ど-489. 穴を掘れ2
そんな事もあった。
「……何やってるの、お前?」
「見て分かりませんか、穴を掘っております」
「ゃ、それは観て分かるんだが……何でわざわざシャベルで穴掘ってるの、お前?」
「魔法などを使えば、確かに手っ取り早くはありますが、こちらの方が作業している感が御座いますでしょう?」
「そう言われても……シャベル片手に穴掘ってる、土汚れ一つないメイド服の美女――つーのはシュールってか、本当に何やってるのお前、って感じでしかないんだが?」
「まあ旦那様、美女などと本当の事を……照れるではありませんか」
「はい、そこ。都合のいいところだけ抜き出さない」
「実際、こちらの方がやる気が出ます」
「そんなものかねぇ……っと、」
「?」
「いいか? 予め言っておくが、俺は断じてその穴に入る気はないからなっ」
「突然何を仰られるかと思えば、何故にそのような事を仰られるのでしょうか、この旦那様は」
「てめえは以前の事でも思い出してみろ」
「? ……、ああ、そう言えば以前、その様な事も御座いましたね。何なら今からでもこの穴に入りますか、旦那様?」
「だから、俺は断じて入らんと言っている」
「左様ですか。――ですがまあ、どうかご安心くださいませ、旦那様」
「何故だろう、お前に安心しろと言われることほど不安に感じるモノはない気がする」
「それは旦那様の偏見を含んだ勘違いです」
「いや、そうとも言い切れないはずだっ」
「私が旦那様に安息を与えられないのであれば、他の誰に旦那様へ安息を与える事が出来ましょうか」
「例えばシャトゥとか――……、ゴメン、やっぱアレは無理」
「やはり旦那様に安息を与えるのは私しかいないようですね」
「それはない。……と、言うか、それならお前何で穴なんて掘ってるんだ?」
「旦那様用の落とし穴トラップを作成中で御座います」
「……」
「旦那様用の――」
「繰り返さなくても良いから」
「はい」
「でも……そうかぁ、俺用のトラップかぁぁぁ」
「はい――所で旦那様、」
「何だ?」
「土を穴に落とすのをやめて頂きたいのですが? これでは穴が埋まってしまうどころか私まで埋まってしまいます」
「ああ――埋めてんだよ」
「私は別段、土の中でも呼吸が可能という性能の所持などはしておりませんので、出来れば遠慮願いたいのですが……?」
「断る」
「左様でございますか。では、此処は実力行使で以てして旦那様の仕打ちを止めるほかないと言う事ですか」
「ふっ、俺、穴の外。お前、穴の中。流石に俺の方が圧倒的有利な体勢にあるって分かるぜ」
「ですが誠に残念なことに、ひっくり返す事の出来ない身体的実力差と言うモノが御座います」
「――ん? あれ、お前、いつの間に穴の外、に……」
「そして旦那様は穴の中にゴーです」
「うお!?」
「――魔術防壁、形成。物理防壁、形成。空間遮断結界、形成。周辺土塊の強度補強、完了。――旦那様完全捕縛コンプリート」
「ちょま、おまっ!」
「ふぅ、折角の旦那様用の罠が一つ台無しになってしまいましたか。残念です」
「――ってお前は一体どこに行こうとしていますかっ! てかこのまま俺を置いていかないでっ!!??」
「さて、期せずして旦那様用トラップとしての目的は果たせてしまった訳ですが……調整部の方々に穴の用意が出来ましたと伝えに向かいましょうか。今度はここに、何の木を移植する予定なのでしょうね?」
「おーい、聞こえてますかー??」
「不可視結界、音遮断結界、形成。……さて、皆様方が穴の底の旦那様に気づかれなければ、それはそれで……旦那様もご苦労されておりますね」
実に平和な一日です。