ど-459. ラクリマの花畑
今は反省……してないかも?
「あの頃は若かった。でも後悔はしていない」
「旦那様、余り現実から視線を逸らし続けるのはいかがなものかと」
「確かに、現実と向き合う事は大切だ。だがな、何よりも受け入れがたい現実を否定する事も時にはもっと大切なんだよっ!」
「それも時には大切である事は旦那様如きに指摘されずとも私も重々承知しておりますが、今がその時ではないと思うのは私だけなのでしょうか?」
「ああ、お前だけだ」
「……今のセリフに『俺が大切なのは』と言う言葉を付け足してもう一度お願いします、旦那様」
「? 俺が大切なのはおま――って、何言わせようとしてるんだよ!?」
「『俺が大切なのはお前だけだ』――と旦那様が非常によく口にしている事を偶には私にも仰ってほしいと申し上げているだけではないですか。今更何を仰いましょうか」
「今更も何もそんな事を言っていた覚えはない」
「旦那様の記憶力に期待した事は一度たりとも御座いません」
「ゃ、そりゃ確かに俺よりお前の方が記憶力が良いのは確かだが。今の場合は違うだろうが」
「確かにその通りに御座いますね。ですから旦那様、もう認めてしまわれてはいかがですか?」
「……認める? それって美味しいの?」
「目の前の光景を。一面に咲き誇る透明無色のラクリマの花々を認められてはいかがでしょう」
「……何でこうなったのかね?」
「さて。私と旦那様が繰り広げた死闘の末に互いに愛情が芽生えた、と言う他は存じ上げません」
「や、死闘言うなよ」
「では互いを認め合うために全力でぶつかりあった……勝負?」
「一方的に俺がぼこられるのは勝負とは言わん」
「一方的に? 良く仰います。私の攻撃と言う攻撃を全て避けておられたと言うのに」
「お前の攻撃なんざ一発喰らっただけでも軽く百度は死ねるわっ!!」
「その台詞は私の攻撃に中ってから仰って下さいませ、旦那様」
「いや、喰らってたら今頃そんな台詞吐く余裕ないから」
「いえ、旦那様ならば大丈夫かと」
「その根拠の全く見えない自信はどこから来た?」
「私の旦那様に対する絶対の服従と信頼から?」
「はい! 今おかしな発言があったと俺は思う!」
「そうでしたか? 私はおかしな発言をしたつもりは御座いませんでしたが……」
「信頼とか――」
「私は旦那様を他の誰より、私自身よりも深く信頼しておりますが?」
「絶対の服従――」
「私が此処に在るのと同様な程、至極当然のことかと。旦那様を置いて他、私が服従を誓うモノは存在しえません。それは私自身ですら例外ではありません」
「……あれ? 俺確かにお前が変なことを言った! みたいな気がしたんだが。気の所為、だった……?」
「おかしな言動を繰り返される旦那様ですね。と言うよりも最早おかしな言動が旦那様とイコールと言っても過言ではないでしょう」
「それは間違いなく過言だ。でも……あっれ? 何でお前の発言、おかしいなんて思ったんだろ、俺?」
「常日頃から私の事をどのような目で見ているのか、透けて見えてしまう発言ですね、旦那様?」
「お前の事は信頼しているが信用はしていない」
「それは喜べばよいのでしょうか、それとも哀しめばよいのでしょうか?」
「むしろ心を入れ替えろと俺は言いたい」
「旦那様がお望みとあらば、その様に」
「……その言葉だけはの素直さが怖いよ、お前は」
「言葉だけとは、なんとも酷い申されようで御座いますね、旦那様」
「……まあ、言葉“だけ”ってのは違うけどさ。もうちょっと融通を利かせても良いと思う」
「日々、旦那様の心理的穴を突くのに苦労しております」
「それ要らない苦労だから! 絶対に必要ない苦労だからなっ!?」
「判っております。旦那様、口ではそのように仰っておられても、身体の方はそうではないのでしょう……?」
「何その台詞!? お前は何処かの調教師か、調教師ですかっ!?」
「似たようなものです」
「え゛――って、似たようなものなのかっ!?」
「旦那様の愛の奴隷、ですっ♪」
「……あ、頭痛ぇ」
「旦那様、大丈夫ですか? やはり私との激戦がお身体に障ったのでしょうか?」
「いや、どちらかと言えばお前の精神攻撃にやられた」
「私は精神攻撃などいたしておりません。むしろ旦那様のお心をいやすためにこそ、常に動いておると自負しております」
「それは嘘だ」
「そんな……旦那様、その物言いは余りにも酷すぎます」
「お前の日頃の態度を考えれば俺は何処までも非道になれる」
「……成程。日頃の調教の賜物でしたか。ならば仕方ありませんね」
「今変なこと言った! 今お前へんなこと言った!! 具体的には調教とか!!」
「少々表現の仕方がオブラートすぎたでしょうか?」
「いや逆! むしろ逆だから……――てか、何で俺らはこんな話をしてるんだ」
「旦那様がこの風景から現実逃避をされようとしたのがそもそもの原因かと」
「……まあ、分かってはいるんだよ、分かっては。でもな、……認めたくないものだな、若さと言う名の過ちは」
「そうですね?」
「……あのー、ここでそのままスルーされると俺としてはつらいのだが?」
「ではどのように申し上げれば宜しいでしょうか? 若いとは誰の事ですか? 綾町など今更過ぎはしませんか? そもそも――旦那様は何故旦那様なのですか?」
「最後の奴にだけ答えよう」
「それは旦那様が私の旦那様だからで御座います」
「って、お前が言うなよ!?」
「私以外にこの答えを言えるモノはおりません」
「……ならそもそも聞いてくるなと言う話だ。いや、そうだな。もうそろそろ現実と向き合う時が来たのかもな」
「旦那様が常日頃より“隷属の刻印”を刻まれし方々に養われている云わば“ひも”状態であると言う事を遂にお認めになられますか」
「つか、“ひも”なら“ひも”でいいんだけどな、俺としては。だが日頃から仕事に埋もれているのは何故だろう?」
「旦那様が旦那様、強いては彼らの仮宿の主であるからかと」
「まあ、そうだし、俺も好きでやってるから別にそれに文句は――お前が色々とかき回してなけりゃないいんだけどな」
「ありがとうございます、旦那様」
「褒めてない褒めてない」
「そうなのですか?」
「……いや、まあ、しかし? 見渡す限り一面、無色透明のラクリマ……ラクリマの花の特性は昔から興味あったけど、取り敢えず今はこれをどうするべきか」
「荒野のままよりは宜しいかと思いますが?」
「ああ、そりゃそうなんだが……てか、つい興に乗って暴れ回った自分に少し自己嫌悪」
「私は久しぶりに全力を身体を動かす事が出来たのですっきりしております」
「お前はな。でも、コレは本当にどうするか。……ラクリマを研究、はしてみたいところだが。これだけ目立つとなぁ。それに抜いたら抜いたで相変わらず、即効枯れるし」
「如何なさいます、旦那様?」
「そうだな……うん、そうだな。もう全部見なかった事にしようか。俺たちは何も見てないし、何も知らない。ここ数日この辺りで起こってた天災級の爆発とか魔力の破壊とかは一切知らん」
「では――?」
「逃げるか」
「はい、旦那様」
とある護衛の独り言
「……分かりません。主様の行動を見ていても特別な事は何もないはず。……なのにどうしてこうも女性とのトラブル率が異様に高いのでしょうか? ……やはり分かりません」
悩む少女。