那様が気にする程でもない――何の他愛もない戯言ですので」
「そうなのか? 実はおれの悪口をこっそりと、なんてことは……」
「私は真実を申し上げる事はあっても旦那様の悪口を申し上げる事は御座いません」
「……その真実と悪口の違いが何処にあるのかってのが俺には分からないんだけどな」
「主観による個人的感情を多分に含んだモノが悪口であり、限りなく客観に近い個人的感情を極力排除したモノが真実で御座います」
「俺にはその違いが分かりません!」
「旦那様の場合は、私を含めた皆様がほぼ同一の事を考えているので、確かにその違いは分かりにくいですね」
「……微妙だ」
「何にせよ――例え旦那様がどこまで遠くに来られたとして、旦那様が何処に向かい、私が何処までもそれにお供するとして……私たちの何が変わると言う訳でもないでしょう?」
「――まぁ」
「変わらぬ様、例え変わったとしても旦那様は旦那様ですし、私はその旦那様に何処までも、何時までもお供いたします」
「少なくともお前が心変わりするまでは、で十分だけどな」
「そう、ですね。それは限りなくゼロに近い一の可能性ではありますが」
「ま、それでいいさ。どうせこれからも俺は俺のしたい事をするつもりだし、どうせそれ以外に何が出来るとも思ってない。お前だって同じだ、お前のしたい事をしたいようにすればいい。謙遜や冗談じゃなく、お前を止められる輩なんてこの世界に存在して無いんだし?」
「たとえどのような事態であろうとも、旦那様の一声で止まれる自信が私には御座います」
「だとしても、だ。それはあくまでお前の意思で止まってるだけであって直接的に俺が止めてるわけじゃないだろ?」
「……仮にではありますが、旦那様であれば私を力ずくで止める事も或いは可能かと思いますが」
「それはまあ、お前がそう言ってくれるのは嬉しいけど無理なんじゃね?」
「かもしれませんが――その様に訪れる可能性もない未来に対する討議など無駄なだけですので止めておきましょう」
「ま、お前がそう言うなら。無駄っつーのは確かだしなぁ」
「そう言う訳ですので旦那様、そろそろ本日の午後の予定のご確認をお願い致します」
「……もうちょっとサボってちゃダメ?」
「旦那様のその申し出は却下します。きりきり働きましょう、馬車馬など足元にも及ばぬ程に」
「……良い笑顔だね、ホント」
「おや、私、笑っておりましたか?」
「…………ゃ、心の中の笑顔と言うか、透けて見える思惑と言うか、なんつーかそんな感じ」
「左様で。――では旦那様、本日も張り切って、力尽きるまで頑張りましょうっ」
「……ああ、ソウデスネ」
やっぱりのんびりまったり、が基本方針です。
……です?