Act XX リヒッシュ
色々と、間が悪いことってあります。
リヒッシュ・・・処理部の部長さん。様々な“処理”が非常に上手な女の子。
「……」
「リヒッシュ様でしたか」
「――っっ!?」
気付いたら、その女性はそこにいた。
他称“お姉様”。この館の誰からも……私たち奴隷の中でも絶対的多数で“二”番目に畏怖と尊敬・敬愛を集める、御方。
……もっとも。
この館の一番と二番は意図的に曖昧に操作されていて、あれだけ明確な格差があるはずなのに多分誰一人としてそれをちゃんと分かっていない、と言う不思議な状態にあるのだけれど。
――それを知っていながら、『この館で一番は?』と聞かれて咄嗟に出る答えが私も『お姉様』であるあたり、情報操作と言うよりは誘導的な洗脳に近い気もする。
どちらにせよ言えるのは、“自覚があるライバル”は少ない方がいい、と言う事。
「リヒッシュ様? 何か考え事ですか?」
「お、お姉様……」
「はい、何でしょう?」
「な、何でもない……です」
「そうですか」
「……」
「ではリヒッシュ様、私がこちらに来た要件は理解しておりますでしょうか?」
「……」
こくりと頷く。
ついさっきまでマスター・レムと御団らんされていて、それを隠れて見ていた私の方を気にしている素振りがあったから、多分その事だろう。
咄嗟に声が出なかった、と言うのもあるけれど、少しでもお姉様から視線を逸らしたかった、と言うのも理由としてあげられると思う。
「理解しておられるのでしたら話は早いですね」
「……」
こくり、と自分で息をのむ音が酷く大きく聞こえる気がした。
どうやら自分の想像以上に――今の私は緊張してしまっているらしい。
「どうやら私が配布した『逃避鏡』は――使用しておられないようですね。リヒッシュ様に限って使い方が分からない、と言う事はないでしょうし、何故ですか?」
「……インチキをするのは、良くないと思ったから」
「成程、確かにそうですね。リヒッシュ様の言う事にも一理御座います」
「ほっ……」
「――そこに正しく実力と言うモノが備わっていれば、ですが」
「っっ」
何気ない言葉の延長線上――として言われたはずの言葉に、全身がひきつる。何となく、生存本能的な第六感がソレを訴えている気がした。
こ、これは……お姉様が珍しく少しだけ“怒って”いらっしゃる。
「……リヒッシュ様は、運がお悪い」
「……」
「先程、旦那様からご指摘が御座いました。曰く、『スト―キングするならばもっと精度のよいスト―キングをしろ』とのことです」
「……」
「ここ数日の旦那様スト―キングラッシュはリヒッシュ様の所為だけではないでしょう。そのような意味でも、リヒッシュ様は運が悪い」
「……」
ふと、今朝出来心でしてみた占いの結果を思い出した。
……結果が散々だったからこそ、せめてマスター・レム……様の姿を見て一日の活力にしようと思ったのに。それがこんな事になるなんて。
「インチキは良くない、卑怯だ――その様な綺麗事は須らく、力をもっていて初めて言えるモノです。それはリヒッシュ様も理解しておられますね?」
「は、い……」
「まあそこまで緊張なさる必要は御座いません。私も扇情した身の上ですので、此度の件は“軽いお仕置き”程度で済ませる心積もりですので」
「っっ」
お、お姉様の“軽いお仕置き”って、それは……。
「リヒッシュ様が御自身の実力にそれなりの自信と――プライドを持っておられるのは承知しております。事実、補助なしであの旦那様から『見られているかな?』程度にしか感付かせなかったのですから。その点は評価いたしましょう」
「……」
「ですが、足りません。全く、足りません。たとえその才気と尽力を賭したとして、旦那様のお相手をするには少なく見積もってもあと十年は足りない。あれで中々、旦那様は周囲の気配に敏感なところがある自称“なんちゃって”剣士様ですので」
「……」
「……リヒッシュ様? ですからそれほどまでに緊張なさらずとも――と言うのは不粋であると同時に無駄な事ですか。ではよろしいです、“仕置き”の方から早々に済ませてしまいましょうか」
「覚悟は、出来ています、お姉様」
「そうですね、では取り敢えず、リヒッシュ様のお部屋に飾ってある旦那様人形とシャトゥ特製の旦那様ぷろまいどは完全没収致します」
「――そんなっ!? それはいくらお姉様でもあんまりですっ!!!!」
「あんまりでなければ“仕置き”になりません」
「そ、それでも……ぃ、いくらなんでも今のはあんまりだと思います、お姉様」
「ですから先に申し上げました。リヒッシュ様は運が悪かったですね、と。旦那様の御注意を受けたこと然り、私の機嫌が多少なりとも悪くなる方向へ傾いてしまっていること然りです」
「そ、そんなぁ~」
「御不満でしたら、死守なさっても宜しいのですよ?」
「そんなっ、文字通りの死守じゃないですかっ、そんなの、お姉様相手に無理です!」
「早々に諦められるのでしたら、それならばそれで私は良いのです」
諦める、わけじゃないけれど。でもお姉様相手にしたら今の私の戦力じゃ厳しいと言うか、どんな方法を取っても相手にもならないと言うか……うぅ
「仰りたい事は以上で?」
「……」
「ならばそう言う事ですので他の方々にもその様にお伝え下さいませ? 今後、旦那様をスト―キングされる際にはペナルティがつきます。拙い――旦那様に不快感を与えるようなモノでしたら私が問答無用で“仕置き”を致しますので、どうかそのつもりで、と」
「……はい」
「ではリヒッシュ様、リヒッシュ様もこれを期に更なるご精進を」
「……うぅぅ」
一日の活力が……毎晩寝る前のレム様ぷろまいどへの御報告がぁ……
◇◆◇
やっぱり、今日の私は運が全然ないみたい……で――
「ん? リヒッシュじゃないか、こんなところでどうかしたのか……と言うか、何で崩れ落ちてるんだ?」
「マ……(へたれ)マスター・レム!?」
「いや、うん、まあ俺だけど……何か微妙な 副音声が入ってる気がしたのは俺の気のせいか?」
「気の所為……じゃ、ないです」
「……そうか、ないのか」
「……はい」
「「……はぁぁぁぁ」」
声をかけてもらって、運が悪いと――そうでもないのかも? なんて思ってしまう私の心が恨めしい。
館の住人の大体は、無自覚にこんな感じ?
リヒッシュはちゃんと自覚している方です。