ららそ
意味はない。
偶によくある、日常です。
――音。
それは世界を震わす音の振動だった。
――声。
それは何処にでもある声の羅列だった。
――唄。
それは誰か為の子守唄だった。
「――、」
音が消えて空気に溶けていく。
声が途絶えて木霊が耳に残る。
唄が終わり――世界は再び動き出した。
「御拝聴、ありがとうございます」
ゆるやかに動き出した世界の中心で、女は僅かに頭を下げた。
今まで聞こえていた唄と同じ声、聞くだけで他者を魅了してしまうような、圧倒的な存在感がただの一声にさえあった。
そこは有り触れた草原だった。そして同時にありえない光景がそこにはあった。
女を中心に様々な生物が、そこには集まっていた。恐らく近くに生息しているだろう野生動物たちが草食肉食、大型小型を問わず集まっているなど実に些細なこと。今となってはほぼ見かける事のなくなった種々の妖精族たちに始まり、最強の生物の劣化種と名高い地水火風のドラゴン達、果ては魔種と呼ばれる身体を漆黒に染めた【厄災】の子ら――それも出会ったら命を諦めろとすら言われているSクラスの存在すらちらほらと。
それは間違いなく、正常な判断が出来るモノが見れば間違いなく夢と思うか、己の生を諦めるかする光景だった。
だがその光景よりも、更に異常であったのは。
「しかし……」
女の唄に聞き惚れていたモノたちは身じろぎひとつせず、ただじっと女の次の行動を待っていた。
まるで我らが王の次の命令を待つかのように――
「何やら随分と集まってしまいましたね。我が事ながらそこまで良い唄であるとも思わないのですが……」
周りの彼らは女の言葉には一切答えない。それが彼女の独白である事を知っているからか、或いは彼女の存在に声をかけることすら躊躇わせるような何かを感じているからか。
そのどちらも間違いではないし、正しくもない。
「ただ、まあ……目的は果たしたので良しとしましょう」
穏やかに女は自らの膝を、否、それを枕にして寝息を立てていた男の頭を撫でた。
女に撫でられた瞬間、眠った男は擽ったそうに、或いは何かの恐怖に打ち震えるように身をよじったが、その様子を嬉しそうに――少しだけ口元に淡い笑みを浮かべて、軽くその頬をつっついた。
「……」
「……ふふっ、良く寝ておられます」
少しだけ指を払い除けるような仕草をした男の片手をかいくぐって、更に追撃を
「……んんっ」
「……、と。いけませんね。楽しいのは理解していますが。起こしてしまっては元も子も御座いません」
「……」
「――、ふふ」
思わず、と言った感じに伸びた自分の片手をもう片手で止めて。それでも溢れ出るのを止められないかのように、女の笑みがこぼれる。
周囲に集まった彼らは身じろぎ一つせず――呼吸することすらおこがましいと感じているかのように、ただただ静寂を守っていた。
「――皆様方も、静かにして下さいませ? 旦那様が起きてしまいます」
童女の様な、妖艶な女の様な、聖女の様でいて同時に悪魔の様でもあり――全てを内包しそのどれでもない笑みで、女はそっと、人差し指を唇につけた。
それに応えるモノは誰もいない。いや、そこに存在する全てのモノの総意、静寂を以てして彼女のお願いに応えた……と言ってもよいだろう。
女が嬉しそうに男をもう一撫ですると、僅かに、男が微笑むように表情を和らげた。
「……」
「――旦那様? 旦那様は今、どのような夢を見ておいでなのですか?」
「……」
「旦那様の夢の中、私はお傍におりますか?」
「……」
「あの子――アルは、いる?」
「……」
女の問いに男は一切答えない、と言うよりも寝ているのだから当然答えなど返ってはこない。
それでも。
そう分かっているからこそ、女は言葉を続ける。
「旦那様、良い夢を。そしていつかきっと、その夢を一緒に叶えましょう――えぇ、絶対に」
もう一度、男の頭を優しく撫でて。
「――では、もう一曲」
その前に、そっと男の瞼に唇を落とした。
蛇足として。
目を覚ました男が愉快な命を掛けた大鬼ごっこを開始したり、メイド服の彼女が相も変わらず絶妙のタイミングで足晴らしをしたりと……まぁ完全な蛇足である。
……、蛇足だー!!!
かしこ。




